第369話 一成の…

「いやぁ、実に羨ましいですな!」


「ははは、何を仰いますか。それは私の台詞ですよ」


「んふふ…私はもう本当に、一成くんが可愛いくて可愛くて」


「えー、沙羅ちゃんが可愛くて仕方ないのは私もだけど、アレがそんなに可愛いかねぇ…」


 最初こそ緊張感に満ちていた場の空気もガラリと変わり、食事が運ばれてくる頃には、すっかり打ち解けた雰囲気になっている両家の面々。

 親父と政臣さんは、お互いの家庭を褒め合いながら和気藹々と会話を続け、オカンと真由美さんは、お互いの子供が如何に可愛いかを熱弁する、当の本人としては非常に居たたまれない状況が続いている。

 であれば、俺と沙羅さんは恥ずかしくて縮こまっているのかと言えば…決してそんなこともない訳で。


「はい、一成さん、あーん…」


「あむっ…むぐむぐ…」


「如何ですか?」


「そうですね、美味しいとは思いますけど…でも」


「…でも?」


「俺はやっぱり、沙羅さんのご飯が世界で一番美味いって感想しか出てこないです」


「ふふ…一成さんったら♪ あ、動かないで下さいね?」


「え? むぐ…」


 嬉しそうに口元を綻ばせ、紙ナプキンで俺の口回りを丁寧に拭き拭きする沙羅さん。一頻りそれが終わると、今度は俺の目をじっと見つめ、蕩けるような極上の微笑みを浮かべ…


「さぁ、次はどれに致しましょうか?」


「い、いや、そろそろ沙羅さんも食べて下さいよ。後は自分で…」


「それでしたらご安心下さい。私も合間合間で、しっかりと食べておりますから」


「それは知ってますけど、せっかくの懐石料理ですし、沙羅さんも集中して食べないと勿体ないですよ」


 確かに沙羅さんは、俺の世話を焼きつつも、適時、自分の口に料理を運ぶ普段通りのスタイルを貫いているが…でも今日は、せっかくの豪華な食事なんだから、沙羅さんも片手間で食べるのではなく、しっかり堪能して欲しいと思うんだけど…あ、そうだ。


「沙羅さん、たまには俺にも、あーんをさせて下さい」


「え?」


 俺の方から多少強引にでも押し付けてしまえば、沙羅さんも食べるしかなくなるんじゃないのか?

 うん、これは我ながらナイスアイデアかも。


「い、いえ、私は…」


「遠慮しないで下さい。いつも俺ばっかり面倒見て貰ってるし、たまには俺から…」


「で、ですが私は、一成さんのお世話をさせて頂くことが生き甲斐でして…その」


 案の定、困ったように狼狽えつつも、ハッキリと断ることが出来ないでいる沙羅さん。もしこれが他人であれば、少しでも意に沿わない時点で即、断っているんだろうが…自分で言うのも何だけど、沙羅さんは俺に言われると極端に弱いからな。

 あともう一押しで頷いてくれそうだし、ここはズルいと思われようと、お願いモードで行くとするか。


「沙羅さん、たまには俺も、あーんをやってみたいです。 …ダメですか?」


「うぅ…ず、ずるいです。一成さんにそんな可愛らしくお願いされたら、私は…」


「じー…」


「か、一成さん…」


「じー…」


「わ、分かりました、分かりましたから!」


「はい! それじゃ、ここからは俺のターンってことで」


 よしよし、これで沙羅さんにもしっかり食べて貰うことが出来るぞ。それに、ここまで照れ臭そうな沙羅さんを見るのも久々だから、俺のテンションも密かに爆上がり中ですわ。


「さーて、それじゃ張り切って行ってみましょうか。先ずは…これを」


「は、はい…」


 沙羅さんは恥ずかしそうに小さく頷き、俺の箸(取りあえず煮物)が口元に近付いてくる様をじっと見つめる。そして、見よう見まねで左手を箸に添え、無言で「あーん」を要求すると…


「あ、あーん…」


 早くも限界が近いのか、沙羅さんは真っ赤な顔でぎゅっと目を瞑ると、やがて小さく口を開け…かく言う俺も、キスのときとは違った沙羅さんの唇の動きに、色々と込み上げ、もとい、感じるものがありまして。


 だから何と言いますか…その…ドキドキが…ですね。


 ええい、ままよ!!


「あむっ…」


 俺が差し出した煮物を、沙羅さんは口に含み、直ぐに口元を手で抑えながら咀嚼を始める。顔は変わらず真っ赤なままで、対する俺も、恐らく同じくらい真っ赤になっている自覚があるので…


 これは思ったより恥ずかしい…いや、照れ臭いかも!?


「ど、どうですか、沙羅さん?」


「うぅ…」


「さ、沙羅さん?」


「は、恥ずかしくて、あまり味が分かりません…」


「え、そ、そうなんですか?」


「はい…」


 小さくコクリと頷き、俺の顔を直視出来ないのか、視線はやや下向き…俯くように、縮こまってしまう沙羅さん。

 その仕草があまりにも可愛らしくて、思わず凝視してしまうくらい、俺は目が離せなくなってしまい…


「そ、そんなに見つめないで下さい。恥ずかしい…です」


「えっ!? あ、す、すみません」


「…いじわる」


「ぐはっ!?」


 真っ赤な顔で少し俯き、しかも上目遣いで、とんでもない破壊力を秘めた抗議をしてくる沙羅さんの姿は…男心を激しく撃ち抜くどころか、こんなの可愛いらしすぎて神様だって耐えられる訳ないだろ!?


 自分から仕掛けておいて何だけど、沙羅さんそれは卑怯です!! ズルいです!!


「あ"ーあ"ー、胸焼けしそう。まさか自分の息子に目の前でイチャつかれる日が来るなんて…って、参観日のときにも見たか」


「んふふ…二人は相思相愛ですから、こんなの日常茶飯事なんですよ。もう本当に焼けちゃうわねぇ♪」


「に、日常茶飯事ぃぃぃ!? ま、まさか、暇さえあれば家で乳繰り合ってるとかじゃねーだろうな、おい!?」


「は…はは。いや、ふ、二人の仲が良くて、実に喜ばしいですな…ええ」


 激しくウンザリ顔のオカンに、何故かくねくねと身悶えしている真由美さん。そして微妙に引き攣った笑顔の政臣さんに、何やら物騒な視線を俺に向けてくる親父…って、毎度お馴染み、またやらかしてしまいましたかね!?


「さぁ一成さん、次は私の番ですよ?」


「い、いや、沙羅さん。その、今は色々と注目を集めているみたいなんで…」


「私は全く気になりませんから、どうぞご安心下さい」


「お、俺が気になるんですっ!!」


 これで見られているのが赤の他人であれば、俺も気にするつもりなど全くないが、実の親父とオカンの目の前で堂々とイチャつくのは、流石にハードルが高いというか、複雑と言うか…激しく今更かもしれないけど、ちょっと気まずいっす!!

 しかもオカンの完璧に白けた視線と、親父の「てめぇ、何やってんだ!?」的な無言の圧力が、これまた凄くてですね…


「一成さん…ひょっとして、お嫌でしょうか?」


「うぇ!? そ、そういう訳では…」


「もし一成さんがお嫌であれば…私は…」


「うぅ…さ、沙羅さんズルいぃ…」


 一転して悲しそうに表情を曇らせる沙羅さんに、これ以上、俺が抵抗するなど出来る筈もなく。例えこれが演技だったとしても、沙羅さんにそんな顔をさせるのは、俺にとって最大のタブーとも言える程の行為なので。


「一成さん…私は…」


「わ、わかった、分かりましたから!! 俺は沙羅さんのしてくれることであれば、いつでも何でも嬉しいです!!」


「はい! 一成さん、大好きです♪」


 俺の返事を聞き、またしても一転、満面の笑みを見せる沙羅さん。

 やっぱり演技だったか…でも負けて悔いなしだ。俺にとって、沙羅さんの笑顔に勝るものなど何もないのだから。


 とは言え…


「沙羅さんのいじわる」


「ふふ…先程のお返しです♪」


 こういう真由美さんチックな反撃は、俺の心臓その他諸々にとても宜しくないので、出来れば止めて欲しいとも思ったり…


「それでは正式に許可を頂いたことですし、この後は全て私が…」


「えっ!? じょ、冗談ですよね?」


「…ふふ♪」


 イタズラっぽくほくそ笑む沙羅さんのそれは、決して冗談ではないと予感させるのに十分すぎるもので。


 つまり俺は…


「はい、一成さん、あーん♪」


 両家の親に見守られながら、親鳥からご飯を貰う雛鳥よろしく…沙羅さんから差し出されるご飯をひたすら食べ続けるという、ある種の羞恥プレイ的な何かに追われることが確定した…とさ。


 まぁ、嬉しそうな沙羅さんの笑顔が見れるなら、大したことないんだけどね…って、いつも同じことを考えてるよな、俺も。


……………


………



 豪勢な食事も無事に(?)終わり、食後のデザートとお茶でまったりした時間を過ごしながら、話題は主に俺達のこと…と言っても、今日の本題や真面目な話ではなく、あくまで雑談という名の野次馬的な話にシフトし始めた。

 そしてこういう話題になると、やはり水を得た魚の如く、率先して話を先導するのは女性陣…お母さん&オカンな訳で。


「へぇ…一成が学祭のステージで公開プロポーズねぇ」


「んふふ…もう見ている私までキュンキュンきてしまいましたよ? 本当に素敵でした…必死な表情も実に愛らしくて」


「うーん…全っ然想像がつかないわ。と言うか、それ本当に一成のことなの?」


「勿論ですよ。それにプロポーズだけじゃなくて、もっと将来の話まで聞かせて貰えましたし」


「将来の話って?」


「んふふ…私達がお祖母ちゃんになるのは、一成くんが就職して…」


「はぁ!? もうそんなことまで話し合ってんの!?」


「んな訳あるか!!」


 まだ結婚は愚か、そもそも高校卒業すらしていないのに、そんな先のことまで考えてる訳がないだろ!!

 つか、ミスコンのときも思ったけど、何でイチイチ子供の話になるんだよ!?

 俺達が気まずいだろうが!!

 沙羅さんだって思いっきり照れてるんだぞ…可愛いけどさ!!


「ふふ…ちなみに沙羅ちゃんは、一成くん似の可愛い男の子が欲しいんですって。もちろん私も大賛成♪」


「えぇぇ、そこは断然女の子でしょ? 沙羅ちゃんに似てくれたら、将来、有望なんてもんじゃないし…つか、間違ってもウチの家系に寄って欲しくないわ。勿体なさすぎるから」


「もぅ、冬美さんったら…」


 あー、気まずい。本当に気まずい!!

 何でこういう話になるのか、マジで勘弁して欲しい!!

 でも話題を転換しようにも、ここで口を挟めば絶対に飛び火してくるのは考えるまでもない…沙羅さんもそれが分かっているから、ここまでずっと黙っているんだろうし。

 でもそれはそれとして、目が合う度に、沙羅さんが恥ずかしそうに俯くので、俺も色々とですね。


「まぁ最終的には、男の子でも女の子でも、産まれてきてくれるだけで幸せなことなんですけど」


「あ、真由美さん、それはズルいわよ。そんなの私だって…」


「んふふ…ね、沙羅ちゃん。お母さん達は男の子でも女の子でも構わないからね?」


「し、知りません!!!」


 結局飛び火したセンシティブな話題を、勢いで強引に突っぱねる沙羅さん。

 でも…でもですね、そんな恥ずかしそうな視線を俺に向けると、それに気付かない姑逹じゃないんですよ!?


「ちょっと一成。あんた沙羅ちゃんばっかり恥ずかしい思いをさせて、自分は一人で逃げる気?」


「ばっ、そもそもこんな話題で、俺が何を言えばいいんだよ!!」


「そりゃ、こういう話は二人の問題ですから、静かに見守って下さい…とか?」


「難易度が高過ぎるわ!!」


 マンガか何かで、そういう台詞を目にしたことはあったかもしれないけど、高一の俺にそんな対応が出来るか!!


「んんっ!! ま、真由美、そういう話はそのくらいにしておきなさい。二人にはまだまだ…まだまだ早い話なんだし、困ってるだろう?」


 ここまで、かなり複雑な表情で話を聞いていた政臣さんが、やっとこさ口を挟んだ。これで何とか、この話題は終わってくれそうな気配を見せたけど…せめてもう少しくらい、早めに止めて欲しかったのが本音。


「あら、政臣さんも他人事みたいですけど、自分の孫に関する話なんですよ? 二人の子供は、私達にとって…」


「だ、だから、そういう話はまだ早いと言っているだろう!? 先ずは高校を卒業して、大学と仕事をだな…」


「もぅ…つまらないわねぇ」


 渋々と言った様子で、若干、前のめりになっていた身体をやっと引っ込める真由美さん。

 でも、相変わらずのイタズラっぽい表情と、こっそり俺に寄越したウィンクは…沙羅さんと親父が超反応を示したので(もちろん理由は違う)、そろそろ勘弁して下さい…


「コホン!! ちょ、ちょうど進路に関わる話に及んだことですし、その辺りのことを含めて、そろそろ本題に入りましょうか? 電話では、あまり詳しい話を出来ませんでしたから」


「そ、そうですな。こちらも色々と伺いたいことがありますし…」


 半ば強引、勢いで話題転換を図った政臣さんの提案に、親父が一応の同意を示す。

 それで何とか空気を読んでくれたようで、やっと本当の意味で、真由美さんとオカンが大人しくなった。


「では、先ず養子に関する話を…と、その前に」


 政臣さんはそこまで言うと、親父に向けていた視線をこちらに…俺と沙羅さんの方に向け、何やら考え込む仕草を見せる。


 何だろう?


「今から色々と事務的な話をすることになるから、一成くんと沙羅は、その間に中庭の散歩でもどうだい? ここの庭園は有名だから、この機会にじっくり見ておくことをお勧めするよ」


「んふふ、後は若い二人でごゆっくり~…とはちょっと違うけど、でも中庭の散歩コースは、この部屋の利用者しか使えない特権なのよ? こんな機会は滅多にないんだから、不意にするのは勿体ないわね」


「え…と?」


 確かにガーデニング…庭園に興味がある(正確には洋風庭園だが)俺としては、ここの庭園を近くで見てみたい気持ちもあるにはあるけど…

 でも今から始まるのは、他ならぬ俺に関する話なのに、当人がこの場に居なくてもいいのかと思わないでもないんだが。


「遠慮しなくてもいいよ。手続きに関する話は私達の役目だし、正直、聞いてるだけではつまらない話も多くなると思うから」


「そうそう。ここは私達に任せて、二人でイチャイチャ…じゃなかった、仲良くしてきてね」


「そ、そうですか? それなら…」


 まぁ、二人がここまで言ってくれるのだから、ここは思いきってお言葉に甘えておくのも有り…なのか?

 事務的な話と言うのであれば、俺がここに居ても役に立たないのは確かなんだろうし…それに、せっかくの厚意を無下に断るってのもな。


「沙羅さん、どうします?」


「そうですね…確かに事務的な話であれば、私達がここに居ても役には立たないのかもしれませんし、ここは厚意に甘えておくのも悪くないとは思います。それに…」


「それに?」


「せっかくっかくこうして着飾ったのですから、一成さんに、もっと私を見て欲しいな…と。その、二人きりで…」


「あ、そ、そうですね! それは…その…確かに」


 照れ臭そうに、ほんのりと頬を朱く染め…


 そんな嬉しいことを言ってくれる沙羅さんの姿に、もう俺の決断など一つしかない。軽く散歩をしてくる程度の時間なら取り敢えず大丈夫だろうし、もし早く終わってしまったのなら、口を挟まず形だけでも参加すればいいだけだ。


 よし、そうと決まれば…


「じゃあ、お言葉に甘えてちょっと散歩してきます。沙羅さんもいいですか?」


「はい。私はどこへだろうと、喜んで一成さんに付いて参りますので…どうぞご自由にお決め下さい」


「りょ、了解です。それじゃ…」


 俺は徐に立ち上がると、その足で、沙羅さんに右手をそっと差し出す。今日の沙羅さんは和服姿なので、普段とは色々勝手が違うだろうから…


「ふふ…ありがとうございます」


 沙羅さんは嬉しそうにはにかむと、俺の手を、そっと優しく握り返し…


 うん、やっぱりこれで正解みたいだな。


「へぇ…あんたが、そういう気遣いが出来るようになるなんてねぇ」


「んふふ…それは冬美さんが気付いていないだけで、一成くんは本当に良い子なんですよ?」


「べ、別にこのくらいは…」


「ふふ♪」


 この程度は当たり前と言うか、寧ろ大袈裟だと言われるかもしれないと思ったくらいなので…こんな風に、ストレートに褒められると微妙に照れ臭いかも…


「ふーん…?」


「はは。さぁさぁ、そうと決まれば、二人でゆっくり楽しんできてくれ。今の時期はライトアップもされているから、夜の景色も中々オツなものだよ?」


「は、はい。それじゃ、行ってきます」


「では、行って参ります」


 これ以上、何でもない部分で余計な持ち上げを受ける前に、さっさと行ってしまおう。それに、夜の庭園を和服の沙羅さんと二人で散歩するってのも…うん、ムードがあって、凄く良さそうだ!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 相変わらず内容が伸び伸びですが、もう今更ですかね。


 次回は視点が変わり、真由美さんに進行役を任せることになります。

 お互いの両親がどんな話をするのか、本当なら事後描写的にして、読者さんが想像出来る範囲にしようかとも考えたんですが…視点変更が多いのも本作の特徴ではありますからね。

 なのでここは、普通に書くことにしました。

 こんなラブコメ直球の物語で、主人公とヒロインが不在の、両親達だけの会話シーンにどこまで需要があるのかわかりませんが(ぉ


 それではまた次回に〜

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