第74話 言えないこと

「会長、資料室をお借りします。」


先輩は、有無を言わさない口調で会長に伝えた。


「あ、あぁ別にそれは構わないが」


普段使わない資料室を使った所で特に問題はないのだろうが、雰囲気に圧されたのか会長はどこか焦ったように返事をした。


「高梨さん、お話を聞かせて下さいね。」


それだけ言うと先輩は俺の腕を引こうとしたが、一瞬何かを考える素振りを見せた後に手を繋いできた。


まるで手を引かれて歩く子供のように、俺は大人しく資料室まで連れていかれるのだった。


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ドアを閉めて部屋の中央付近まで進むと、先輩は振り返り俺の目をしっかりと見た。


どうしようか…

俺だって先輩に嘘はつきたくないけど、今回の件は難しい。

単に俺の交遊関係の話だけならそこまででもないが、夏海先輩に関する部分もあり、更に色恋的な話だ。

おいそれと話していいことではないだろう。


俺個人以外の絡みがあるということで、納得して貰えるといいんだけど。


「高梨さん、私が事情をお聞きすると困りますか?」


!? 何で…


「ふふ…そんなに驚くお話ではないのですよ。この場に来てから、先程よりもっと困ったお顔をされているので、恐らくそうなのかと思いました。」


なるほど。

確かにどうやって説明するか悩んでたからな。


「先程はお話をお聞きすると言いましたが、無理にとは申しません。そもそも全てを人に話すなどあり得ませんし、高梨さんは私にお話できる内容であれば、困ることなく教えて下さるでしょうから。」


先輩がこうやって言ってくれて嬉しい。

だから今回のことはやはり言わずにおこう。


その代わり、今後はできるだけ正直に伝えていこう。こんな風に言ってくれる先輩に、隠し事はしたくない。


「高梨さん、私はいつでもお聞きしますので、お話できると思ったときには教えて下さいね。」


「先輩、これは他の人も絡んでいるんです。だから言えないんです…」


取りあえず、言える範囲で言っておく。


「畏まりました。であればこれ以上お聞きしません。ですが…」


俺の右手を、両手で包むように掴んだ。


「もし高梨さんが本当に困っているのに、それでもお話頂けない場合は…」


先輩のこの笑顔は本当に綺麗だ。

俺の大好きな笑顔だ。


「また、お仕置きですよ?」


そう言って、少しいたずらっぽい表情を覗かせた先輩だった。


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「なんて言って答えればいいのかわからないよ。」


ひと言を残し、高梨くんは去っていった。

あれは彼の本音だったと思う。

確固たる拒絶ではない言葉が聞けて、取りあえずはホッとした。


できるだけ正直に話をしたつもりだが、高梨くんはどう思っただろうか。


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これは自慢だと言われるからあまり言いたくないのだが、事実として俺は女性から言い寄られることが多い。


いつの頃からか覚えていないが、今ではファンクラブのようなものが出来ている。

テニスの試合では横断幕まで用意してくれて

応援して貰えるのはもちろん嬉しい。


だけど、それは同性からのやっかみと引き換えだ。


俺はきっと、心から友達だと思えるやつに会ったことはない。

近付いてくるやつはみんな下心を隠そうともしない。

会ったその日に女性を紹介しろと言われたことなんて珍しくない。

目当ての女性に近付く為だけに、友達を装ったやつも一人や二人ではない。


結局、俺の周りにある感情は嫉妬と妬み、友人は下心とセットだ。


それに…ファンクラブなんて言われても、俺の外見を気に入ってくれているだけに過ぎない。俺自身を見てくれている訳じゃない…。


そんな俺にも好きな人ができた。

夏海先輩は俺を普通の後輩としか見ていない。

女性から怒られたのも初めてだ。

だから逆に気になった。

こんなに憧れを覚えた女性は初めてだった。


ちなみに薩川先輩はちょっと違う。

取りつく島がないというか、そもそも俺を含めて男など眼中にないらしい。

そんな薩川先輩に彼氏ができるなど誰が信じられようか。

俺も噂は聞いていたが、この目で見るまで信じられなかった。


夏海先輩の応援に来た薩川先輩に連れられて来た男、あれが彼氏なのであろう。

正直、地味でパっとしない平凡なやつにしか見えなかったが、見ていれば薩川先輩は間違いなく彼を特別に扱っているのがわかった。


でも驚いたのは夏海先輩の対応だ。

親友の恋人だから、それなりに親交があることは想像できた。

だけど目の前で繰り広げられている光景は、間違いなく彼も夏海先輩と友人になれているのだろう。


羨ましい……羨ましい?

…これがそうなのか。

誰かを羨ましいと思ったのは初めてだ。


練習試合にも彼は来ていた。


薩川先輩のような恋人がいて、夏海先輩のような親しい友人もいる。

そんな羨ましい状況なら、俺に興味などないだろう。

だけど何故だろうか、夏海先輩や薩川先輩もそうだったが、自分に興味がないと思われていると逆に興味が湧いてしまった。


あの状況では、周囲のやっかみ、嫉妬は凄いだろう。今まさに注目されているが、間違いなく男から睨まれているのがわかる。

それに下心のあるやつが寄ってきても不思議ではない。

まるで俺を見ているようで、親近感が湧いた。俺には彼の気持ちがわかる。きっと彼も俺の気持ちをわかってくれるのではないだろうか。

それにあの二人が側にいるなら、他の女性に目移りなどしないだろう。


つまり彼なら、余計なことを考えずに本心で付き合うことができるかもしれない。

初めて本当の友達になれるかもしれない男を見つけた。


問題は…夏海先輩のことがわかったときに、それが目的で近付いてきたと誤解される可能性が高い、いや確実だろう。


そこをどうするのか、それが一番悩ましい

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