第371話 後継者


「…という次第です」


 最後に政臣さんがそう締めくくり、一応の説明…「薩川家」の社会的な立場と、それに纏わる諸々の説明を終える。

 それには勿論、この国を代表する世界的企業「佐波エレクトロニクス」と薩川家の関わりや、それに於ける政臣さんの立場。そして私と沙羅ちゃんが、薩川家で唯一の直系一族であるという点も含まれており…


 そんな沙羅ちゃんと結婚する一成くんが、薩川家の婿養子となることで、果たしてどんな意味をもたらすのか…


 少しでも社会経験のある人間であれば、その答えは直ぐにでも思い当たることでしょうけど。


「……ぁ」


「……ぇ」


 だからこうして、とんでもない物を見た、もしくは聞いたと言わんばかりに、呆然と政臣さんを顔を見つめる宏成さんと冬美さんの反応は、至極当然と言えるものでしょう。

 いきなりこんなスケールの話をされて、直ぐにそれを飲み込むのはあまりにも難しいことでしょうから。


「…ご理解頂けましたでしょうか? なぜ私共が、一成くんを婿養子として迎えさせて頂きたいのか」


「ちょ、ちょっとお待ち頂けますか!? これは話の規模が、あまりにも大きすぎると言うか…」


「ま、真由美さん、今の話は本当に…ほ、本当なの!?」


「…ええ」


「全て事実です」


「「っ!?」」


 私と政臣さんがハッキリそう頷くと、二人は殊更大きく息を飲む。でもそれで、この話が真実であることを多少なりとも飲み込めたのか、宏成さんの表情には少しだけ苦笑いが混じり始め…


「は、ははは。なるほど。一成の養子縁組を希望されると伺ったときには、それなりの事情があるのだろうと予想はしていましたが…まさかこれ程のこととは」


「…申し訳ございません。本来であれば、この辺りの情報については最初の段階でお伝えするべきことであったと思うのですが」


「い、いやいや。私もこんな席であるからこそ、この話が事実であると受け止めることが出来たと言うか…もう受け止めるしかないと言うか」


「そ、そうね。話の内容がとんでもなさすぎて、こんなの電話で聞いたくらいじゃとても信じられなかったでしょうし…でも真由美さんとは直接顔を合わせていたんだから、そのときに少しくらい教えてくれても良かったのに」


「ごめんなさいね、冬美さん。あのときはまだ、ハッキリと言うことが出来なくて…」


「あはは、意地悪言ってごめんね。大丈夫よ、今の話で何となく事情は分かったつもりだから」


「冬美さん…」


 宏成さんと同じように、ようやく小さな苦笑いを浮かべた冬美さんの優しさに、私も罪悪感が込み上げてくる。でも事の重大性を考えてみれば、確実に話が纏まるまでおいそれと話すことが出来なかったのも事実なので。


 本当に…ごめんなさいね。


「正直、話の内容があまりにも予想外すぎて、何と言えばよいのやら」


「混乱されるのは仕方ないと思います。ですがこれは…」


「あぁ、別に疑っている訳ではないのでご安心下さい。まさかこんな状況で嘘をつく必要なんかないでしょうし、VIP専用らしいこの部屋を確保出来たことも、今の話を聞けば納得というものですから」


「ありがとうございます」


「しかしそれにしても…どこか大きな企業の役員を務めていらっしゃるとは聞いていましたが、まさかあの佐波…しかも次期会長さんとは」


「はい。それも嘘偽りなく、私は…」


「は、はは、そうですか。いやぁ、これは本当に参りましたね。まさか自分のような万年平凡サラリーマンが、あの佐波エレクトロニクスの次期会長さんとサシで…」


「ちょっ、ちょっとあんた、何そんな呑気なこと言ってんのよ!! 相手を誰だと思って…」


「いや、呑気っつーか…単に現実感が無さすぎでリアクションに困ってるだけなんだが」


 そんなことを言っているワリに、思ったより気後れしていないように見えるのは…私の気のせいでは無いでしょうね。

 少なくとも「佐波の次期会長」としての政臣さんと対面して、ここまで臆さずに話が出来た人は数える程しか思い浮かばないから。

 まぁ、人間は驚きすぎると笑うことしか出来なくなるとよく言うけど、単にそれだけの可能性もゼロではないでしょうが。


「あぁもう!! とにかく相手は佐波の次期会長さんなんだから、あんたも少しくらい気を使いなさいよ!!」


「あのな…」


「いえ…寧ろ気を使わないで頂けた方がありがたいです。今日の私は、佐波の次期である前に、沙羅の父としてここに居るつもりですから」


「ですよね? そうであれば、私もそのつもりでお話をさせて頂きます」


「はい。どうぞ宜しくお願い致します」


 これは本格的に驚いたわね。あまり物怖じしない人物だとは思っていたけど、まさかここまで肝が据わっている人だとは思いもしなかった。

 でもこれは嬉しい意味での誤算だから、私としても大歓迎。それに、流石は一成くんのお父さん…と言ったところかしら?


「まずは養子の件についてですが、これは何度もお話している通り、本人が納得しているのであれば反対するつもりはありません。それにお嬢さんとの現状を考えてみても、やはりここは男として責任を…」


「ちょっ、何言ってんのあんた!?」


「バカ野郎、俺は至って大真面目に話をしてんだよ! あちらの大切なお嬢さんを、あいつは…」


「いえ、その点についてはご安心下さい。少なくとも現状では、何の問題も起きていませんから」


「…へ? そ、それはどういう」


「んふふ…一成くんは本当に良い子ですねぇ♪」


「えっ…は?」


「ま、真由美さん?」


 ちょっと意味深な言い回しだったかもしれないけど、まさか直球で言う訳にもいきませんからね…政臣さんの手前。

 まぁ好き合っている男女が同棲までしているのだから、普通であれば"そうなっている"と考えても仕方ないとは思うけど…でも一成くんは、私達との約束をちゃんと守ってくれているから。

 え? 何でそれが分かるのかって?

 それは勿論、可愛い息子のことだもの…んふふ♪


「と、とにかく、今はその点を考慮為さらずに、あくまでも純粋お考えをお聞かせ下さい。ここまでの話を聞いた上で、私共の家に一成くんを迎えさせて頂けるかどうか」


「そうですね…まず基本的には、これまでの考え方と何一つ変えるつもりありません。確かに今回伺った話は、想像の遥か上を行く予想外すぎる話であったことは事実ですが、それでもあいつがしっかりと考えた上で決断であれば、その自主性を尊重したいと思う気持ちに変わりはありません」


「宏成さん…」


「それに現実的な話、あいつがあんな素敵なお嬢さんと一緒になれるなんて、もう絶対に訪れない奇跡でしょうからね…はは」


 こんな宏成さんの軽口も、今となっては素なのか照れ隠しなのか分からない。

 でも一成くんのことを本当に大切に思っているからこそ、その想いや考え方を出来るだけ尊重したい、叶えてあげたいと考えているのは間違いないでしょうから。


「いや、それはこちらも同じですよ。一成くんとの出会いは、娘にとっても私達にとっても本当に奇跡のような出来事でして…まさかあの沙羅に、こうも早く想い人が現れるとは」


「いやいや、そんな大袈裟な。あれほど素敵なお嬢さんであれば、それこそ…ってそうでした。お嬢さんは男嫌いという話でしたか。しかしそうなると、何故そこでウチのバカ息子がお眼鏡に叶ったのか、今更ながら気になる部分ではありますね。あいつは私に似て、お世辞にも見た目が良いとは言えませんし…」


「はは、それについては、それこそ本人に聞いてみなければ私共は何とも。ただ娘は、自分の容姿に惹かれた異性をとことん毛嫌いする傾向にありますから」


「それは何とも厳しいですね。あんな、それこそ世間一般で言われるところのアイドルやモデルと比べても、明らかに頭一つ二つ飛び抜けているような美人なのに…その容姿に惚れたら嫌われてしまうなんて、これは男としてかなりの無理難題に思えますよ」


「そうですね。こんなことを言うと親バカに思われるかもしれませんが、あの子は間違いなく美人と呼ばれる部類でしょうから…その容姿に惹かれるなと言う方が、同じ男として難しい話ではないかと」


「んふふ…でも沙羅ちゃんは、一成くんに対してだけ綺麗に見られたいと思ってるみたいですよ? 特に最近は、本当に色々なことを気に掛けるようになりましたから」


 元々、自分の容姿を疎ましいとさえ思っていた沙羅ちゃんは、ファッションもお化粧もお肌のお手入れも、全て最低限のラインでやってきた。でも最近は、その辺りのことを色々と気に掛けるようになり…まだお化粧だけは殆どしていないみたいだけど、それも一成くんに有りのままの自分を見て欲しいからって。


 ふふ、やっぱり沙羅ちゃんも女の子よね♪


「えぇぇ…ちょ、ちょっと待って。それってつまり、沙羅ちゃんは昔から自分の容姿に無頓着だったってこと? あんなびっくりするくらい綺麗なのに…はぁ、もはや羨ましいを通り越して絶望すら感じるわ」


「おいおい…まさかお前、あんな美人と張り合うつもりか? 身の程知らずにも程があ…あだだだだだ!?」


「うっさい!! そういう意味じゃないから余計なことを言うな!!」


 もはや問答無用と言わんばかりに、もの凄い勢いで宏成さんの頬っぺたを抓り上げる冬美さん。その情け容赦ない絵に描いたような抓りっぷりは、見ているこちらの方が痛くなってしまいそう…

 と言うか、千切れちゃわないのかしら、あれ。

 

「いつつ…し、失礼。しかしそうなると、一成はお嬢さんの容姿に対して、全く好意を見せなかったということになってしまうのですが…」


「そういうことになるでしょうね。正直、私もかなり不思議な話ではあると思うのですが…ただ、あの沙羅が嫌悪感を示さないどころか、寧ろ自分から好意を寄せていたとなれば…」


「んふふ…だからこそ、一成くんは沙羅ちゃんにとって、唯一無二の存在と言えるんですよ? 沙羅ちゃんの外観に全く囚われず、ありのままの沙羅ちゃんを愛してくれる、只一人の男性ですから…」


 本当は容姿どころか、僅かでも下心を匂わせただけで、嫌悪対象にしてしまう沙羅ちゃんだから…

 そんな沙羅ちゃんの信頼を勝ち取った一成くんだからこそ、世界で唯一、あの子を幸せにしてくれる男性であると私は信じているの。そこに疑う余地なんかない。


 勿論、それだけが理由じゃないんだけど…んふふ♪


「うーん…なんでしょう、そういう話だけ聞いていると、あいつが妙に特別感のある男に思えてきますが」


「あら、私達はずっとそう思っていましたよ。ね、政臣さん?」


「あぁ、そうだな。とにかくそんな経緯もあって、一成くんは私達にとって非常に稀有で特別な存在であると言える訳です」


「なるほど、よく分かりました。まぁ私としては、アイツがそこまで上等な人間であるとはまだ思えないのですが…お二人がそう仰るのであればきっとそうなんでしょう。親として、少し誇らしくもあります」


「ええ。一成くんは本当に良い子ですから♪」


「良い子…ですか? ははは、それはそれは」


 私の何気ない一言に、今度こそ屈託のない笑顔を見せる宏成さん。

 私達が如何に一成くんのことを特別だと思っているのか、これで少しは理解して貰えたならいいんだけど。


 あとは…


「ところで…実際のところ、お嬢さんは引く手あまたなのではありませんか? 一成のことはさて置き、あの容姿では周囲の男共が放っておかないでしょうし…それに貴方が佐波の…」


「ええ…既にお気付きのようなので正直にお話ししますが、私の方にも娘への縁談話や、将来を見据えた交際話がかなり以前から数多く入っております。それに学校の方でも、かなりの男子から告白を受けているようでして」


「まぁお嬢さんであれば当然の話でしょう。しかし、そうなると…」


「…何か、お気になることでも?」


 突然、ここまで見せていた笑顔を一変させ、何かを真剣に考え込む仕草を見せ始める宏成さん。その意味深な様子も然ることながら、視線の鋭さが増しているような気がするのも…


「単刀直入にお伺いしますが、そういう一般家庭ではあまり馴染みのない親同士の話し合いが頻繁に出るということは、つまり相手方もそれなりの立場…同じ会社の役員であったり、相応のお相手であることが多いのではありませんか?」


「…はい。仰る通りです」


「となれば、そこに一成が入り込んだ場合、様々なトラブルや揉め事…有り体に言えば、権力的な話ですら絡む可能性があるということになります。特に貴方が、佐波の次期会長ということであれば尚更に」


「…ご明察です」


 確かに宏成さんの言う通り、政臣さんの立場を考えてみれば、そういう企業的な「しがらみ」と全くの無関係ではいられないことくらい、考えるまでもないことでしょうけど。

 そしてそうなった場合、自分達の大切なご子息を、いわば企業の「醜い部分」へ放り込むことになってしまう訳で。


「これを今更お聞きするのも何ですが…一成を婿養子として迎えたいということは、つまりあいつを?」


「はい…まだ当面先の話ではありますが、出来れば一成くんには私の後継者となって欲しいと考えております。ゆくゆくは娘と二人、二人三脚で頑張って貰えればと」


「は…はは、やはりそうですか。まぁそう考えているからこその"養子"でしょうが…そこまでハッキリ言われてしまうと、何とも不思議な気分ですね。あいつが将来の佐波会長だなんて、何ともまぁ想像のつかない話で」


「ね、ねぇ真由美さん。私も今更なんだけど、本当にそんなことまで考えているの? なんか、突拍子もない話すぎて…」


「本当よ、冬美さん。信じられない話かもしれないけど、私達は一成くんに後を継いで欲しいと思っています。これは冗談なんかじゃないわ」


「えぇぇぇ…」


 いきなりこんな話をされても、全く想像がつかないのは当然でしょうけど…

 でも私達としては、やっぱり一成くんに後を継いで欲しい。沙羅ちゃんと二人、手を取り合って頑張って貰いたい。本気でそう思っているからこそ、こんな早い内から、婚約だ養子だなどと思いきった話をしているのだから。


「正直言って、あいつに貴方の後が勤まるとはとても思えませんが…」


「それを今の時点で決めつけるのは時期尚早と言うものです。少なくとも、私共はそう思っておりませんから」


「おっと…そうですね、つい」


「いえ…とにかく私共としましては、先ず一成くんには後継者の第一候補となって頂きたいと考えております。特に他の候補者が居るという訳でもありませんが、最終的に本人が引き受けてくれるかどうかという点もありますから…それに本人が望まないと言うのであれば、やはり無理に押し付けたくはありませんので」


「なるほど。ですがその場合…」


「それについてもご安心ください。もし仮にそうなったとしても、沙羅との関係を解消させるような真似は絶対にしないとお約束致します。それにそんなことをすれば、それこそ妻と娘から絶縁されてしまいますからね…はは」


「いや、それは…」


 実際問題、もし本当にそんなことを言えば、沙羅ちゃんは間違いなく家を出ていくでしょうね…政臣さんに三行半を突きつけて。


「まぁ冗談はともかくとして、私も場合によっては二人が家を出ることもやむ無しであると考えております。やはり親としては、二人の幸せが何よりも最優先ですからね。ただ…これは私としても大変光栄な話ではあるのですが、一成くんが私の後を目指す為に、それへ向けた進路を取り始めてくれていまして。そうであれば、私達もそれを前提として話を進めたいかなと…」


 これは厳密に言えば、政臣さんの後を目指すという一成くんの意思に「後継者」という意味は含まれていないんでしょうけどね。まだそこまで思い至っていないみたいだし。

 でもそれならそれでいいと思うの。せめて高校を卒業するまでは、余計なことを考えず、学校生活を目一杯楽しんで欲しい。

 きっとそれが、今の一成くんにとって、一番大切なことだと思うから。


「そうですか、あいつが貴方の…はは、これは何とも複雑ですね。全ては自分の不甲斐なさが招いた結果とはいえ、そんな貴方だからこそ、息子をお任せしたいと思う気持ちもありますが…ただどちらにしても、やはりこの件については私がとやかく言う必要はなさそうです。繰り返しになりますが、あいつの意思を尊重するという方針に変わりはありませんので」


「ありがとうございます。それでは…」


「ただ…それはそれとして」


「…っ!?」


 唐突に政臣さんの声を遮り、ここまでで最も鋭く、力強い声音で切り込んでくる宏成さん。

 いきなりどうしたのかしら…


「私はしがない万年平凡サラリーマンですが、それでも大企業の上層部に数多くのしらがみがあることくらい簡単に想像がつきます。それに、お嬢さんとの縁談を申し込んできている相手も、社会的にそれなりの立場を持つ人物であることは間違いない筈です。そんな中に、何の取り柄も地位も持たない庶民生まれの一成が入り込んだらどうなるのか…いくら貴方の養子になるとはいえ、そんな生まれの人物が後継者であると知られた日には、それこそ周囲から何を言われるか…」


「…確かに、今回の件で一番のネックになるのは、やはり一成くんが佐波との繋がりを何も持っていないことだと私も考えております。仮にこのまま、私が単独で話を持ち上げたとしても、やはり義理の息子というだけでは説得力に乏しいことは否めないでしょう。もしそれでも強引に事を押し進めようとすれば、それこそ一部の派閥…特に、沙羅との縁談を模索していた連中からは、裏表に関わらず大きな反発が起きることは想像に難くありません」


「やはりそうですか。まぁそういう事情に疎い私ですら簡単に思い付く話ですから、然もありなん…と言ったところでしょうが」


 宏成さんの懸念は実に最もな話であり、そしてそれこそが、一成くんを政臣さんの後継者として…沙羅ちゃんの伴侶として公式発表する上での最大のネックとも言える。

 もしこれが、まだ私の父が豪腕を振るっていた当時であれば…それこそ私達の結婚を周囲に認めさせたときのように、半ば強引にでも押し通すことが出来たかもしれない。でも残念ながら、今はあの頃とは時代も状況も全く違う。良くも悪くも、佐波という企業は大きくなりすぎた。

 だからこのまま何の対策も講じなければ、きっとひと悶着どころの騒ぎでないでしょうね…それが一成くんでなければ、だけど。


「ですが…その点については、もうクリアしていると言っても過言ではありません」


「…は?」


「これは私達にとって僥倖と言う他はない話でして、だからこそ、一成くんを婿養子として迎えさせて頂きたい大きな理由の一つでもあるのですが…実は一成くんは、私の後継者となる上で、既に他者が口出し出来ない程の強力な後ろ楯を手に入れております。後はそこに、私共が薩川家として形式的な手続きを行いさえすれば、もう誰であろうとこの話に口を挟むことは出来ません」


「そ、それは一体…」


 そう…政臣さんの言う、一成くんが手に入れた強力な後ろ楯。

 それはまず、現会長である私の叔父と、前会長婦人にして、いまだ佐波に絶大な影響力を持つ私の母から得た二つの承認。この時点で既に驚くべきことではあるんだけど、そこに次期会長である政臣さんと、直系一族である私の推薦、そして一人娘である沙羅ちゃんとの結婚を経て婿養子として薩川家に加わり、後は私達から諸々の譲渡と移動を行えば…

 もうこの時点で、例え誰であろうと口を挟むことは出来ない。しかもそこに、あの西川グループ会長からの直々のお墨付きと、その一人娘である絵里さんとの親な交遊まであるとなれば、もう間違っても一成くんに敵対するような馬鹿は居ない。ううん、寧ろ全面的に賛同した方が、後々有利であることに気付かない訳がない。

 しかもこれはまだ非公開の内々話ではあるけど、ゆくゆくは一成くんと絵里さんをツートップとした、両社共同の…なんて話もあるくらいで。こんな計画が明るみに出た日には、それこそ恩恵に預かりたい連中が、こぞって一成くんにすり寄ってくるでしょうね。


 まぁ…本人は嫌かもしれないけど。


「最初の話に戻りますが、実は一成くんのお世話になった人物が、私達以外にもう一人おりまして…」


「そうでしたか。それでその方は…」


「はい。私とも個人的な付き合いがある、あの世界的な大企業、西川グループの会長本人です」


「……は?」


「詳しい説明は省かせて頂きますが…一成くんには我々佐波エレクトロニクスだけでなく、西川会長…延いては、西川グループという企業そのものがお世話になった経緯がありまして。その繋がりで、西川会長から一成くんへ、私の後継者としてのお墨付きを頂いております」


「…え? に、西川グループ? え? はえ?」


 今度こそ理解が追い付かなくなってしまったのか、困惑と混乱の様子がありありと浮かぶ宏成さん。

 ちなみに冬美さんはノーリアクション…と思いきや、微妙な表情のまま完全に固まっているみたいね、あれは。

 まぁ気持ちは痛い程良く分かるけど…でも事実だから仕方ないわ。


「え…と、そ、それは本当にウチの息子のことなんですか? 佐波の会長と西川の会長から直々にって…いやいや、何がどう転んだら、そんなとんでもない話に?」


「驚かれるのも無理はないと思います…が、全て事実です。あくまで結果的にという話ではありますが、それでも一成くんには、佐波と西川の両社が大変お世話になりまして」


「いやいやいや、単なる高校生の小僧一人に、世界的大企業の佐波と西川がお世話になったとか…と言いますか、私の務めている会社は、西川の下請けの下請けなんですが!」


「あぁ、そうでしたか。それはそれは…」


 あらあら、これは思わぬ所で繋がりが…って、下請けの下請けでは、実質的な接点はほぼ無いと考えていいんでしょうけど。

 でもそれで「西川グループ」と聞いて、大きく驚いた訳ね…なるほど。


「な、何であいつが、そんな…」


「申し訳ありませんが、やはりそれをご説明するには時間が足りませんので、取り敢えずそういう事実があったということだけでもご承知頂ければと思います。そしてそれが、私共が一成くんを認めている理由の一つであると考えて頂ければ…」


「そ、そうですか。確かにそういう事情であれば、何故あいつがお嬢さんのこと以外でそこまで認められているのか、少しは納得できる話でもありますが…」


 でも本当のことを言えば、何故、一成くんがそういった行動に出たのか、それがイマイチよく分かっていない部分でもあるのよね。一応、過去にトラブルがあった相手との因縁だったという話は聞いているんだけど、それ以上のことについては教えてくれなかったし…


 あれ…何か引っかかるものがあるような…

 気のせいかしら?


「如何でしょうか? ざっとではありますが、概ねこちら側の事情はご理解頂けたのではないかと思います。後は最初にお話しした通り、何かあれば、後日改めてということで」


「しょ、承知しました。正直、まだ何が何やらという気持ちもありますが…何故あいつを婿養子としたいのかという部分については納得いきましたし、その先についてもかなり真剣に考えて頂けていることは十分に理解しました。後は本人次第ではありますが、こちらとしては今回の件に依存はありません」


「その…私はあまり難しいことはよく分からないんですけど…あんな息子でも、私達にとっては…」


「冬美さん…例え一成くんが私達の養子になったとしても、お二人が本当のご両親であるという事実は何一つ変わりませんよ? あまりこういう言い方は良くないのかもしれませんが、あくまでも形式上のことであると思って頂いて構いませんから」


「真由美さん…」


 そうよね…普段は何だかんだと強いことを言っても、やっぱり大切な息子のことだもの。

 特に、お腹を痛めた母親としては…


「多少複雑に思えるかもしれませんが、一成くんのことについては、今まで通り自分達の息子であると考えて頂いて構いません。勿論私達も、一成くんのことは実の息子のように思っておりますが…それに沙羅も、やはり義理とは言えお二人にとっては娘となるのですから、あまり深く考えなくても良いのではないかと思います。ただ公の場に於いて、私共の息子、養子であることを明言させて頂ければ、こちらはそれだけで…」


「だから冬美さんも、これまで通り、一成くんのお母様として振る舞って下さいね? もちろん、宏成さんも」


「分かったわ…ありがとう、真由美さん」


「何の取り柄もない愚息ではありますが…どうぞ宜しくお願い致します」


「お任せ下さい。大切なご子息のことは、私共が責任をもって…」


 そう言って、そっと差し出しされた政臣さんの右手を、ぎゅっと力強く握りしめる宏成さん。

 良かった…本当に良かったわ。無事に話が纏まって。

 これでいよいよ次のステップ…二人の華々しいデビューに向けた、本格的な準備に専念することが出来る。それに宏成さんの人となりも分かったことだし、後は親戚付き合いを通じて、お互いの理解を深めて行けば大丈夫でしょうから。


「はぁ…それにしても、あのバカ息子が未来の佐波会長とか、ホントにどんな冗談って感じよね。まさか得意顔して、パーティーなんか出ちゃったり…」


「得意顔はともかく、いつか一成くんにも、佐波以外のパーティーへ出席して貰うことになると思います。あまり気は進まないかもしれませんが、それも将来に向けて必要なことですから」


「うわぁ…パーティーとか社交場とか、私達には本気で馴染みがない世界だわ。少なくとも私にはとても無理ね」


「んふふ…でも出来ればお二人は、せめて佐波のパーティーくらいは出席して欲しいと思いますけどね。何と言っても、これから私達は親族になるんですから。」


「えー、なんで私達が…って親族?」


「ええ。一成くんと沙羅ちゃんが結婚するんですから、お二人は当然、私達にとっての親戚ということになりますよね?」


「親戚…あの佐波エレクトロニクスの会長夫妻と私達が? え、えぇぇぇぇぇぇ!?」


「お、おいおい、こりゃよくよく考えてみれば、とんでもない話だぞ…」


 んふふ…でも本当なら、お二人にお願いしたいことは他にも色々とあるんですけど…今はまだ止めておきましょう。


 取り敢えず今日のところは、一件落着…と言ったところで♪


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


本当に申し訳ない気持ちでいっぱいですが、以上で今回の更新とさせて頂きます。

親父様の描写についても、文章そのものについても、全く直すことが出来ず、こういう結果となってしまいました。

ここまでさんざんお待たせして、こんな結果になって本当に申し訳ありません・・・

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