第223話 沙羅さんの人気は…

「またね~」

「お疲れ様~」

「お幸せに~」


大騒ぎだった生徒会メンバーと駅前で解散して、晩御飯の買い物をする為に商店街へやって来た。俺ならコンビニかスーパーで簡単に済ませるところだが、拘りの強い沙羅さんは行き付けの専門店(?)で買い物をすることもあるのだ。昔から真由美さんと買い物に来ていたとは聞いているので、そのせいなのか俺の知らない色々なお店で買い物をしているようだ。


ちなみに当の沙羅さんは、生徒会の面々と別れてから直ぐに腕組みをしてきたので、今は俺の左腕にぴったりとくっついてご機嫌な様子だった。


「足りない食材がいくつかありますので、お肉屋さんと八百屋さんに寄らせて下さいね。」


「了解です。肉屋は前に行ったお店ですかね?」


「はい。覚えていて下さったのですね。」


「そりゃ、ウチの息子がどうのとか、俺的に嫌なこと言われましたから。」


あのときの事は今でもハッキリと覚えているが、お店のおばちゃんが自分の息子を紹介しようとするとか、テンプレにも程があると思う。

あのとき俺が顔を出さなかったら、知らない内に紹介されていたのではないかと思うと、どうしても少し嫌な気持ちになってしまうのだ。

もちろん沙羅さんなら断ってくれるとわかっているけど。


「…あの、一成さん。今後また迷惑なお話が出た場合、私には将来を誓った方がいると明言しても宜しいですか? その方が、よりハッキリとお断りできると思いますので。」


「う…は、はい。そうして貰えると、俺も嬉しいです…」


何の照れも躊躇いもなく「将来を誓った」と言い切る沙羅さん。そんな様子に、俺が逆に照れ臭くなってしまう。沙羅さんはこういうことに対して本当に堂々とできるタイプなのだが、俺がそれにまだ慣れていなかったりするのだ。


「ふふ…どうかなさいましたか、あなた?」


!?


俺が照れているのに気付いた沙羅さんは、少しイタズラっぽい表情で「あなた」呼びをしてくる。その呼ばれ方は妙にムズムズするというか、何と言っていいのかわからない気分になる。嬉しいのか恥ずかしいのか照れ臭いのかそれ以外なのか…


そして最近思うのだが、沙羅さんがこうして小悪魔チックになったり俺をやたらと甘やかそうとするのは、何気に真由美さんの影響ではないかと思ったりするのだ。

その予想は当たらずとも遠からずではないかと、密かに俺は思っている…


--------------------------------------------------------------------------------


「沙羅ちゃんいらっしゃい。今日は彼氏さんも一緒なの?」


お店に入って最初の声は、いかにも行き付けのお店といった感じの挨拶だった。

俺もこれからは顔を出すことが多くなるので、沙羅さんに恥をかかせない為にも挨拶をしておくべきだろう。


「こんにちは。これからは一緒に来るので、宜しくお願いします。」


「はい、こんにちは。相変わらず仲がいいのねぇ。でも、急にどうしたの?」


「今まで買い物は任せっきりだったんで、荷物持ちでも何でも手伝えることがあればと思ったんですよ。」


沙羅さんからおねだりされたから…などと言うつもりは勿論ないので、普通に思っていたことを答えておく。実際そのくらいは考えていたので、嘘でも何でもないのだ。


「あらあら、良かったわね~沙羅ちゃん。将来は、いい旦那さんになるかもしれないわよ」


「ふふ…私はいつもそう思っておりますので。」


「あはは、沙羅ちゃんも随分と言うようになったわね。昔から見てきたから、尚更そう思うわ。」


お店のおば…お姉さんの冗談を上手く受け流すその姿は、本当に慣れていることが良くわかる。こういう姿を見てしまうと、沙羅さんの大人っぽさが一際目立ち、逆に可愛いと言われてしまう自分は子供っぽいのだろうと改めて感じてしまうのだ…


その後は普通に応対してくれたので、目的の物を購入してそのままお店を出る。

次はすぐ隣の八百屋さんにも寄るようだ。

目の前に並べられた野菜を見ている内に、お店の中からハチマキにエプロン姿という「如何にも」なおじさんが出てくる。


「おう、沙羅ちゃんいらっしゃい! 最近は真由美さんと来ないんだな…って、おいおい、そのお兄ちゃんは?」


「はい。今後は二人で来ますから、覚えておいて下さいね。」


やはりここでも同じような常連客の会話になっていた。

俺はこの店に顔を出したのは初めてなので、以前お肉屋さんに初めて行ったときのことを思い出してしまう。まさかここでも息子がどうのという話にはならないだろうな?

ちなみに沙羅さんからの返事を聞いたおじさんは、驚きで目を丸くしていた。


「……お隣さんから話しは聞いたことあるんだけど…本当だったのか。いやー、沙羅ちゃんを捕まえられる男がいるなんてなぁ…兄ちゃん大したもんだ!」


「えーと…はい、自分でも奇跡じゃないかと…」


「一成さん、恋をしたのは私が先ですよ? 以前そうお話ししたではありませんか。」


そう言えば、前にどちらが先に好きになったのか言い合いになったことがあった。

あのときは沙羅さんのキスで黙らされて、俺は白旗を揚げたのだが、あれは流石にズルいと思うのだ。


「おおお、沙羅ちゃんが捕まえたのかい? それはもっと驚きだな!! 兄ちゃん羨ましいぞ、沙羅ちゃんは絶対にいい嫁さんになるだろうからなぁ」


バシバシ!!


「そ、そうですね。お、俺もそう思います。」


背中を勢い良く叩かれて、思わずむせそうになってしまった。

こういうときに、どういう受け答えをすればいいのか経験が無くて本当に困る。

沙羅さんみたいに上手く受け流すなんて俺には出来ないし…


「おじさん、一成さんが困っておりますので、そこまでにして下さい。」


沙羅さんが嗜めるように注意してくれたお陰で、おじさんは俺の背中を叩くのをピタっと止めて、そそくさと定位置(?)に戻っていく。


「おっと、沙羅ちゃんを怒らせたらマズいな。よし、お詫びにサービスするから、とりあえずは欲しいものを選んでくれや。」


「まったく…それではこれと…」


今日の買い物はこの二軒だけだったが、それ以外にも歩いていると、何軒かのお店から声をかけられることがあった。学校だけでなく、どうやら商店街でも沙羅さんは人気があるのだということを、今日初めて気付かされたのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


晩御飯のカレーを食べ終わり、食後のデザートをつついていたところで俺達のスマホが同時に鳴り響いた。同時という時点で、グループRAINの着信であることはまず間違いないだろう。

充電中で手元にスマホが無い俺の代わりに、沙羅さんが自身のスマホを取り出して確認してくれた。


「一成さん、絵里から報告会の連絡が来ております。急な話ですが、全員が明日で問題なければ食事会を兼ねて行いたいとのことです。」


明日か…

西川さんを始め、今回も皆には本当にお世話になっていたので、早めに報告したいとは思っていたのだ。それこそグループRAINという手段もあったが、やはりこういうことは直接話をするべきだと思うからな。


「わかりました。沙羅さんは大丈夫ですか?」


「はい。私は…問題ございません。」


と言う割に、少しだけ言い淀んだことが気にかかる。何か気になることでもあるのだろうか?


「沙羅さん、何かあるなら言って下さい。遠慮は無しですよ。」


「う……」


俺が少し強めに言うと、少しだけ困った表情を浮かべた沙羅さんが、おずおずと理由を説明してくれた。


「大したことではありません。ただ、その…せっかく一成さんと二人だけの生活を始めたのに、いきなり外食になってしまったな…と。」


家事もそうだが、俺の食事を作ることに特別の拘りを持つ沙羅さんからすれば、それは決して小さくない話なのかもしれない。ましてや、この生活を始めてまだ二回目の晩御飯である。それがいきなり外食では、気合いを入れている沙羅さんからすれば、思うところがあって当然だろう。


「そうですね…それなら俺はなるべく食べない方向で。そうすれば家でも食べられるかなぁと。」


「いじわるです…私の我が儘で、そのようなことを一成さんにさせる訳には参りません。」


俺の冗談(半分本気だった)に、少しだけ頬を膨らませて可愛く抗議の声を上げる沙羅さん。そもそも俺が強引に聞き出したことなので、悪いことをしてしまっだろうか。


「でも実際、俺からすれば有名ホテルのディナーなんかより沙羅さんのご飯を食べたいです。どんなお店よりも、俺には沙羅さんのご飯が一番ですから。ちなみにお世辞じゃなくて本気です。」


お世辞でも何でもない、俺が常に思っている本当のことを伝えておく。

以前西川さんが連れていってくれた店もかなりの有名店で、料理も間違いなく美味しかったのは事実だが、やはり俺の好みという点では沙羅さんのご飯に及ばないというのが感想だ。


「…ありがとうございます。そう言って頂けて本当に嬉しいです。明日についてはお気になさらないで下さい。一成さんのお気持ちだけで私は十分ですから。」


俺の言葉を聞いて機嫌を直してくれたのか、見た限りは普通に戻ってくれたように思う。


「あの、本気で言ってますからね?」


「はい、わかっておりますよ。では、これで信じて頂けますか?」


ちゅ……


サッと近付くと、何の迷いもなく顔を寄せてキスをしてくる沙羅さん。その笑顔は、確かに俺の言葉を信じてくれたものだと思う。


「如何ですか? これでも信じて頂けないようでしたら、次はお口にしてしまいますよ?」


「あ………」


沙羅さんが喜んでくれたことはもう疑っていない。でも唇同士でキスをするという行為はやはり特別で、なかなか自分から言い出せない俺としては、逆に言われてしまうとどうしても期待せずにはいられないのだ。


「ふふ…一成さんのお顔はとても正直ですのに、心は本当に照れ屋さんですね。可愛いです…」


俺が期待していることにしっかり気付いている沙羅さんは、優しい笑顔を浮かべながら頭を胸に抱き寄せてくれた。


「一成さん、こちらを向いて下さい…」


そう耳元で囁かれ、顔に当てられた手に誘導されるまま上向きになると、ゆっくり沙羅さんの顔が近付いてきて…目を閉じる


ちゅ………


「んっ……」


そのまま何秒そうしていただろう…やがて沙羅さんが離れるまで、俺はされるがままになっていた。


「………」


キスを終えた沙羅さんは、どこか夢見心地な様子で俺の顔を見つめていたのだが、やがてふわりと可愛い笑顔を浮かべた。


「身体がふわふわしています…キスをすると、私はいつもこうなってしまうのですよ…一成さんは如何でしょうか?」


「俺は、幸せな気持ちが強くなりすぎるみたいな…」


「そうですね、私も幸せすぎてこうなってしまうのだと自分でも思います。一成さん、こちらへどうぞ…」


「は、は、はい…」


俺はまだどこか惚けた感じになっていて、返事もおぼつかない状態だった。

沙羅さんは自分の胸に俺を誘導してふわりと抱きしめると、今度はゆっくりと頭を撫でてくれる。


「ふふ…照れ屋さんのままですと、これからも私が先にキスをしてしまいますよ? それでも宜しければ、私は一向に構いませんが。」


「うぐ…が、頑張ります。」


頑張るという言葉が今の状況に適切なのかどうかわからないが、積極的な沙羅さんに任せきりではやはり情けないと思うのだ。

だからそういう意味で頑張ろうとは思う。


「はい、いつでもお待ちしておりますね…あなた。」


沙羅さんに抱きしめられながら、次は俺からキスをするのだと、密かに心に誓うのだった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る