第222話 わかりきった覚悟

俺のクラスの相談も終わり、他には主だった話もないということで、いつもより早いが今日はこのまま解散ということになった。

全員がこのまま帰るとのことで、途中まで一緒に下校しようという話になったのだ。


「それじゃ、戸締まりするから外に出てくれ」


先に廊下で待っていると、最後に会長が室内を確認してから扉を施錠する。


「よし、帰ろうぜ!」

「薩川さんが付き合ってくれるの珍しいね。」

「珍しいっていうより初めてだから。」

「ある意味自慢できるぜ。」

「高梨くんのお蔭だけどね。」


まぁ…俺が付き合うって言ったから、沙羅さんも付き合ってくれただけなんだけど。


いつもと違い、まだ残っている生徒も多い時間帯。そこに生徒会役員が全員揃って移動している光景は、嫌でも注目を集めてしまうようだ。歩いていれば皆がこちらを見てくるので気にはなるが、目立っているのはあくまで会長と沙羅さんであり、俺を含めたその他はオマケみたいなものだろう…


そのまま校門を出て、駅前へ向かって移動を開始する。俺達は晩御飯の買い物をするために、駅前の商店街までは一緒に行くことになっていた。


「一成さん、本日の晩御飯は何が宜しいですか?」


献立は基本的に沙羅さん任せになっているのだが、こうして聞かれることもある。買い物をする前に確認したかったのだろう。


そして肝心な食べたいものだが、今日は…


「うーん…今日は気分的に、カレーを食べたいかも」


「畏まりました。それでは、本日はカレーにしましょう。えーと…足りないものは…」


沙羅さんが少し考えるような仕草をしているのは、恐らく家に残っている食材を思い浮かべて、足りない物をリストアップしているのだろう。もはや完全に…いや、何でもない。


「…ねぇ薩川さん、高梨くんの希望を聞いたってことは、薩川さんがご飯作るんだよね?」


「え? はい、私がお作りしますけど?」


「だよね。それって高梨くんの家だよね? 一緒に食べるの?」


「もちろんです。それが何か?」


何故そんなことを? と言わんばかりに不思議そうな顔をする沙羅さん。だがそれに構わず質問が追加されていく。


「毎日作ってるんですよね? 大変じゃないですか?」


「いえ、一成さんのお食事を作ることは、私にとってとても大切なことですから。」


「「…………」」


もう俺は、男性陣から羨むように見られることには馴れた。きっとこれからも、そういうシーンは多くなるのだろうと思っているのだ。


「ちなみにぃ…高梨くんには他に何かしてあげるの?」


沙羅さんに問いかけながらも、そのニヤけた視線は明らかに俺をロックしている。何を期待しているのか知らないが、妙なことはしていないから別に平気だけどな。


「他といいますか、身の回りのお世話は一通り行っていますよ。」


「うわ…そこまでしてるの? 高梨くんは幸せ者だねぇ」

「ホントホント、学校中の男子から睨まれても不思議じゃないよね。」

「でも実際、一人暮らしの男子の家に入り浸ってるとか、先生に知られたらちょっとヤバいんじゃない? 会長はどう思います?」


「…そうだな、確かに何かしら言われる可能性はあるかもしれない…かな。」


そうか…今までそんなことを考えたことはなかった。確かに、そういう可能性も考えられるのではないだろうか? しかも今は、通っているのでは無く同棲を初めてしまった訳で、これはかなり気を付ける必要があるのではないだろうか?


「別に問題はないでしょう。両親公認でお付き合いしているのですから、学校に口出しなどさせません。」


「親公認!!??」

「マ、マジかよ!? え、え、それって…」

「いや、よく考えたら、そうでもなければ毎日なんて無理でしょ。」

「だよね! なんか話を聞いてると、ますます単なる恋人って感じじゃないよね…薩川さん、いくらなんでもやり過ぎなんじゃない?」


完全に興味を持たれてしまったようで、ここぞとばかりに俺達の話題で盛り上がる面々。あまり大騒ぎすると、周りにも下校中の生徒がいるので目立ちすぎてしまうのだが…只でさえ沙羅さんがいるから注目されているというのに。


「やり過ぎと言われましても…そもそも私達は婚約していますので、単なる恋人ではありませんから。」


ピタッ


俺と沙羅さん以外の足が完全に止まった。

いや、止まったのは足だけではない。身体全体が、そして表情まで停止しているようだ。


こ、これはひょっとして、某有名な漫画で使われる時間停止能力を沙羅さんが!?


…っとまぁ冗談はさておき、遂に学校でも話を出すことになるのか。まぁ遅かれ早かれ生徒会の面子には早めに言うことになるだろうと思っていたので、別に問題はないが。


「こ、こ、婚約? 婚約と…言ったかい?」


最初に硬直の解けた会長が、やっとのことでその一言だけ絞り出した様子だった。

するとそれに続いて、まるで油の切れたロボットのようにギギギ…っと音が聞こえそうな固い動きを見せながら、全員が一斉に沙羅さんの方を向く。


「え、ええ。私達は、結婚を前提にお付き合いしておりますので…」


異様な動きを見せる面々に、若干引いたような様子を見せる沙羅さんだったが、会長の問いかけにはしっかりと答えを返した。


「「「「「えええええええええええええええええええええ!!!!」」」」」


!?


び、びっくりした…


会長まで加わって、全員が驚愕の表情を浮かべて突然大きな叫び声を上げた。その異様な光景に、周囲の生徒達や通行人から完全に注目を集めてしまう。


「う、う、う、嘘でしょぉぉぉぉ!!??」

「さ、さ、薩川さん、そそそ、それってつまり…」

「たたたたった、高梨くん、説明、説明、説明、説明して!!!」

「どういう話なんだよそれぇぇぇぇぇ!?」

「嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!?」


俺にも話の矛先が向いたらしく、全員の視線が殺到する。こうなった以上、沙羅さんに任せっぱなしにしないで、俺も説明に加わっておいた方がよさそうだ…


「いや、色々と事情があって、先日から正式に…」


「高梨くんから申し込んだの!!??」


「え 、ええ、その…俺から申し込みました。」


「薩川さんは!?」


「……はい、喜んでお受けしました。」


幸せそうに微笑みを浮かべる沙羅さんに、俺は思わず見蕩れてしまう。

本当に綺麗な…


「「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


会長以外の全員から特大の悲鳴が上がった。

驚くのはわかるのだが、周りに迷惑だからせめてもう少し抑えてくれないだろうか。

ちなみに会長は、声を出さずに目を丸くして固まっている。そしてそんな俺達に、周囲からは迷惑そうな視線が大量に突き刺さっているのだ。


「お、おめでとうございます!!!!!!!」

「凄い!凄い!凄い!! 信じられないよ!!! 何それ!!!???」

「そんな軽いもんじゃないよ!!!!! あの薩川さんだよ!? 絶対にこの話しヤバいって!!!!!」

「うあぁぁぁぁぁぁ、諦めててもショックすぎるぅぅぅぅぅ!!」

「無理だからぁぁぁ!! 耐えられないからぁぁぁぁ!!」


女性陣が大興奮で大騒ぎを起こし、男性陣は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

明らかに収拾がつかない様子になってしまったようで、しかも生徒会役員が揃いも揃って通学路で大騒ぎはマズいと焦りを覚えてしまう。流石に諌めようと考えたところで、いつの間にか再起動していた会長が動いてくれた。


「み、み、みんな! この場でこれ以上騒ぐのは止めてくれ。周りにも迷惑がかかるし、生徒会役員としての示しがつかない。」


普段の会長と違う焦ったその口調は、やはり動揺を隠しきれていないという事がよくわかってしまった。だが一応は、その声を聞いて騒いでいた全員も焦ったように口を噤んでくれた。


「す、すみません!」

「ごめんなさい!」


「すみません会長、私まで一緒になってしまいました。」


それぞれが反省の言葉を口にする中、沙羅さんまで申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。でも、沙羅さんが謝るようなことは何もないと思う。


「い、いや、とにかく、その話は今度にしよう。私も是非聞きたいからね。」


ニヤリと俺に笑いかける会長は、相変わらずのイタズラ顔だ。だがそんなことよりも、まだ立ち上がれない男性陣を早く何とかした方がいいかもしれない…


結局その後も、特に女性陣は興味を抑えることは出来なかったらしい。


「ね、ね、婚約したってことは、将来結婚するんだよね!!!???」


「はい、そのお約束をしましたので。」


「「「っっっっ!!!!!!!!!」」」


両手で口を塞いで、身体を激しく揺らしながら、必死に騒ぎ声を抑える女性陣の姿に思わず笑いそうになってしまった。

だが、こちらはこちらで男性陣から距離を詰められているのだ。


「た、高梨くん。」


「はい?」


「そのな、俺達は二人が付き合ってることを知ってたから、た、た、耐えられてるんだけどな」


どう見ても耐えられている様子ではないが、耐えられているということにしてあげた方がいいだろうか?


「おめでとう……羨ましいよ…ほ・ん・と・う・に!!! 羨ましいよぉぉぉぉぉ」


ガクガクガクガク


激しく俺の身体を揺さぶりながら、まるで魂から絞り出したような声を上げる。

近距離で叫ばれて耳が痛いぞ!!


「はぁ……冗談抜きで衝撃が強すぎだよ…女神様と結婚の約束とか、学校で知れたらマジでシャレにならないよこれ。」


「うん、私もそう思うよ。薩川さんの絶大な人気を考えれば、この事実は恐らく学校全体を揺るがす騒ぎになるはずだ…これは決して大袈裟な話じゃない。まだ話が広がっていない今の内に、君も覚悟を決めておいた方がいいよ。」


会長の言いたいことはよくわかっているのだ。

俺は無理に隠そうなんて思っていないし、沙羅さんも付き合っていることを特別隠している訳ではない。聞かれないから言わないだけで、今回のように聞かれれば答えるのだ。そして今後は一緒に動くことが増えるだろうし、遅かれ早かれ話も広がるのだろう。


その結果、俺にやっかみが集まることは全く問題ない。そんなことは沙羅さんと恋人になった時点でわかっている話であり、とっくに覚悟はできているのだ。

寧ろ俺は、逆にそんな奴らを黙らせる何かがないか、改めて考える必要性を感じていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


せっかくのクリスマスなので、番外編的なSSも二通り考えていたのですが、本編を進めることを優先しました。


凄く気の早い話ですが、まだ来年の今時期でもこの物語を執筆しているようであれば、その時こそ何か書きたいと思います。


ちなみに考えていた二つの案は、未央ちゃんのクリスマスパーティーを扱ったお話か、読者様が一成になった視点で、沙羅さんが抱っこして寝てくれる「沙羅さんといっしょ」を考えたのですが、特に後者が難しくて挫折してしまいました…

もっと時間をかけて、ゆっくり書かないとダメみたいです。


それでは皆さん、よい夜をお過ごし下さい!

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