第70話 テニス部

あの一件以降、バカ共は俺に絡んでくることはなくなった。

その代わり敵意のある視線を向けてくることはあるけど、その程度気にもしない。


「おはよう高梨くん」

「おはよ〜」

「おはよう」


夏海先輩ファンクラブの二人は、前と変わらず俺に接してくれる。

この前お礼を言ったら、俺が怒ったことに対して逆にお礼を言われてしまった。

ファンクラブ的には、俺が夏海先輩を庇ったことになるらしい。


一応、孤立だけは免れている訳だ。


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パーン


小気味いい音が鳴り響く


今俺の目の前では、夏海先輩がテニスの練習をしている。


放課後、沙羅先輩に誘われて俺はテニスコートに来ていた。

夏海先輩は、今週末に他の学校と練習試合があるそうで、それに向けて練習を試合形式で行っているそうだ。


正直、テニスなんて実際に見たことなかったしルールも殆ど知らない。

取りあえず、決められた得点を先に取ったら勝ちだということくらいだ。


「きゃーー夏海先輩!」

「かっこいい、凄いです!」


あの一角の女子集団は、間違いなくファンクラブだろう。

面白いのは、夏海先輩が打ち合っている間はピタリと黙るのだ。

マナー的なことなのか?


あと気になったのは、男子のコートでも同じように女子が集まってキャーキャー言ってることだ。

誰か人気のある男でもいるのかね?


「夏海先輩は強いんですね。」


「はい、夏海は大会でも上位に入る実力なんですよ。この学校では相手になる生徒はいないでしょう」


実際、相手に1ポイントも渡さずにストレートで勝ったようだ。


「高梨さん、宜しければ次の日曜日に、私と一緒に夏海の応援に来ませんか? あ、もちろん先約があればそちらを優先して下さい。」


先輩と一緒に居れるなら、俺はそれ以上に優先させる用事などありはしない。


「大丈夫です。テニスの試合なんて見たことないし楽しみです。夏海先輩の勇姿も見てみたいですし。」


俺が了承すると、先輩は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「良かったです。では、夏海を驚かせたいので応援にくることは言わないでおきましょう。二人だけの秘密ですから、夏海に言ってはいけませんよ?」


先輩がいたずらっぽい表情で、俺の顔を覗き込んで伝えてくる


二人だけの秘密…

内容はさておき、その響きと先輩の表情が可愛くて照れ臭さが思わず顔に出そうになった。


うう…雄二と話をしたあの一件から、俺は自分でも過剰反応しているのがわかっている。


沙羅先輩の笑顔や、こういう珍しい表情を見てしまうと、以前より更に可愛く見えて照れ臭いのだ。


「? ふふ…どうかしましたか、高梨さん?」


先輩はかなり鋭いのか、俺の顔色や様子の変調に気付くのが早い。

救いなのは、恋愛事に対して疎いということだ。

その分、無自覚に俺を悶えさせてくるのだが…


「はー疲れた。でも快調快調」


夏海先輩がタオルを片手にこっちへやってきた。


「お疲れです、夏海先輩。」

「夏海、お疲れ様」


声をかけると、ニヤリと笑った


「二人ともありがとね。しかし、相変わらず仲かいいわねぇ。ねえ高梨くん、初めて見る私のテニスはどうだった? 私だって捨てたもんじゃないでしょ?」


夏海先輩がからかうように、俺の腕を肘でつついてくる。

女性からそういうことをされた経験がないので、思わず戸惑ってしまった。

だからからかうのは止めて欲しいのだが…


「夏海、高梨さんが困って…」


先輩が俺の様子を見て、夏海先輩を嗜めるように注意しようとしたが、それを遮るように横から声がかかった。


「夕月先輩、相変わらず好調ですね。」


……なんだこの爽やか系イケメンは…

チャラ男という感じではないが、妙に爽やかというか、スカした感じがして正直気に入らない。


後ろを見ると、女子の集団が付いている。

どうやらさっき男子テニスでキャーキャー言われていたのはこいつか。


「あんたも相変わらずみたいね。次の試合は大丈夫そう?」


「ええ、絶対に勝ちますよ。」


………なんだろう、この劣等感は…色々と負けたような気がする


「薩川先輩もお疲れ様です。良かったら今度の試合、俺のことも…」


「興味のない人物をわざわざ応援するほど暇ではありませんので。といいますか、馴れ馴れしく話しかけられる謂れもありませんが」


先輩が気持ちいいくらいにスッパリと切り捨てた…嬉しいと思ってしまった自分が小さく思えてしまう…でも嬉しいんだから仕方ない。


「夏海、邪魔が入ったのでこれで失礼しますね。さあ高梨さん、帰りましょうか?」


俺の方を向くと笑顔になる先輩。


「ごめんね沙羅。高梨くん、今日はありがとね!良かったらまた見に来てくれると嬉しいな」


「はい、夏海先輩頑張って下さいね。」


「うん、また明日ね〜」


夏海先輩が手を振って見送ってくれたので、俺も手を振り返す。


その視界の中に、あのイケメンが入り込んだ。

俺を見ている? なんだ?

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