第399話 謎の存在
男達が関係者を引き連れてどこかへ去っていったので、今この場に残っているのは俺達だけになる。
でも周囲の野次馬は、まだそれなりに残っているので…
「…んで、結局あいつは誰なんだよ?」
「…さぁ? 取り敢えず専務のお嬢さんと仲が良さそうってことだけは確かみたいだけど」
「…ばっか、その時点で既に驚きだろうが!! あのお嬢様だぞ!?」
「…いやいや、案外親戚とかそんな感じじゃないの?」
「…だよな。奥様も気さくに話し掛けてたみたいだし、身内って考えた方が自然だよな?」
「…親戚か。それならまぁ」
「…どうやら、あの青年はお二人に近しい人物のようですな」
「…しかし、今まで男の影が全くないどころか、男嫌いとまで噂される専務のお嬢さんと名前で呼びあうなんて…」
「…薩川専務の周囲や親戚に、あのくらいの年齢の男子がいるという話は聞いたことがありませんね」
「…となると、彼は一体?」
何やら熱心に話し合いながら、こちらをジロジロと眺めている野次馬達の話題は恐らく沙羅さんと真由美さん…ではなく、二人の近くにいる俺であることに間違いはなさそう。
だって…
すっごく無遠慮に見られてるし、俺。
「奥様、ご無沙汰しております」
「あら竹中さん。いつも主人がお世話になってます」
今までどこかに控えていたらしい竹中さんが顔を出し、真由美さんとお互いに頭を下げて挨拶を交わす。
ただ、竹中さんの恭しい態度はともかく、真由美さんの方はワリとフランクな感じなので…それだけ竹中さんと親交があるってことなんだろうな。
「いえ、とんでもございません。こちらこそ、いつも専務には大変お世話になっておりまして」
「んふふ、そんな謙遜しなくてもいいのに。あぁそうそう、昇進おめでとうございます」
「ありがとうございます。本当に私などで良かったのか、まだ不安はありますが…」
「大丈夫よ。竹中さんはずっと主人のサポートをしてきたんだから、きっと適任ね?」
「はは…身に余る光栄です」
真由美さんと竹中さんは笑顔で会話を交わし、場も和やかな雰囲気に包まれるものの…でも周囲の状況は全く変わっていないので、出来ればこの場を離れてから改めて話をして欲しかったり。
…なんてことは流石に言えないけど。
「それより申し訳ございません。先程は坊っちゃんが詰め寄られた際、直ぐさま割って入るつもりだったのですが…」
「あら、ひょっとして私達が出鼻を挫いちゃった?」
「い、いえ、決してそのようなことは…」
などと言いつつ、竹中さんは慌てたようにかぶりを振るので…どうやら図星だったみたいだ。
「いいのよ。竹中さんは宮仕えなんだから、他社とのトラブルは極力控えておかないと。それにあの場は私が居たんだし尚更にね」
「…それでも、申し訳ございません」
「もう、だから本当に気にしなくていいってば。この件はこれで終わりにしましょ。ね?」
真由美さんはそう言って、済まなそうに俯く竹中さんに、柔らかい微笑みと可愛らしいウィンクをパチり。
相変わらず、こういう仕草が本当に似合ってしまうところが如何にも真由美さんらしいと言うか…ちょっとズルいと言うべきか。
これでウチのオカンと同年代なんだからな…
「坊っちゃん、肝心な場面でお役に立てず、申し訳ございませんでした」
「や、やめて下さいよ!! 俺は別に何とも思ってませんし、それにここまでこれたのは全部竹中さんのお陰なんですから!! 寧ろ俺の方こそ、せっかくお膳立てして貰ったのに全然役に立てなくて…」
俺なりに勇んで駆け付けてはみたものの、結局全てを収めてくれたのは沙羅さんと真由美さんであり、しかも俺に対する男達の諸々まで二人が処理してくれたので…
つまり俺は、実質的に何一つ役立ってないということに。
「一成さん…めっ、ですよ?」
「「っ!?」」
ちょん…と、いきなり真横から俺の額を指で軽く突っつき、いつもの優しい、とびきりの笑顔で微笑んでくれる沙羅さん。
その瞬間、周囲でかなり大きなどよめきが起きたような気もするが…そんなことより。
「私は一成さんが駆け付けて下さったからこそ、ああして思いきった行動を取ることが出来たのです。一成さんが側に居て下さるだけで、私がどれだけ心強いか…それはもうご存知の筈ですよ?」
「沙羅さん…」
「お礼が遅くなってしまいましたが、先程は私の為に駆け付けて下さり誠にありがとうございます。あの場に颯爽と現れた一成さんのお姿は本当に凛々しくて、頼もしくて、眩しくて…私はまた、あなたに恋をしてしまいました♪」
「え、えっと…その」
熱い眼差しでうっとりと俺を見つめ、そんな嬉しいことを言ってくれる沙羅さんの姿に、俺も照れ臭さが急加速を始めてしまい…
「ふふ…こんなに何度も私を惚れさせて、あなたを見る度にいつもドキドキして、愛しさが止まらなくなって…一成さんは本当にズルいです。でも私は、そんなあなたが…」
「沙羅…さん」
「一成さん…私…」
俺だけを真っ直ぐに見つめ、改めて愛を告白するかのような沙羅さんの瞳から目が離せなくなり、お互いの視線が絡み合うと…
切なそうに俺の名前を呟いた沙羅さんが…
だから、俺も…
「はーい、そこまで!」
…と思った瞬間、突然間に割って入ってきた(物理的にも)真由美さんのお陰で、俺と沙羅さんの間に漂っていた諸々のムードが一気に飛散する。
そして直ぐさま冷静に戻ると、思い切り目を丸くした竹中さんがこちらを凝視していて、オマケに周囲の野次馬から大注目を浴びている…ような?
ヤバかった…今のはマジでヤバかったかも。
「何ですか、いきなり」
沙羅さんの方は邪魔されたことにかなりご立腹なようで、直ぐさま真由美さんに食ってかかる。でも今回ばかりは、真由美さんのお陰でお互い踏み止まれたというのが正直なところなので…
もしあのまま止めて貰えなかったら、政臣さんとの約束を破って全てを台無しにしてしまうところだったからな。
「ダメよ沙羅ちゃん。約束を忘れたの?」
「約束? …あっ」
沙羅さんもそれを思い出したらしく、一瞬ハッとしたリアクションを見せてから、直ぐ様バツが悪そうな顔になる。
やっぱり俺と同じだったか…
「と、取り敢えずこの場を離れましょうか? これ以上ここにいると…その、余計な詮索をされる可能性が高くなりそうですし」
「そうね。沙羅ちゃんが所構わずイチャイチャしようとするから」
微妙に気まずそうな竹中さんの提案に、真由美さんが苦言(?)を挟みつつ同意して…
「私は一成さんと仲良くすることに、いちいち遠慮などしたくありませんが?」
「もう…時と場合を考えなさい。沙羅ちゃんはそれでいいかもしれないけど、一成くんはこの先立場があるのよ?」
「あの…俺も沙羅さんとならいつだって仲良くしたいですけど」
「一成さん♪」
俺が透かさずフォローに入ると(もちろん本音)、沙羅さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。
ちなみに真由美さんはガックリと項垂れ、竹中さんは愛想笑いを…
「はぁ…本当に似た者カップルねぇ。こういうのを典型的なバカップルって言うのかしら。ねぇ竹中さん?」
「は、はは、私としては、坊っちゃんとお嬢様がここまで仲睦まじいとは思ってもみませんでしたので、正直…驚きの方が大きすぎて何とも」
特に最後の一言をしみじみと呟き、まだ俺と沙羅さんのことを驚き顔で見つめている竹中さんの台詞は…それが嘘でも誇張でも何でもないことを物語っているような。
まぁ、このリアクション自体はこれまでも散々見てきたから珍しくないし、以前の沙羅さんを知ってる人なら誰しもが通る道みたいだから仕方ないかもしれないが。
「と、とにかく、急いでここを離れましょう。先程の場所は確保したままにしてありますので、一旦そちらへ…」
「私達が誘導しますので、後へ続いて下さい!」
いきなり現れた(何処にいたの?)上山さんが竹中さんの横に立ち、先程まで沙羅さん達の側にいた女性社員さん達が俺達の左右と後ろにパッと展開する。そしてあの集団が、その外側を囲むように分散して立ち、あっという間に…とても大袈裟な御一行様が完成。
いくら人混みの中を進むとはいえ、ちょっと大袈裟すぎませんかね、これ?
「それでは行きますよ?」
ここへ来たときと同じように竹中さんが先頭を歩き出し、その後を追うように俺と沙羅さん、真由美さん、一同が一緒に歩き出す。
その光景を、周囲の野次馬が相変わらず興味津々といった感じで眺めていて…
「…おい、あいつやっぱり一緒に動くみたいだぜ?」
「…さっきチラッと聞こえた話じゃ、薩川専務の遠戚ってことらしいけどな」
「…そっか、そりゃそうだよな。それならまぁ」
「…何であんたがホッとすんのよ?」
「…いや、俺には全く縁のない話だけど、それなら誰も現れない方がいいじゃん?」
「…あー…その気持ちは分かるな」
「…はぁ、これだから非モテは」
「…これは驚きましたね」
「…ええ。専務のお嬢さんとあそこまで仲良くしている男は見たことがありませんが…しかし」
「…小耳に挟んだ話では、どうやら遠戚ということですよ? そうであれば納得も…」
「…遠戚。なるほど。だから奥様の覚えも良さそうという訳か」
「…それは面白い。薩川専務の親族にあんな年頃の青年がいるとは思ってもみませんでしたが、今になって連れて来たということは…」
「…あの子、専務のお嬢様と随分仲が良いみたいね」
「…奥様とも親しいようですし、ここへ来るまで竹中さんが専属で付いていたそうですよ?」
「…へぇ、一体どういう立場の子なのかしら?」
「…それが親族の子って話もあるみたい」
「…薩川専務の親族!? じゃ、じゃあ、ひょっとして…」
「…あらあら、ちょっと面白くなってきたわねぇ」
相変わらずこちらを見ながら、何やらヒソヒソと話し合っていたり、意味深な…一部、妙に熱い視線をこちらへ送ってくる集団も…一体何を話しているのか知らないが、完全に見せ物状態なのはあんまりいい気分じゃない。
「一成さん?」
「一成くん?」
「あ、すみません」
まぁ野次馬をイチイチ気にしても仕方ないし…さっさと行くことにしよう。
・・・・・・・
・・・・
・
最初に確保してあった席へ移動した俺達は、まだ周囲の注目が残っているものの取り敢えず一息。
比較的角席寄りということもあり、数人が並んで立つとちょっとした壁になるので、あまり周囲を気にする必要がないという状態が地味にありがたかったり…常に注目されるのは流石に勘弁だからな。
「そういえば竹中さん、一成くんのことを坊っちゃんって呼んでるの?」
「はい。"お嬢様"のような呼称で何かないかと思いまして、やはり坊っちゃんとお呼びするのが一番良さそうかなと…」
「んふふ…坊っちゃんねぇ」
「…な、何ですか?」
真由美さんは俺の方に視線を移し、何やら妙に楽しそうな含み笑い。
でも俺だって、竹中さんのそれについては超絶似合わない呼称だと思っているので…出来ればスルーして欲しいんですけど。
「沙羅ちゃんはどう思う?」
「別にいいのではありませんか? 一成さんをその呼称で呼ぶことに他意がある訳ではないでしょうし…ですよね?」
「え、ええ、それは勿論です」
沙羅さんの「ですよね?」に、一瞬不穏な空気が漂ったような気もしたが…竹中さんはあくまでも純粋に俺のことをそう呼んでくれているだけだろうし、特に心配する必要はないと思う。
「うーん…過去最大級に目立ってますね」
「そりゃ仕方ねーだろ。ここには奥様とお嬢様が居るし、しかも…」
「俺もまだ信じられないっす」
「はぁ…この距離はマジでヤベーって…」
「激しく同意…」
そして竹中さんの横では、相変わらず俺と沙羅さんをジロジロ…とまでは言わないけど、興味津々といった様子で見つめてくるさっきの集団が居て、特に沙羅さんが笑顔を見せる度に驚いたり朱くなったり(一部)、何とも忙しいこと。
「えーと…すんません竹中さん、俺達も自己紹介的なものを…」
「あぁ、そう言えばまだだったか。…まさか、それで話し難そうにしてたのか?」
「いや、別にそういう訳じゃないんすけど…」
集団の中で一番態度が大雑把な感じの男性が、何故かチラチラと俺の方を気にしながらそんなことを言い出し…って、そう言えばさっき、この人達は俺のことで何やら大騒ぎしてたような?。
沙羅さんの元へ向かうことばかり考えてたからすっかり忘れてたな。
「あの、すみません遅くなりましたけど、俺は高梨一成です」
取り敢えずこちらから軽い自己紹介をしておくと、面食らったように目を大きく見開いた目の前の男性が、慌てたようにペコペコとお辞儀の嵐。
「ご、ご丁寧にどうも! 俺…じゃない、自分は…」
何故か何度も言葉を突っかえつつ、自分の立場を含めた軽い自己紹介をしてくれる男性…田辺さんというらしい…を皮切りに、他の人達も順番に自己紹介を兼ねた挨拶をしてくれた。
分かってはいたけど、やっぱり全員同じ部署で、政臣さんの直轄の部門とのこと。
「と言う訳で、改めて宜しくお願い致します」
最後に竹中さんがそう締め括り、沙羅さん達の側に居た女性陣も含め、これで一通りの自己紹介…と言っても、名前だけだが…が終了。
お互いに「宜しくお願いします」を伝え合い、もう一度お辞儀をしたところで…
「ったく…竹中さんがちゃんと連絡してくれなかったから、初っぱなから"やらかした"かとマジで焦りましたよ」
「ん、何の話だ?」
「坊っちゃんの件ですよ!! 専務と別行動をしてるならしてるで、ちゃんと連絡を下さいって!!」
どうやら俺の状況連絡不足が不服だったらしく、先程から一番慌てていた様子の田辺さんが、いきなり竹中さんへ食ってかかる。
ただ俺としては、そのくらいのことで"やらかした"とは、随分と大袈裟すぎるような気が…
「あぁ、その件か。確かに連絡を怠った私も悪かったけど、そもそも今日のゲストに坊っちゃんが来ることくらい最初から分かってただろ? いくら顔を知らないとはいえ、高校生くらいの子が私と一緒にいた時点で普通気付かないか?」
「あのですね…竹中さんは去年も一昨年も何ならその前も、どっかの役員の子供を急に預かったり案内したり、たまたま来てた知り合いの子供を紹介してくるってどっかへ連れてったり色々あったでしょうが!? 来年その子がウチに入社するからって」
「あ、あぁ、確かにそれを言われると、まぁ…」
「そこに専務と一緒に居る筈の、しかも顔も知らない坊っちゃんが居たら、またかって思っても仕方ないでしょ!?」
「そ、そうか。それはすまん…」
田辺さんに乗っかり、続々と畳み掛けるようにエキサイトする面々の勢いに押され、驚いた様子の竹中さんが、小さくペコリと頭を下げる。
どうやら初対面時に俺のことを気付けなかった理由は色々とあるみたいだが…何もそこまでムキにならんでも。
「んふふ…まぁ向こうにも色々と事情があるのよ」
「は、はぁ。そうですか」
ニコニコ笑顔でそんなことを言われても、分かったような分からないような…と言いますか真由美さん。当たり前のように俺の考えを読まないで下さい。
「何があったのか何となく理解出来ましたが、取り敢えず私からは一つだけ。まさかとは思いますが…一成さんに失礼なことをした訳ではないですよね?」
どうやら沙羅さんの方もある程度の予想がついたようで、怒っている訳ではないにしても、比較的強めな圧を感じる問い詰めの一言。
まして相手が男(俺以外)であり、しかも俺に対する内容となれば、ちょっと目付きが冷たくなっているのも仕方ない…かも。
「と、と、とんでもないです!! ちょっと挨拶が遅れてしまっただけと言いますか…」
「沙羅さん、俺は別に何もなかったですよ?」
俺としては本当に何もなかったので、それをそのまま伝えると…それで納得してくれたのか、沙羅さんの表情がふっと緩む。
「畏まりました。一成さんがそう仰るのであれば…」
「はい。でも…心配してくれてありがとうございます」
「ふふ…私が一成さんのことを考えるのは当然の話ですから」
「沙羅さん…」
こんな些細な話でも、それが俺のこととなれば沙羅さんは真剣に考えてくれる。喜んでくれる。
それが俺にとって、どれだけ嬉しくて幸せなことか…
「…ちょっ、お嬢様の態度変わりすぎ!?」
「…男性とお付き合いするようになっても、男嫌いは全く変わってなさそうね。寧ろ坊っちゃんの特別感だけ際立ってるような」
「…坊っちゃんは一体どうやってお嬢さんを?」
「…そこが最大の謎だな」
「ほらほら、そうやっていちいちムードを作らないの。油断すると直ぐイチャイチャしようとするんだから」
「知りませんよ。と言いますか、私達のことを公表するならするでさっさとして貰えませんかね? これ以上一成さんへの愛情表現を抑えるのは苦痛でしかないのですが?」
「まだ始まったばかりでしょ…全く」
「あはは…」
これだけ人の多いパーティー会場でも全くブレる気配がないのは如何にも沙羅さんらしいと言うか…つくづく果報者だよな、俺は。
「えっと…」
「いや…」
「…ぁ」
そんな俺達の…と言うか、沙羅さんの言動を唖然とした表情で眺めていたり、微妙にいたたまれない雰囲気を醸し出しているあの人達についても…やっぱり仕方ないと言えるのかも。
「お世話になっ…」
「初めま…」
「今度お時間…」
「あら…?」
突然、真由美さんが何かに気付いたような声を出し、見ている先には…何やらこちらへ向かってくる騒がしい一団。
しかもその中心にいるのは…あれは。
「専務!?」
同じくそれを見た竹中さんが驚きの声をあげ、まだ気付いていなかった人達も一斉に振り返る。
そして向こうの一団でも、その中心にいる人物…政臣さんが、こちらに小さく手を挙げて…
「申し訳ない、話はまた後にして貰えるかな? 私も今から家族と一緒に…」
「専務!!」
竹中さんが直ぐに政臣さんの元へ駆け寄り、田辺さん達もそれを追うように政臣さんの側へ。
「専務、来客対応が終わったら連絡を下さいと…」
「いや、そこまでしなくてもいいよ。君達にはこっちの対応を任せてあったんだし…」
「秘書もお連れではないのですか?」
「うん。彼らには後対応を任せてきたからね」
「そうでしたか…何にせよ、お疲れ様でした」
「君の方こそ、いきなりフォローを頼んで申し訳なかったね。お陰で助かったよ。皆もお疲れ様」
ニコニコと竹中さんに笑いかけ、肩をポンポンと軽く叩きながら、そのまま全員に労いの言葉を述べる政臣さん。
そして今度はこちらを向き…
「一成くん、本当に済まなかったね。まさかいきなりこうなるとは…」
「いえ、竹中さんが直ぐに来てくれたから、俺の方は大丈夫ですよ」
「それは良かった。でも本来なら、このホテルに到着した時点で真由美達と既に合流していた筈なんだけどね」
…と、微妙にジト目と言うか、政臣さんはやれやれといった様子で真由美さんへ視線を向ける。
しかもそれは沙羅さんも同じで、つまり二人から同時に責められる形となった真由美さんは…
「だ、だって仕方ないじゃないの。今回は人前に出るんだからいつも通りって訳にもいかないし、それにせっかくの機会なんだから一成くんにお母さんの綺麗なところを…」
「えっと…真由美さんはいつも綺麗だと俺は思ってますけど」
「…っ!?」
見るからにふて腐れ気味な真由美さんに、俺としての本音をそのまま伝えておく。
もちろん真由美さんが言いたかったのはそういうことじゃないんだろうけど、でも俺のことを考えてくれた気持ちは嬉しいから…せめてこのくらいは。
「一成くん、お母さん嬉しい!!」
そんな俺のコメントに、真由美さんは感極まったように目を潤ませ、次の瞬間、何やら体勢を…はっ、殺気!?
「させませんよ」
でも俺が身構えるより早く、沙羅さんは瞬間移動したかのような超反応で間に割って入り、真由美さんを文字通り完全にブロック。
対して俺に指一本触れられなかった真由美さんは、とても不満そうに頬を膨らませ…
「んもぅ、沙羅ちゃんのいけず!! せっかくお母さんが愛情いっぱいの…」
「そんな暴挙は許さないといつも言っているでしょう? と言いますか、さっき控えろと自分で言いませんでしたか?」
「あっ…」
沙羅さんからの鋭い指摘に、今度は真由美さんがバツの悪そうな顔を見せる。
キョロキョロと周囲を見回し、気を取り直したように「コホン」と一つ咳払いをして…
「…な、なに、今の?」
「お、奥様…?」
「え? え? ま、まさか今のって、坊っちゃんの取り合い?」
「せ、専務?」
「は…はは、今のは、ま、まぁ…見なかったことにしてくれ」
そんな真由美さんの行動に、本人以上のバツの悪さを見せているのが政臣さんで、驚愕の表情を浮かべているのは竹中さんを始めとしたチームの皆さん。
ちなみに俺も注視されているので、やっぱりバツが悪い…かも。
『会場内の皆様にお知らせ致します。お時間となりましたので、これより佐波グループ全社合同、親睦パーティーの開催セレモニーを執り行わせて頂きます」
そこにナイスなタイミングで女性司会者のアナウンスが始まり、背景ではクラシックのBGMがゆったり優雅に流れ出す。
会場内の喧騒もピタリと鎮まり、俺の周囲…竹中さん達は勿論のこと、政臣さんも真由美さんも階段の踊り場へ目を向け(司会者がそこにいるから)、隣にいる沙羅さんは俺と目が合うと小さく微笑みを浮かべる。
取り敢えず助かった…かな。
『開催に先立ちまして、佐波エレクトロニクス代表取締役会長件CEO、薩川昭二より皆様にご挨拶がございます。どうぞ皆様、ご清聴の程、宜しくお願い申し上げます。それでは薩川会長、こちらへ』
そうアナウンスがあり、どこから会長が登場するのか注目していると…やっぱりと言えばやっぱりで、あの大仰な二階のテラス席にある右側の大扉が開き、そこから現れた一人の人物。
しっかりと前を向き、何となく独特の雰囲気を放っているような…遠目ながら、これだの人数を前にしても余裕すら伺える朗らかな笑顔で、階段を一段一段、実に落ち着いた様子でゆっくりと降りてくるその人は…
「…あの人が」
「そうだよ。あれが佐波エレクトロニクスの代表取締役…」
「私の叔父であり、先代会長の弟…現、佐波グループ会長、薩川昭二さんよ?」
「そうですか、あの人が…」
急死した先代、真由美さんのお父さんの跡を継ぎ、この国を代表する国際的大企業の頂点に君臨する、去年までの俺だったら接点などある筈もない雲の上の存在。
佐波エレクトロニクス代表取締役会長、薩川昭二…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うーん・・・書いてて全然しっくりこないのに直せない(挨拶)
というわけで今回はここまでです。
会長の挨拶まではたどり着けませんでしたが、次回はそこからになります。
そして注釈と言いますか、改めての補足をさせて頂きたいのですが、以前も後書きで触れた通り私の描写方法として…
「…○○」
「…××」
といったように、台詞が連続して並んでいて先頭に「…」が入っているのは、一成が認識していない、もしくは聞こえていない会話となっています。
本来一人称でこの表現は有り得ないと分かっていますが、モブの会話をどうしても描写したい私のわがままで、敢えてそう書いています。
もしこれを表現する上で、何かよい方法があれば今後のためにも対応したいところですが…読みにくいかもしれませんが、一応、そうなんだということで読んで頂けると助かります。
それではまた次回~
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