第318話 勇気

 side 雄二


 自分から宣言とは言え、こうも注目を集めてしまうと緊張が止まらない。

 気を抜けば、今にも身体が震え出してしまいそうで…


 こうして多数からの注目を一身に集めて、好奇の視線に晒される。それがどれ程のものなのか…俺はやっと、それが多少なりとも分かったような気がする。


 でも一成は、今までこれを、何度となく乗り越えてきた訳で。

 しかも今日は、この後に最大級とも言えるような場面が待っていて、あいつはそれに自ら飛び込もうとしている。


 そんな一成を応援したい気持ちは俺も皆も同じ。

 特に俺と速人は、同じ男として、尚更に思うところがあるから。


 速人は一成の勢いを少しでも後押ししようとして、あれ程の奮闘を見せた。他のこともあって力みすぎたようだが、それでもしっかりと勝利を収めた。

 それなら俺だって、直接的に何かをしてやれなくても、せめて勇気を見せることくらいはしたい。

 俺が勇気を見せることで、一成がより大きいものに臨む勇気を、少しでも後押しできるように。

 そして同時に、俺も一成の勇気を見習って、このまま夏海さんの元へ…この緊張感の中を、震えずに進むことが出来る勇気を。


 夏海さんを連れ出す為の勇気を出すんだ!


 怪我を堪えてまで、必死に勝利を掴んだ夏海さんに報いる為にも…今度は俺の番だ!


「ちょ、雄二、何で来るのよ!?」


 俺が近くまで来ると、夏海さんは慌てたように騒ぎ始める。

 ただ、言葉だけで何の行動も取ろうとしない…いや、正確には取れないと言うべきか?

 これは想像以上に、足の状態が悪くなっている可能性があるかもしれない。


「何でって、さっき約束はしましたよ?」


「それは試合中の話でしょうが!! もう終わったんだから、あの話は無効よ、無効!!」


 確かに、あれは試合中の話で言ったことで、後の話では無いが…どちらにしても支えが必要になるのであれば、それは他の誰でもない俺の役目だ。

 他人に譲るつもりはない。


「えっと…夏海の友達?」

「夏海先輩、この人は…」

「君、ここに入ってきたら困るよ?」


 部外者の俺が乱入した形になったことで、ちょっとした騒ぎが起きてしまう。

 でも先に夏海さんと会話をしているから、少なくとも不審者に思われてはなさそうだが…


「あ~…と、こいつは高梨くんの親友で…」


「あ、そういう繋がりなんですね!」

「なるほど、副会長くんの…今まで見たことない顔なのに、妙に親しげなのはそういうことか」

「でも、何でいきなり?」


 一成の名前が出たことで、向こうも少し安心した様子を見せる。ファンクラブといい部員達といい、一成がここまで認められているのは俺としても誇らしいし羨ましいとも思う。でも状況の説明としては中途半端すぎて説得力には欠けてしまう。

 それは、ここにいるのが部員達だけではないからで。


「とりあえず友達なのは分かったけど、いくら試合が終わったとは言え部外者は…」


 そう、この人…顧問の先生をどうするかだ。


 とは言え、満足に話をしたところでどうせ説得することなど出来る筈もなく。そうであれば、このまま強引に保健室へ連れていくことで、なし崩し的に認めさせてしまうという手が…寧ろそれしか無いのか?


 ふぅ…我ながら大胆なことを考えている自覚はあるし、嘗てない緊張感でクラクラしてきたが…ここは勇気だ、覚悟を決めろ!!


「…すみませんが、俺は今から夏海さんを保健室へ連れていきます。場合によっては、その足で病院へ向かうつもりです」


「ちょ、雄二!!」


「それは間違ってないけど、そういうことはこちらでするから…」


「いえ、俺が部外者なのは百も承知ですが、その役目を誰かに譲るつもりはありません。夏海さんは俺が連れていきます」


 俺が強気の態度を崩さない為か、顧問も部員達も驚いたように目を丸くして固まってしまう。

 でもこの場を乗り切るには、勢いで押し切るしかないから…もうこのまま一気に行くぞ。


「ちょ、わわわ、雄二!? ちょっと待って!!」


 俺が足の下に腕を回すと、夏海さんが慌てたように動き出す。俺の肩に手を当てて、動きを押し止めるように抵抗の意思を示す。

 顔も真っ赤になっていて…さすがに申し訳ないとは思うが、ここまで来た以上、俺も引くつもりはない。


「ゆ、雄二…恥ずかしいよ…」


「う…」


 顔を真っ赤にして、言葉通り恥ずかしそうに俯く夏海さんの姿に…思わず動きを止めてしまう。

 こんなに可愛いのは反則すぎるぞ…でも。


「夏海さん、正直に答えて下さい。立てますか? 歩けますか?」


「うう…それはその…まだちょっとだけ…無理かも」


「ですよね? 思った以上に酷い怪我かもしれないし、これ以上は迂闊に足を着かない方がいいかもしれない。であれば、抱っこかおんぶの二択しかないです」


 これは決して大袈裟に言っている訳ではなく、例えばもし骨に異常があれば、当然、足を地面に着かない方がいいに決まってる。

 だから俺は、そういう意味でも夏海さんを歩かせるつもりは無い。


「うー…ホントにそれしかないの?」


「ありませんね。という訳で、俺は約束通りに実行しますよ?」


 ここでモタモタしていると、また顧問から何か言われてしまうかもしれない。だから驚きで固まっている今の内に、さっさと行動してしまうに限る。


「大人しくしてて下さいよ?」


「ちょ、ちょっと、雄二!! ホントにそれは…」


 まだ抵抗しようとする夏海さんをスルーして、半ば強引に膝の後ろへ腕を差し込む。そのまま両足を関節で引っ掛けるようにして、背中を支えるように腕を回す。


「ゆ、雄二ぃ…」


 恥ずかしがっているような、怖がっているような、不安そうな…

 今まで聞いたことのない夏海さんの声に、俺としても色々と込み上げてくるものがあるが…でも今は、抱っこをすることに集中しろ!!


「行きますよ!」


 心の中で「せーの!!」を叫び、両腕に思いきり力を込める。

 そのまま一気に…持ち上げて!!


「ひゃううう!?」


 無事に持ち上がった夏海さんの身体は、思っていたよりも軽い…とは言え、人を持ち上げているのだから、決して余裕がある訳じゃない。

 自分の姿が見えないからハッキリとはわからないが、多分、これでお姫様抱っこになっていると思う…いや、きっとなっている筈!!


 さあ、保健室へ急ごう。

 これはもう想像以上に…いや、想像を遥かに上回るくらい「色々」とヤバい!

 ヤバいなんてものじゃない!!


 テニス部員達は驚愕の表情を浮かべていて、目も口も最大レベルなまでに見開いている。きっと周囲も同じように見ているだろうし、恐らくは最大限に注目されているとみて間違いない。

 そして…夏海さんの表情が、もうこれ以上無いくらい真っ赤になっていて、恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑り…子供のように小さく縮められた腕と、そこで握りしめられた手が、あまりにも可愛らしくて。


 こんな状況でいつまでもこうしているのは、俺には厳しすぎる。


「お、お騒がせしました、このまま保健室へ連れて行きます!!」


 顧問に勢いで宣言すると、相変わらず驚愕の表情を浮かべたままコクリと頷いた。

 これで一応は狙い通り、なし崩し的にでも、認めさせることに成功した…と言ったところか。


「ううう、雄二ぃ…は、恥ずかしいよぅ…」


「な、夏海さん、動きますよ」


 でもそれはそれとして、今の夏海さんは破壊力が高すぎる。いくら頑張って平静を装ってみても、こんな可愛い姿を見せられたら、こんな声を聞かされたら…俺は…


「な、夏海…」

「ちょ、夏海先輩…」

「い、いったい…」

「ね、ねぇ、夏海、まさかその人…」


 部員達が辛うじてといった様子で呟く声に、夏海さんが視線を向ける。


「えーと…」


「想像の通りです」


「ちょ、雄二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 夏海さんには度々申し訳ないが、もうこれ以上余計な時間を使う訳にはいかない。

 細かい説明は希望通りに自分でして貰うことにして、今は手っ取り早くこの場を収めて撤収することが先決なんだ。


 だから…このくらいのフライングは許して下さいよ、夏海さん。


「え…」

「ええぇぇ…」


「「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」」


 夏海さんを抱っこしたまま歩き始めると、部員達の驚きの声が俺の後ろから追いかけてくる。

 それは昨日散々見せられた一成達の光景と同じように思えて、まさか自分が同じような体験をする日が来るなんて…


 でもあいつの場合は、きっと…こんなものじゃないんだろうな。

 改めて、あいつの凄さ(?)を実感してしまった…


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 俺達が成り行きを見守っている中、しゃがみ込んでいた雄二がゆっくりと立ち上がる。

 でもその腕の中には、しっかりと夏海先輩の姿があって!?


「おっと…雄二…」

「橘さん、思いきりましたねぇ」

「ちょ、高梨くんが乗り移った!?」

「あはは…確かに、雄二にしては大胆だと思うけど」


 俺も正直、雄二が本当にお姫様抱っこするとは思ってなかった…

 と言うか立川さん、俺が乗り移ったってどういう意味!?


「な、なに、なに、何あれ!?」

「え、ええ、えええっ!?」

「ちょっ、どうなってるの!?」

「た、た、高梨くん!! あれって!?」


「えーと…本人達から聞いて下さい…」


「えええええええっ!?」

「そ、それって!?」

「つまり!?」


 コートでは部員達が何やら騒いでいるようだが、こちらはこちらでファンクラブの皆さんが絶賛混乱中。

 そして俺の方は…と言うか、何故か俺にだけ、問い合わせが集中してるんですけど!?


 これ、どうすればいいの!?

 勝手に言ったら、夏海先輩に怒られるよね!?


「…どうやら、あのままこちらへ来るようですね」


「さて、橘くんがどこまで頑張れるのか…」


「いや、花子さん?」


 確かに気になる部分ではあるかもしれないが、それを触れてしまうのは不粋と言うかなんというか…ねぇ。


「小さい子供ならまだしも、普段から鍛えてない人間が、あんな風に抱っこするのは難しい。夏海先輩も受け入れる体勢になってないし、急がないと橘くんも時間の問題」


「えーと…まぁ…」


 確かに花子さんの言う通りなんだろうけど、そこはロマン補正やステータス補整なんかで…雄二にも意地があるだろうし。


「あの、花子さん。受け入れる体勢というのは?」


「…姿勢もそうだけど、首とか肩に手を回して補助してあげないと、男の方が大変になる。夏海先輩のあれは、橘くんの負担が増えるだけ」


「な、なるほど…参考になります。ところで妙に詳しいようですが…経験はないんですよね?」


 沙羅さんの声に、若干の含みがあるような?

 もし花子さんに経験があった場合、その相手が俺である可能性が高いからか?

 でも俺はこれを沙羅さん以外にやったりしないので、そこはご安心を。


「経験は無くても、私には聖典がある。それは知識の宝庫」


「聖典…ですか?」


 花子さんがドヤ顔で語る「それ」が何を指しているのか、全く理解していない沙羅さんが首を傾げる。

 ちなみに、花子さんの自室にある祭壇(本棚)に奉られた聖典(各種)と、特に封印されし禁書(?)の数々はトップシークレットとのことで…俺としてもスルー推奨案件。


「と、とにかく、参考になりました」


「お姫様抱っこは、男女で協力するもの」


「…協力ですね」


 話の内容はアレなのに、妙に真剣な表情で頷く沙羅さんがちょっと微笑ましい。

 でもそれはつまり、沙羅さんもお姫様抱っこに興味がある…ということになる訳で。


 それなら俺も、いつか機会があれば、必ず沙羅さんを。


「ちょっと雄二!! 行くなら行くで保健室へ直行すればいいでしょ!?」


「いや、一成達には話をしておかないと…」


「ならせめて降ろてからにしてよ!! このまま晒し者なんて冗談じゃない!!」


 そんな絶賛混乱中の客席へ、夫婦喧嘩…もとい、ギャーギャー大騒ぎしながら、原因の二人がやってくる。

 夏海先輩のアレは単なる照れ隠しだとして、何気に雄二もそこまでの余裕はなさそうか。

 そもそも自分達がこれだけの騒ぎを引き起こしているんだから…その時点で焦らない訳がないし。


「な、な、夏海先輩!!」

「夏海ちゃん、どうなってるの!?」

「お、お友達なんですよね!?」

「夏海さん!?」


 二人が来るや否や、俺達よりも早く殺到してくるファンクラブの皆様。集まり方が凄すぎて、身体の小さい花子さんが、思わず俺と沙羅さんの隙間に避難して来るくらい…いや、それは別にいいんだけど。


「あ…と…」


「夏海先輩!!」

「夏海ちゃん!!」


「うぇぇ、そのぉ…」


 客席の仕切りがなければ、もう完全に取り囲まれていそうなくらいの勢いで詰め寄られ…四方八方からの突き刺さるような視線も浴びて、夏海先輩の表情がくるくると目まぐるしく変化していく。

 でも最終的には観念したのか…諦めたようにガクリと項垂れしまう。

 それは「チーン」というSEが聞こえて来そうなくらいに分かり易く。

 

「夏海さん」


「はぁ…わかったよ。雄二ぃ…後で覚えてなさいよ…」


 雄二からの促しに、夏海先輩が大きな溜め息と恨み言を漏らす。

 そしてゆっくりと上げた顔は…早くも真っ赤になっていた。


「えーと、その…ね。報告なんて言ったら、大袈裟なんだけど…」


「そんなことないです!!」

「夏海先輩のことは、最重要項目の一つですよ!!」


「う、うん。それでね…その…えーと」


「「「夏海さん!?」」」

「「「夏海先輩!?」」」

「「「夏海ちゃん!?」」」


「わ、わかった!! わかったから…」


 まだ煮え切らない態度を見せていたものの、ファンクラブの激しい剣幕に今度こそ覚悟が決まったのか…

 遂に夏海先輩が、固唾を飲んで見守る皆の目の前で恥ずかしそうに、小さくコクリと頷いて


「その…ね。こいつは、私の…か、彼氏………デス」


 もう普段の姿からは想像できないくらい弱々しい声と姿で、「消え入りそうな」とは、正にこういうことかと言える程にか弱く。

 こちらを直視出来ず、視線を彷徨わせながら…雄二と目が合い、限界とばかりに眼を閉じてしまう。


 分かっていたけど、これはもう完璧に乙女や…


「…な、な…な…」

「あ、あぁぁ…ぁぁぁぁ」


「「「……………」」」


「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!??」」」


 ここまでに流れで、多分、殆どの人達は分かっていたと思うのに。

 それでもファンクラブの皆様は、応援のアレを遥かに上回る驚き声をあげる。

 でもそれは、それだけこの事実の衝撃が大きかったということで。


「「「…………」」」


 騒ぎが落ち着くと、ファンクラブの人達は無言で二人の姿を見続けていて、反対に夏海先輩は、全く声がかからない様子が気になったのか…こちらを確認するように、そっと目を開ける。

 当然そこに待っているのは、自分達を見守っている皆様の熱い視線で。


 それを見た夏海先輩が、眼を大きく見開き…


「ぁぁぁぁぁ…そ、そうよ!! こいつは私の恋人よ!! 恋人ですよ!! 悪い!?」


 緊張感に耐えられなくなったのか、吹っ切れたのか、もしくは自棄なってしまったのか、一人で勝手に騒ぎ出してしまう。


 まだ誰も何も言ってないのに…


「だって仕方ないじゃない!! こいつと一緒にいると楽しいし幸せだし友達思いなところも好きだし…」


「え、えっと…」

「な、夏海ちゃん?」

「夏海先輩!?」

「あの…」


「意地悪だとは思うけど目が優しいから許せちゃうし普段はぶっきらぼうな感じなのに肝心なところでは優しくしてくれるし意外と行動力もあるし…」


「夏海さん!!」


「はっ!?」


 雄二から強めに名前を呼ばれ、暴走状態だった夏海先輩が我に返ったように固まってしまう。

 素に戻って自分の言ったことを思い出したのか、瞬間湯沸し器の如く真っ赤になってしまい…恥ずかしそうに両手で顔を隠す。


 でもその仕草は、皆様にとって燃料追加でしかないです…


「うううううう、ゆ、ゆ、雄二のせいだからねっ!?」


「い、いや、夏海さんが勝手に自爆しただけでしょう!?」


「うるさいうるさいうるさい!! な、何で私がこんな恥ずかしい目にぃぃぃぃ」


「もっと早く報告してれば、こんな状況で言うハメにならなかったと思いますけど?」


「そもそも、あんたがこんなことしなきゃ、ここまで騒ぎにならなかったでしょうが!!」


「なら、こうされるの嫌だったんですか?」


「っ!?」


「「「……………」」」


 目の前で繰り広げられる喧嘩…のように見える、ただのイチャつきに、色々な意味でファンクラブの皆さんの驚きが加速していく。

 そして雄二は、普段通りのやり取りでいつも調子を取り戻したのか…イタズラっぽい表情で問いかけた。

 もちろん、その表情が夏海先輩にとってのウィークポイントであることは、俺達もよく知っているので…


「う…」


「どうなんですか? 本当に嫌なんですか?」


 雄二から至近距離で見つめられてしまい、夏海先輩が照れ隠しの勢いまで失ってしまう。

 相変わらず真っ赤な顔のまま、照れ臭そうに視線を泳がせて…


「…じゃない」


「…はい?」


「い、嫌じゃない…嬉しい」


「っ!?」


「で、でも…恥ずかしいよ…雄二の…ばか」


「っ~~~~~~!?」


 夏海先輩の思わぬ逆襲(?)に、今度は雄二まで顔が真っ赤になってしまう。抱っこした体勢のまま、二人して恥ずかしそうに固まり、何とも言えない雰囲気で見つめ合う。


 あの二人、もう完全に周囲が見えていませんな。


「…バ、バカップルが増えた」

「あはは、でも、夕月先輩、可愛い」

「仲良くするのは構いませんけど、あの二人には状況をもう少し考えて貰いたいですね?」

「嫁…それ本気で言ってる?」

「冗談を言う理由はありませんが?」


「「「……………」」」


 沙羅さんに向かう皆さんの生暖かい視線が、そのままゆっくりと俺の方へ。

 言いたいことは勿論分かりますが、沙羅さんのそれは天然なので許してあげて下さい。


 あと西川さんは、目のハイライトが消えていて怖いので、そのまま向こうの二人を見続けて下さい。

 間違ってもこっちを見ないで…


「あの…お二人とも」


 意を決したように、勇気あるファンクラブの一人が、結界の如く形成された甘ったるい空間に割って入る。

 その声で現実に戻されたのか、二人は慌ててお互いの視線を逸らす。

 

 うーん…人の振り見て…俺と沙羅さんも、あんな感じなのか?


「な、な、何!?」


「も、もう、十分に分かりました」

「ここまで見せられたら、疑う余地もないですよ」

「うん。驚いたけど、やっぱり夏海ちゃんも女の子だったんだね」

「恥ずかしがってる夏海先輩、可愛いです!!」


 俺の予想通り、やっぱりこうなったか…

 夏海先輩のファンクラブなら、俺のことを認めてくれたように、きっと雄二のことも、しっかり認めてくれるだろうとは思っていた。

 ただ、恋人ともなれば、もう少し訝しむかもしれないとは思ったが…


「えっと…」


 それは夏海先輩も感じたようで、あっさりと受け入れて貰えたことが逆に拍子抜けといった様子。不思議そうに…


「夏海先輩の恋愛に口を出さない! ファンクラブの誓いです!」

「そうそう。と言っても、見るからに怪しければ話は別ですけど」

「高梨くんや薩川さん達の親友なら信用できるからね! まぁそれ以上に、夏海ちゃんが選んだ人だから」


「それは…」


 俺はこの展開を十分に予想していたが、雄二と夏海先輩は不安もあったのか…ホッとしたような、驚いたような感じで。

 そんな二人の様子に、ファンクラブからも笑いが起きて。


「いやー、夏海ちゃんに、あんなに可愛い一面があるなんて驚いたね!」

「ですです、夏海先輩、可愛かったですよ!」

「ご馳走様って感じでした!」


「うう…それを言わないでよぅ…」


 またしても真っ赤になり、雄二と眼を合わせてから照れ臭そうに俯く夏海先輩。でもお姫様抱っこされたままでは、そんな恥ずかしそうな顔も、こちらからはしっかりと見えてしまうので…


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


「わ、わ、可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「夏海ちゃんがデレてるぅぅぅぅぅぅ!?」

「うわ、乙女ですよ、乙女ですよあれ!?」

「女の子な夏海先輩も素敵ですね!!」


「も、もうやめてぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ファンクラブの皆様が一気に盛り上がり、夏海先輩はパニックを起こしたように慌てふためく。そんな様子を見て、また笑いが起きるという微笑ましい光景が続いてく。


 そして…


 そんな夏海先輩の反応を一頻り楽しんだ後…


 ファンクラブの視線は…雄二へと向かい。


 ここまでと打って変わり、真っ直ぐに、雄二の「何か」を見抜こうとしているような…そんな風にも見えて。

 雄二もその光景に「何か」を感じたのか、表情を引き締め、全てを迎え撃つようにしっかりと前を向く。


「初めまして、彼氏さん。改めて、名前を教えてくれるかな?」


「…橘雄二です。宜しくお願いします」


「橘くんね。さっきもちょっと言ったから聞いてたと思うけど、私達ファンクラブには鉄則があってね」

「大原則として、夏海先輩のプライベートには口を挟まないことにしてるんですよ」

「高梨くんや薩川さん達とも仲がいいみたいだし、その辺りは信用してるけど」

「基本的に、夏海さんの友好関係に対して、私達から何かを注文するような真似はしません」

「もちろん、変な人なら話は別だよ?」


 夏海先輩のファンクラブはルールを守る。

 それは俺に…俺達に対する態度でもハッキリと現れているし、だからこその統率力だと思うから。でも、夏海先輩のプライベートに口を出さないとすれば、今はいったい何を言おうとしているのか?


「だからこれは、口を挟む訳じゃなくて」

「私達からの…お願いです」


 ファンクラブの人達が、全員…雄二をじっと見つめている。全員同じように、真っ直ぐで、真摯なまでに。

 そんな息を飲むような光景を、俺達は黙って見つめる。これはファンクラブと雄二の話し合いであり、誰かが横槍を入れるような話ではないから。


「夏海先輩を、幸せにしてあげて下さい」

「夏海さんを、宜しくお願いします」


「「「宜しくお願いします!!」」」


 雄二に向かい、ファンクラブの人達が一斉にお辞儀をする。何の打ち合わせも無かった筈なのに、綺麗にピタリと揃って。


 雄二と夏海先輩もその光景を驚いたように眺めながら、同じように頭を下げる。

 そして雄二は…


「約束しますよ。絶対に、俺は」


「うん。それともう一つ、伝えておかなきゃならない鉄則があるんけどね?」


「は?」


 代表の一人(?)が、ここまでの真摯なムードを一転させる突然のトーン変化。

 間の抜けた声を漏らす雄二に、顔を上げたファンクラブの人達がクスクスと笑いを漏らす。急にどうした?


「夏海先輩の敵は、私達の敵。夏海先輩を悲しませる人も、私達の敵です」

「つまり…私達が言いたいことは分かるよね?」


「え、えっと…」


 ファンクラブが違う意味でのプレッシャーを放ち、雄二が引き攣った表情で追い込まれていく。

 つまり、夏海先輩に何かあったから、ファンクラブ全員を敵に回すことになる…しかも容赦しないと。

 これは怖い…何をされるのか分からないから余計に。


「き、肝に命じておきます…」


「宜しい!!」

「それじゃ、皆!!」


「せーの!!」


「「「おめでとうございます、夏海さん(ちゃん)(先輩)!!!!」」」


 パチパチパチパチパチパチ!!!!


 溢れんばかりの拍手喝采とお祝いの言葉が溢れ、それは何となく状況を察した、一般のお客さん達へも伝染していく。

 やがてコートにいる部員達にも伝わり、更には対戦相手だった相手側選手に至るまで。


 その中心にいる二人は、照れ臭そうに顔を見合わせながら…


 夏海先輩が少しだけ…目尻に光る何かを、擦る仕草を見せた。


 良かったな、雄二。

 良かったですね、夏海先輩。


----------------------------------------------------------------------------------------------


 雄二と夏海先輩。


 二人にとって最大の問題が解消されて、これでもう障害になりそうなことはないだろう。後はこのまま、仲良く交際を続けていくだけ…二人は大きな一歩を踏み出したということに。


 そして次は…いよいよ、俺の番だ。


 雄二がここまでの騒ぎを起こすことに、どれだけ勇気を要したのか?


 それでもあいつは、夏海先輩の為に勇気を奮い立たせた。

 あの場に飛び出す勇気を、俺に見せてくれた。


 そして速人が試合を頑張ったのも、もちろん藤堂さんへの気持ちはあっただろうが、俺への応援の気持ちも多分にあったことは、しっかりと感じている。


 だから俺は、二人に負けないように、親友達の思いに報いる為にも。


 例え何があろうと、何が起きようと。


 沙羅さんの為に…俺達の為に!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 テニスの試合で私まで燃え尽きたのか、なかなか思うように書けずに時間ばかりが経ってしまいました・・・・


 皆さんも予想していたとは思いますが、夏海先輩ファンクラブについては問題なしということで、これで一応の決着(?)がついたことになります。

まぁだからといって、二人のことを描写しない訳でもないので、これからも要所要所で書いて行こうかなと。

 

夏海先輩にご褒美を渡すシーンがないと怒られそうなので(誰に?)、そこは次回書こうと思ってます。お昼シーン辺りに絡ませます。


 多分、次の次・・・もしくはその次辺りで、ミスコンが始まる予定です。


 あ、それと、ホビージャパンで開催されているHJ小説大賞の方で、最終選考の約50作品の中に残ってました・・・驚いてます(ぉ


ではまた次回。

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