第378話 手編みの…

「おはようございます」


「おはよ…お、おはようございます」


 "より正式"な婚約者となり、初めて迎えた二人の朝…なんて大袈裟な言い回しをしてみたところで、特別何かが違うという訳でもなく。

 沙羅さんのご機嫌な様子が、普段より二割増しくらいになっている点を除けば、実に普段通り、いつも通りの穏やかな朝。


 でもそれなのに、何故いきなり挨拶でどもってしまったのかと言うと…

 

「ふふ…どうかなさいましたか?」


「い、いや、その…」


 俺は昨晩、沙羅さんに思い切り甘えられ…いや、実際に甘えていたのは俺の方なんだけど、思い切り甘えて欲しいと沙羅さんが甘えてくるので…って、ややこしいな、これ。

 とにかく、甘えつつ甘えられるといういつもの構図に加え、宣言通り沙羅さんがずっと俺のことを「あなた」呼びしていたので、今日は朝から妙に照れ臭さが残っているという、大変困った状況に…


 ぶっちゃけ、顔が朱くなっている自覚がありますよ、ええ。


「…せっかくですから、今後も私のことを呼び捨てにするというのは如何でしょうか?」


「うぇっ!? い、いや、それはまだ早いというか…」


 突然そんなことを言い出し、どこかイタズラっぽい表情で俺を見つめる沙羅さん。

 これはひょっとしなくても、俺の状況をバッチリ把握してますよね…絶対に。


「ふふ…それは残念です。やはり私の理想としては、昨晩のように接して頂きたいのですが…」


「えーと…」


 沙羅さんの希望であれば、何であろうと叶えてあげたいというのが俺の基本的なスタンス。

 でもこればかりは馴れもあるので、直ぐに変えるというのは流石に…それに、俺が沙羅さんを呼び捨て&タメ口にするということは、それってつまり。


「で、でも、沙羅さんは結婚するまで…」


「はい。確かに私が、一成さんを"あなた"とお呼びするのは、正式に結婚をしてからと心に決めておりますが…一成さんが私を呼び捨てになさる分には、その限りではありませんので」


「えぇぇ、そ、それはちょっとズル…」


「ダメ…でしょうか? 私は一成さんに、早く"沙羅"と呼び捨てにして頂きたいのですが…」


「うぐっ」


 どこか悲しげな表情で目を伏せ、そんな可愛いらしいことを言いだす沙羅さん。

 しかも俺にとって、クリティカル以上にスーパークリティカルな効果を発揮する、甘えを含んだ上目遣いまで繰り出してきて…


 と言うか…


 沙羅さんズルい!!

 そして可愛いすぎるから尚更ズルい!!


「ぜ、善処します…」


「善処…ですか?」


「わ、分かりました!! 本当に本当の前向きで頑張りますから、今はそれで許して下さい!!」


 例え真由美さんを連想させる泣き真似…もとい、悲しみ真似だと分かっていても、俺がそれに逆らうことなど出来る筈もなく。

 それに…


「ふふ…それでは頑張って下さいね、あなた♪」


 こんな嬉しそうな笑顔が見れるなら、俺としても負けて悔いなし。いや、寧ろ望むところだ!!

 その為なら何でも許せてしまうと、本気でそう思えるから。


 だから俺は、沙羅さんの望むことであれば何だって…


 でも…


 沙羅さんの泣き真似は本気で心臓に悪いので、程々にして貰えると俺も助かりますですよ、はい。


…………


 朝から割り増しのイチャイチャを済ませ、俺達は一路、いつもの待ち合わせ場所であるコンビニへ向かう。

 既に暦は12月に入り、気温の方も朝の寒さは本番さながら。でも今の俺には、そんな寒い冬を乗り越える、沙羅さんからの嬉しい贈り物があるので…

 今年の冬は、ちょっと…かなり嬉しかったり。


「ふふ…間に合って良かったです」


「ありがとうございます。もうスッゲー嬉しいですよ!」


「こちらこそ、一成さんに喜んで頂けて嬉しい限りです♪」


 沙羅さんが嬉しそうに視線を向ける先…俺の首元には、一際の存在感を放つ冬のマストアイテム。しかも沙羅さんのお手製という、身体だけでなく心まで暖かくなれる、「マフラー」という名の防寒着が…


「でもいつの間に作ってたんですか? 家で見掛けたことなかったんですけど」


「一成さんがお家にいらっしゃらないタイミングと、後は学校の休み時間を使ってコツコツと作っておりました」


「えぇぇ…でもそんな短時間だと、かなり前から準備してたんじゃ」


「ふふ、確かに秋口頃から製作を開始しておりましたが、余計なことをしてしまったせいで、少しだけ予定をオーバーしてしまいまして」


「余計なこと?」


「はい…その…」


 少し言い難そうに…照れ臭そうに? 沙羅さんは言葉を詰まらせ、チラチラと意味深な視線をこちらに寄越す。

 でも俺が見た限り、このマフラーには余計な点など何も無いような…作りもその辺の市販品など目じゃないくらいしっかりしてるし、各所に散りばめられた模様も手が込んでいて実にお洒落。まぁ強いて言うなら、ちょっと長すぎるような気がしないでもない…くらいか。

 実際、こうして厚めに巻いても、まだかなり余ってるし。


「おっはよー!」


「おはよう」


 そんな俺達に声を掛けてきたのは、何故かコンビニで待ち合わせ中の二人。今日も朝から元気一杯な夏海先輩と、対照的にダウナー…とまでは言わないが、相変わらずマイペースな花子さんの凸凹コンビ。

 コース的に二人がここに居る筈はないんだが、まさかこっちまで迎えに来てくれたのか?


「おはようございます、二人とも」


「おはようございます。今日はどうしたんですか?」


「いや、さっきまで未央ちゃんが居たんだけどね。花子さんがギリギリまで見送ってたら、いつの間にかこっちまで来ちゃってさ」


「未央ちゃんが可愛すぎるのがいけない。可愛いは正義。可愛いは罪」


「ま、まぁ気持ちは分かるけど…」


 その「可愛いは正義」とやらを、自ら体現している張本人の持論はさて置き…

 未央ちゃんが居たのなら、もう少し早く家を出れば良かったな。ちょっと残念。


「高梨くんと沙羅に会いたがってたよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが来るまで待ってるって言ってたけど、時間が無かったみたいでさ」


「それは残念ですね。私も未央ちゃんに会いたかったです」


「ですね。まぁその分、クリスマスで穴埋めするってことで」


「ふふ…そうですね。喜んでくれるといいんですが」


 丁度という訳じゃないが、今週末はクリスマスパーティー用の買い出しをして、当日に向けた飾り付けなどの準備を始めることになっている。だから今日の穴埋め分も含め、未央ちゃんの為により一層の気合いを入れないと。


「ま、その辺りの話は昼休みにでもしよっか?」


「ええ、それは別に構いませんが…でも夏海と花子さんは」


「あのねぇ…この状況で私達が参加しない訳がないでしょーが!」


「水臭い。未央ちゃんを楽しませるパーティーなら、私が参加しないなんて有り得ない」


「夏海先輩…花子さん…」


 二人の気持ちはとても嬉しいし、俺達としても大歓迎であることに変わりはない。でも未央ちゃん大好きな花子さんの参加はともかく、夏海先輩は本当に大丈夫なんだろうか?

 俺達も人のことは言えないが、せっかくのクリスマスなのに…


「あぁ、私のことなら気にしなくていいわよ。雄二も参加させるから。と言うか、もう確保してあるから」


「えぇぇぇ…」


 今一瞬、この場に居ない雄二がガックリと項垂れる姿が見えた…ような気がした。

 きっと問答無用で納得させられたんだろうな…俺の方からも、一応のお詫びを入れておいた方がいいのかもしれない。


「ふふ…分かりました。そういうことであれば、二人とも宜しくお願いします。それに参加人数の多い方が、未央ちゃんも喜んでくれるでしょうし…」


「もうこうなったからには、未央ちゃんだけじゃなくて私達も楽しめるようなパーティーにしてやるわよ! それにデートの穴埋めくらいにはしてやらないと、雄二にも悪いし」


「あ、一応あいつのことも考えてあげてるんですね?」


「当ったり前でしょーが! 初めてのクリスマスデートだからって、雄二は念入りにコースを…って、なに言わせんのよ!」


 こちらが聞いてもいない情報まで勝手に漏らし、瞬時に顔を朱く染める夏海先輩。

 しかもその照れ隠しを、何故か俺への怒りに変えて…解せぬ。


「夏海先輩が勝手に言っただけ。一成は悪くない」


「そうです。照れ隠しならもっと大人しくやりなさい。一成さんへの八つ当たりは私が許しませんよ」


「ぐっ、この嫁小姑コンビが…」


 もちろん、俺に対するそんな理不尽を許す沙羅さん達である筈がない。

 瞬時に俺と夏海先輩の間へ割って入り、しかも沙羅さんに至っては、俺の身体にピッタリと寄り添うように鉄壁のガードを…


 いや…それは非常に嬉しいのですが、こんな人通りの多い通学路で、そんなことをされてしまうとですね?


「ぐぉぉぉ、ち、ちくしょうぅぅ…朝から見せつけやがってぇぇぇ…」

「しくしく…もう通学路変えようぜ? せっかく薩川さんを見れても、これは辛すぎる!!」

「羨ましくなんかない!! 俺は羨ましくなんかないぞぉぉぉぉ!!」


「うっひゃ、相変わらず朝からアツアツだね、あの二人」

「つか、薩川さんの方が積極的なのいまだに信じらんないわ」

「薩川さんと同じクラスの友達から聞いたんだけどさ、もう完全に奥さん状態だって」


 とまぁこんな風に、いつも通り(?)の大騒ぎが始まってしまう訳ですよ!!

 しかも既に見慣れた光景になりつつあるという、我ながら複雑な心境でもありますが。


「夫を守るのは妻の役目です」


「弟を守るのは姉の役目」


「はいはい、私の負けですよ」


 謎の負けを認めつつ、ウンザリだと言わんばかりの白けた視線を…やっぱり俺に向けてくる夏海先輩。

 でもそもそもの原因は、夏海先輩の照れ隠しが原因だと思うんですけど…まぁそれを言ったらもっと怒り出しそうなので言いませんが。


 と言う訳で、ここは…


「と、取り敢えず学校へ行きませんか?」


「そうですね。夏海のせいで遅刻してしまっては、元も子もありませんし」


「何で私のせいになるのよ!!」


「冗談ですよ、ふふ…」


「この…」


「はは…」


 俺のあからさまな話題転換に乗っかりつつも、まだ夏海先輩をからかおうとする沙羅さんの微笑ましい姿に、思わず笑いが溢れる。

 そしてそんな俺を、またしてもジト目の海先輩が睨み、沙羅さんと花子さんが再度ブロックするという…


 このままじゃ終わらないから、さっさと学校へ向かいますかね、うん。


………………


………



「おっはよ!」

「おはよう高梨くん、花崎さん!」

「二人共おは〜」

「おはよ! 相変わらず仲良いね、むふふ…」


「おはよう」


「おはよう。姉と弟の仲が良いのは世の摂理」


 教室に入り、クラスメイト達からの挨拶に笑顔で答え(茶化されるのも慣れた)、俺達はそのまま自分の机に向かう。

 でもそこは既に、花子さんを迎え入れる為のシフトがしっかりと敷かれ、我がクラスでもトップクラスの花子さん愛好家(?)達が、到着を今か今かと待ちわびている最中で…


 毎日毎日よくやるな、ホントに。


「花子ちゃんおっはよ!!」

「ふぉぉぉ、今日も朝から可愛いすぎぃぃ!!」

「ピンクのリボン、かわかわぁ!!」


 さっそく始まったいつもの光景を尻目に、我関せずとばかりに無言で席に座る花子さん。

 だが敵も然る者…その程度で怯む愛好家達ではなく、早くも勝手にヒートアップを始め…


「煩い。せめて大人しくして」


「はぁい。んじゃ、大人しく愛でまぁ〜す!」


「はぁぁ…可愛い…すりすりぃ」


 それを面倒臭そうに往なしつつも、以前のようにバッサリと突き放さない辺り、花子さんも変わったと言うか…もしくは単に馴れただけか?

 先日の女子会(?)も何だかんだと言いつつ付き合ってあげたし、花子さんがこのクラスに馴染んできたのは間違いないのかもしれない。


「ところで高梨くん、随分と長いマフラーしてるね?」

「あ、それ私も気になった!」

「先週までしてなかったよね? 新しく買ったの?」


 俺のマフラーを興味深そうに眺め、今度はこちらに水を向けてくる女性陣の皆様。

 ほぼ全員、いつも周辺に居る連中なので、流石にその辺りの変化は気付かれて当然なのかもしれないけど…


「あぁ、これは沙羅さんが…」


「えっ!? まさか薩川先輩の手作り!?」


「そ、そうだけど?」


「おおおおっ、愛妻マフラーきたぁぁぁぁ!!」

「さ、流石は薩川先輩…市販の高級品と謙遜ない見栄えだよこれ!!」

「ね、ね、触ってもいい!?」


「べ、別にいいけ…」


「やった!!」


 俺の返事を最後まで聞かず、しかもまだマフラーを脱いでいないのに、周囲に集まった女性陣が我先にとマフラーに手を伸ばし始める。

 別に俺自身が触られている訳じゃないからそれ自体は問題ないとしても、ここまで女子に囲まれるのは何とも気まずいと言うか…

 

正直、落ち着かない気分です。


「うわっ、手触り最高!!」

「すっごい…私も手芸やるけど、この仕上げはプロのお手本レベルだよ!?」

「さっすが薩川先輩…でもこの長さってさ」

「むふふ…高梨くん、これもう使ってるのかなぁ?」


「…は? いや、今使ってただろ?」


 もう使っているどころか、今まさに俺が身に付けている物を触っているのに、何を言っているのか本気でよく分からないんだが…?


「え? ね、ねぇ…それ本気で言ってる?」

「花子ちゃん、高梨くんって…」


「そこが一成の可愛いところ。だからそれ以上余計なことを言わなくていい。あといい加減、一成から離れて」


 相変わらずぶっきらぼうな…ちょっとだけ不機嫌そうな様子の花子さんが席を立ち、いきなり両手で俺の頭を抱え、そのまま奪い取るように自分の胸元へ一気に引き寄せる。

 そんないきなりすぎる行動に、俺はこれといったリアクションを取ることも出来ず為すがまま…席に座った状態でアッサリと花子さんに抱き締められ、気付いたときには顔一杯の甘い香りが…って、いきなり何事!?


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 花子ちゃん大胆っ!!」

「うわっうわっ、これは案件!? 案件ですよ!?」

「きぃぃぃぃ、羨ましぃぃぃぃ!! 私も、私も花子ちゃんにぃぃぃ!!」


「何でいつもいつも高梨ばっかりぃぃぃぃぃぃ!?」

「う、う、羨ましすぎるぞ高梨ぃぃぃ!!」

「うぉぉぉ、何故ですか神様!? 不公平すぎますぅぅぅ!!」


「は、花子さん!?」


 教室内の至る所から悲鳴絶叫その他諸々が溢れだし、最近のお約束となりつつある黄色と黒の異色コラボ大合唱が一斉にスタートするが、俺は正直それどころじゃない!!

 いくら俺を救出する為とはいえ、いきなりこれは…


「大丈夫。緊急事態なら多少のことは目を瞑ると嫁から言われてる」


「何それ初耳なんですけど!?」


「一成の安全が最優先。だから安心して、お姉ちゃんに甘えていい」


「い、いや、俺は別に…」


 その「多少」とやらに、どこまでが含まれているのか甚だ疑問ではあるのですが…って、そうじゃなくて!!

 そもそも俺は、別にピンチでも何でもないんですけど!?


「あーん…花子ちゃん私も…」


「ダメ。これは一成だけ」


「そんなぁ…」


「は、花子さん、俺なら大丈…むぐっ!?」


「一成…良い子、良い子」


「「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」」


 花子さんは俺の顔をしっかりと(以下略)に押し付け、問答無用とばかりにぎゅっと思い切り抱き締めてくる。しかもそのまま、小さな手で何度も何度も優しく頭を撫でてくるので、その感触が妙に擽ったいようなこそばゆいような…いや、だからですね!?


「ふ、普段のそっけない態度から、この甘々ラブラブっぷりなギャップが堪りません!!」

「はぁはぁ…バブみの境地…」


 もう俺達は完全に見せ物状態になっていて、特に周囲の好き者な皆さんからすれば、格好の餌以外の何物でもない。だからこのままでは、またしてもクラスの連中から不名誉な十字架を背負わされる可能性も…


「は、花子さん!?」


「あと10秒」


「10秒って何!?」


「じゃあ5分」


「ぇぇぇぇぇ!?」


 でも当の花子さんは、周囲の状況など全く構うこともなく…


 結局俺は、10秒どころか予鈴が鳴るまで、花子さんに抱っこされたまま存分に甘やかされるという、まさかの羞恥プレイを延々と披露することになりました…とさ。



 …ところで、マフラーの話は結局なんだったの?




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



























 どうにも調子が良くない(執筆のことです)ので、こんな何でもない日常シーンに激しく苦戦してます。でも手直しをすればするほど沼に嵌ることは既に分かっているので、もう思い切って更新することにしました。

 いつまでも同じところで悩むくらいなら、どんどん話を先に進めた方が自分も気持ちを切り替えられるので・・・


 次回は昼休みのシーンと、後はまだ未定です。テスト勉強的なシーンを挟むかもしれませんし、テスト終了まで一気に加速する可能性も・・・


 それではまた~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る