第78話 体育祭 その3

「あいつが高梨だろ?」

「俺あいつと同じ組で走るわ。」

「絶対に負けられねぇ」


余計な敵が増えて面倒臭いことに。

だが先輩に応援してもらえた以上、せめて全力で走る。


もうすぐ俺の番になろうかというところで、スタート近くの応援エリアから声がかかった。


「高梨くん頑張ってね!」

「お兄ちゃんがんばれ〜!!」


あれは藤堂さんと未央ちゃんだ。

来てくれたんだな…


こちらに手を振ってくれているので俺も手を振り返す。未央ちゃんの両サイドに小さく結ばれた髪がピコピコと揺れている。

周りが敵だらけの殺伐とした空気の中で、未央ちゃんの存在は本当に癒しだった。

藤堂さんも普通に可愛い人だし。


ところで、俺がお兄ちゃんと呼ばれたのに自分が呼ばれたかのように振り向いたやつらは何なのか。


「!? て、天使!?」


…こいつら何を言っている?


すると、少し離れたところからも声がかかった。


「一成、頑張れよ!」


横川まで来たのか…


あいつはあの一件以降、俺を名前で呼ぶようになった。

俺はまだ横川を名前で呼べるほど信じた訳ではないが、何だかんだ俺に構ってくるので邪険にもできず…正直悪い気もしなくなっていた。

俺は手を上げてリアクションで返事をする。


それを皮切りに、俺を応援してくれる声が上がり初めた。

クラスメイトの二人が混じっているあれは夏海先輩のファンクラブだろう。

横川の近くにいる連中はあいつのファンクラブか?


「高梨くん、沙羅の応援に応えなきゃね!」


夏海先輩も来てくれた。


殆どは俺と直接交遊がある訳じゃないし、理由があることはわかっている。

でもこんな風に色々な人が俺を応援してくれるなんて今まででは考えられなかったことだ。

沙羅先輩との出会いがあったから、こんな風に横の広がりができたのだと改めて実感した。

俺は沙羅先輩にどれだけ救われたのだろう…



ちなみに女子からの応援が圧倒的に多くなってしまったので、男子からのヘイトはピークに達しているようだった…


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全力で頑張ったけど根性でどうにかなる話ではない。

だが10人で走って5位だったのは、俺からすれば大健闘だったはずた。

というか、普段何も運動をしていない体で200mの全力はキツい…


走り終わってクタクタだが、沙羅先輩の顔を見たくて実況席を…


「高梨さん、お疲れさまでした! 凄かったですよ!」


すぐ近くから声が聞こえた。

驚いて声のした方を見ると、沙羅先輩が近くまできてくれていた。


まぶしい笑顔を浮かべて俺を褒めてくれる。

…対照的に周りの連中からの殺意も凄いが。


来てくれたのは嬉しいけど…実況は?


「え〜申し訳ありません、薩川さんは急用を思いついたとのことで現在退席しております。戻るまで私が独りで…」


深澤先輩のアナウンスが響く。

急用って思いつくものなんだ…

いや、これは沙羅先輩を早く戻さないと。


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笑顔の先輩を連れて実況席に戻る。


一応、俺にはまだ借り物競争があるんだが、同じことにならないように今度は釘を刺すのを忘れないようにしないと。


「女子の短距離走に出場する生徒は、準備エリアに…」


深澤先輩が次の競技のアナウンスをしている。ずっと喋っている訳だが、大変ではないのだろうか?


と言うより今気付いたが、深澤先輩は出場競技はどうなっているのか?


それぞれの席に着いて一息入れると、沙羅先輩が話しかけてきた。


「お疲れさまでした高梨さん。途中の追い上げが凄かったですよ。次の借り物競争も頑張って下さいね。」


「沙羅先輩の応援のお陰ですよ。」


「ふふ…そうなのですか? それでしたら次の借り物競争もしっかり応援致しますね。頑張って頂けたら…後でご褒美をして差し上げますから。」


ご褒美!?

してくれるってことは物じゃないのか?

これは頑張るしかないよな…


「お二人さん、実況席でイチャつくのは止めて欲しいのですが…」


ツインテールなロリ系の深澤さんが、可愛い顔でジト目など、一部の人ならこれがご褒美になるのかもしれない。


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「さて、みなみんも競技に出場するのでマイクを引き継ぎま〜す。」


やはり深澤先輩も競技に出るようだ。

今からだと100m走辺りだろうか。

ちなみに先輩は200m走に出るので、もう少ししたら移動だろう。

でも実況を引き継ぎって…


「みんなお疲れさま」


会長が戻ってきた。

深澤先輩と入れ替わりに座る。

なるほどそういうことなんだ。

会長は特に緊張した様子もなく、マイクに向かって話始めた


「ここからは深澤さんに代わって私が実況を引き継ぎます。生徒会会長の上坂大地です。」


本来なら他の放送部員がやるであろうことを、一時的ではあるが会長と副会長が担当するというのも目玉ということなんだな…


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「それでは高梨さん、行って参りますね。」


会長と沙羅先輩である程度は解説していたのだが、先輩が出場になる為に席を外すことになった。


「頑張って下さいね、沙羅先輩」


「はい。」


そして男が二人残された形になる。

会長が一人で解説するんだよな…?


というより、沙羅先輩がいないなら俺も応援に行けばいいだけだということに気が付いた。


「俺は沙羅先輩の応援に行きますから、会長頑張って下さいね。」


余計なことを言われる前にここから離れようと、急いで席を立とうとしたところで、会長がマイクに向かい話し始めた。


「薩川さんが200m走に出場する為、一時退席します。深澤さんが戻るまでの間、解説は上坂と高梨くんでお送りします。」


……いやいや、ご冗談を。


俺は嫌だ、絶対に嫌だ。

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