第24話 王子

「こんな……こんな馬鹿な事があってたまるかっ! 私を誰だと思って!! ぐっ……」


 僕が審判役を務めている眼前で、炎と氷――を追う。それをようやく回避した先にも複数の中級魔法が殺到。

 一部を訓練用の剣で受け止め、漏れたものは魔法で必死に相殺――していると、反転してきた『火焔鳥』と『氷雪狼』が別方向から襲い掛かる。

 自動追尾まで会得しているのか……恐ろしい子達。連携までしてまぁ……君達、仲良しだよね?

 

 それにしても嫌な光景……。


 近接特化の騎士だったら抵抗すら出来ず、嬲られる未来図しか見えない……。  僕でも距離を保たれたらかなり苦戦するだろう。

 取り合えず――リィネ。お兄ちゃんは君がそこまで、剣を使えるとは知らなかったんだけど? 

 あと、何時の間に『火焔鳥』を? 

 ティナ嬢とエリー嬢も――君達、アレンからどんな教育を受けてきたんだい?  魔法だけなら今の段階で近衛の上位に入れる水準だよ?? 

 

 ……三人共、ちょっとおかしいと思う僕が変なのか。

 

 普通は――この光景を茫然と壁の外から見ているステラ嬢のようになると思う。

 そして、無様ではあってもその三人の猛攻を凌いでいる彼――近衛騎士団第8席にして、王国第2王子のジェラルドだ――やっぱり才はある。

 剣も魔法も悪くない。

 このまま伸ばしていけば、王国内でも有数の騎士となる――性格が決定的に伴わないのが惜しく思えるね。

 アレンに王宮魔法士の試験でボコボコにされたからって、この場所で意趣返し――彼がいないのを見計らい、リディヤには喧嘩を売らず(アレンを気にしてそれどころじゃなかったみたいだけど。普段だったら……)――をするなんて。

 ……正直どうかと思う。

 有り体に言えば下衆の所業。王族のすることじゃない。

 挙句の果てに言い放ったのが


『お前達の兄、そして師であるあの愚民は、リディヤから手を退けば王宮魔法士になれたものを――唯一の機会を無駄にしたのだ! 何という愚かさ。所詮は下賤の者よ』


 僕はここまで、綺麗に猛火の中へ油を放った人間を見た事がない。

 あの一件を揉み消すのにどれだけの苦労があったか――しかも、ここは近衛の修練場。王宮魔法士の試験時みたいに、閉ざされた空間じゃない。  

 王立学校の生徒に喧嘩を売り、返り討ちになった第2王子――緘口令を敷いたとしても、人の口を完全には閉ざせない。大体、うちの団長がそんな配慮をする筈――『ただ弱かった。それだけのことだ』――幻聴が。

 彼は何も気付いていないんだろうか? 

 ……いや、当然だと思っているんだろう。

 自分が王族だから、特別だから、と。

 ここではあくまでも8として扱われるというのに。

 救いようがない……。


「加勢は必要ないみたいですね」

「お疲れ様――僕は今、複雑な心境だよ」


 ジェラルドの腰巾着である近衛騎士三人――名門貴族の次男や三男――をあっさりと気絶させたカレンが近づいてきた。彼等も決して弱くはないんだけど……。

 おや? 眼の色が……ま、まさかこれが……

 

 分かる、分かるぞ。僕でも分かる!

 

 これは――不機嫌モードだ! 

 前にアレンから教えてもらったのだけど……機嫌が悪くなるとカレンは声が低くなり、何より、眼が紅くなるらしい。

 今は、深紅――アレン曰く「そうなったら僕を呼ぶのを推奨」――までいかないものの、少し紅い。 

 だけど、どうして急に――壁の外を見る。

 ……原因はあれか。

 ここから見ても、甘ったるい雰囲気を出してまぁ。 


「……リチャードさん、もういいのでは? ここから逆転劇なんかありません。兄さんとリディヤさんへ急用があるんです、私」

「そうだね。そろそろ――」

「ふざけるなぁぁぁ!!!」


 僕が止めに入ろうとした矢先だった。

 突然、ジェラルドが訓練用の騎士剣を捨て――腰に下げていたを抜き放った。

 ……いやいや。

 馬鹿だとは思っていたけど、流石にそれは。


「ジェラルド――何の真似だい、それは?」

「決まっている! この愚かな女達に身の程を思い知らせてやるっ!!」

「……正気かい?」

「口の利き方に気をつけろっ! リチャード、所詮貴様も」

「――少し黙れ」


 ちょっと苛ついてしまった。

 どうしたんだい? そんな青褪めた顔をして。

 まさかとは思うけど、僕が君より弱いと思っていたんじゃないよね?

 ――それ以上、何かするなら容赦しないよ?


「さぁ、茶番は終わり。ジェラルド、君は明日から来なくていい」

「な、な……ふざ、ふざけるなっ! 何の権限があって」

「近衛騎士団副団長として命じる。謹慎だ」

「……認めん、認めんぞ、そんな事は」

「往生際が悪いわね」


 絶対零度を思わせる声が響く。

 リディヤが近付いて来ていた。その後ろには苦笑しているアレン。


「少しは王族らしくなさい」

「リ、リディヤ……そして、愚民! 身の程を」

「……とっとと目の前から消えてくれないと……」


 リディヤの怒気に反応して、リィネのそれとは全く異なる『火焔鳥』が顕現し始める――本気だ。

 それを見たジェラルドは蒼白。

 後退りし、捨て台詞を言う間もなく逃げていった。


「やれやれ……アレンも災難だったね。正直、のは幾らリディヤ達の為でも――」

「愚兄」

「リチャード兄様」

「リチャードさん」


 ん? どうしたんだい、リディヤ? そんな怖い顔をして。

 リィネとカレンまで。

 ――アレン、どうして頭を抱えているんだい?

 


 もしかして――リディヤ達が知っている事に気付いてなかったのかな?

 おお、これはまずい。

 ……命の危機だ。

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