第42話 決戦! 魔工都市!! その⑥

 増幅された『雷王虎』は、大きく地面と後方の屋敷を粉砕し、濛々とした土煙を発生させた。

 間違いなく命中はした。威力も申し分ない。

 ……けれど、妙な胸騒ぎがする。


「ギル、ゾイ」


 気を抜かないように、と声をかけようとした――正にその時だった。

 土煙が、字義通りバラバラに切り裂かれ、無数の血の刃が僕達へ襲い掛かってきた。こ、これは……。

 動揺しながらも、身体が勝手に動いたのは、リディヤに付き合って死戦場を越え続けた故か。それとも、かつての苦い経験故か。

 僕は硬直した後輩達を後目に、大きく魔杖を振り、猛烈な氷嵐を巻き起こした。

 血の剣はそれでも突破を図るも、かつて遭遇し、交戦した吸血鬼と同じく『氷』属性魔法は、血を用いた攻撃方法を相性が良い。次々と凍結させ、深紅の氷片が周囲一帯に舞う。

 ようやく気を取り直したギルとゾイが、強張った表情で前方を凝視した。


「おいおい……」「極致魔法の直撃を受けて無傷かよっ」


 屋敷前に佇んでいたのは、顔を伏せ、何事かを呟き続けているイゾルデだった。少女の周辺の地面だけは無傷。どうやら、魔法障壁で無理矢理『雷王虎』を捻じ曲げたようだ。

 ……アリスがリディヤの『火焔鳥』を素手で握り潰したのを思い出すな。

 ギルが再び『雷王虎』を紡ぎながら、問いかけてくる。


「アレン先輩……あいつ、とんでもない化け物みたいなんすけど、実家に帰省してもいいっすか?」

「良いけど、その場合、ギルの受け持ちは『賢者』になるよ?」

「うへ。そ、それは、後輩虐めが過ぎるっすよぉ」

「大丈夫、大丈夫。ギル・オルグレン公爵殿下なら出来るさ」


 軽口を叩き合いながら、空いている左手の指で二人へサイン。すかさず『了解!』という反応があった。

 ――増幅した『雷王虎』が効かない、ということは、それ以下の魔法で、イゾルデを止めるのは困難。

 ゾイの『英雄殺し』なら、その刃は届くかもしれないけれど……未だ、ブツブツと呟いている少女を見やる。


「……アーティ様……アーティ様……アーティ様……アーティ様……アーティ様……アーティ様…………イゾルデを――」


 余りにも痛々しい。

 こんな少女の命をゾイに奪わせるわけにはいかないし、アーティ・アディソンもそんなことを望まいないだろう。


 ――結論、『切り札』を使うしかなし。


 魔杖を両手持ちにし、ギルとゾイへ短く指示を出す。


「時間を!」

「「はいっ! アレン先輩っ!!」」 


 そう言うと、ギルは斧槍を横薙ぎし、雷属性初級魔法『雷神弾』を多重発動させた。

 大学校入学以来、営々磨き続けて来た努力に反映し、数百発の雷弾が、イゾルデを包囲。一斉に降り注ぎ始める。


「上だけじゃないぜっ!!」


 ゾイは大剣を地面へ突き刺し、片膝をついた。

 大地が揺れ――数えきれない漆黒の闇槍が顕現。

 少女を貫かん、と襲い掛かる。僕の後輩達は、凄い子達なのだ。

 普通の魔法士相手ならば、間違いなく過剰攻撃。

 ――けれど。


「! おいおい」「ちっ! とんでもねぇなっ!」


 イゾルデは大剣を振るおうともせず、俯いたまま、左手を少しだけ動かした。

 雷弾が消失し、闇槍が砕けれ、逆に赤黒い魔法障壁の範囲が拡大していく。

 先程よりも、明らかに魔力の密度が増した。そして……『血』。

 後輩達が必死に魔法を発動させ続けている中、僕は結論を導き出す。


「――……アーティの血を飲んだ、か」


 魔杖の宝珠が瞬き、清冽な氷風を発生させ、イゾルデの魔法障壁を接触し、侵食を鈍らせる。

 ――現世の『吸血鬼』は名前に反し、血など吸わない。喰らうのは魔力のみ。

 けれど、かつて僕とリディヤ、そしてゼルが交戦した吸血鬼も、血を啜った途端、魔力の密度が明確に増した。

 血は、全体の魔力を増幅させなくとも、一度に使える魔力は増すのだ。

 まして、それが……想い人のものだったら、どうなるか?

 イゾルデが、ゆっくり、と顔を上げた。僕達は思わず絶句する。


『っ!?』


 少女の瞳は完全に光を喪い、紅く、紅く染まり――憎しみと妄執に支配されていた。初めて会った時とは似ても似つかない……このまま、放置すれば間違いなく、未熟さ故に自壊して果てるだろう。

 ――本当は、『賢者』か使徒相手に使いたかったけど、如何ともし難いな。

 イゾルデが右手の剣を振るった。


「なっ!?」「ぐっ!」


 雷弾と闇槍が悉く薙ぎ払われ、一掃された。

 血の剣を僕へ突き付け、イゾルデが静かに口を開く。


「――……貴方を、今ここで殺します、狼族のアレン。聖女様からの罰は甘受致しましょう。楽には死なせてあげません。アーティ様の苦しみ……その身で受けなさいっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「「~~~っ!」」


 濃厚な殺意混じりの魔力を叩きつけられ、ギルとゾイが蒼褪める。最早、イゾルデに言葉は届かないだろう。……聖女の罰、か。

 動揺しながらも、ゾイが髪を振り乱しながら振り向き叫んだ。


「アレン先輩っ!」

「『英雄殺し』は却下。ギル」

「う、うっす!」「なっ!? ギ、ギル!?!!!」


 不安そうにしながらもギルが、暴れるゾイを抱きかかえ、強制後退。

 僕は魔杖をイゾルデへ突き付け、告げる。


「……今から使う魔法は、実戦で使った経験はないんだ。傷つけ過ぎたら、ごめんよ」

「黙れぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 イゾルデは絶叫し、地面を砕きながら、一本の槍のように飛翔した。

 込められている魔力からして、僕の魔法障壁では受け切れないし、魔法介入も生物のように式が蠢いて、到底間に合わない。


 ――この魔法が効かなかったら、死ぬな。


 一瞬、王都にいる腐れ縁の怒りながら、泣きそうになっている顔が浮かんだ。

 思わず表情が緩む。……死ねないんだよなぁ。アリスには今度謝っておこう。

 イゾルデの血の剣が渦を巻き、貫通力を更に上げる。


「死ねぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 それに対し僕は、現時点で使える魔杖の全魔力を引き出し、――そっと、ある試製魔法を発動させた。


「『氷雷』」

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