王都残照
「……なっ!? ど、どういう意味だっ!?!!」
「どういう意味も何も……お伝えたした通りです。ジョン王子殿下」
目の前で、微笑を浮かべている初老の男――そこにいるだけで、畏怖を感じ、身体が竦んでしまう、王国最強にして最凶魔法士の一人、通称『教授』は淡々と返答した。
此処は王都。王宮魔法士筆頭、ゲルハルト・ガードナーの屋敷。その大会議室。
だが、ここの持ち主は留守。
王宮魔法士達の内、過半も不在。護衛隊も部屋の外で警護している。
玉座に座りながら、冷や汗が止まらない。
周囲にいる数十名の貴族達はいきり立ち、剣や杖に手をかけ口を開こうとするが
「ここで事を起こして、私と若造に勝てると? 笑止! 我等は別に構わんとも。そちらの方が手っ取り早い」
『っ!!!』
教授の隣に立っている白い魔法士のローブを着ているエルフは、傲岸にそう言い放った。
――魔王戦争に従軍し、魔王本人とすら渡り合ったとされる、怪物の中の怪物、『大魔導』ロッド・フードル。
西都の父が使者として送って来たのは、僅かこの二人。
にも関わらず、数十名の貴族達は恐怖に身体を震わし、動けない。
フードルが嘲笑。
「情けなし! ……これでは、十三の『剣姫』や彼の方が遥かにマシだ!! 比べるまでもない。我等は僅か二人ぞ?? この局面で、死中に活を求めずしてどうするのだ?? 座して死ぬるのか??? その程度も気概もないとは……やはり、貴殿等にはここで退場を願おう。王国の新しき時代に、貴殿等の席は一つとしてない」
「ま、待て! 待ってくれっ!」
私は、どうにか声を絞り出す。
――西都で病に臥している筈の、父から届いた命令書は苛烈極まるものであった。
『我が命なく『剣姫の頭脳』を処罰しようとし、かつ、王都復興を遅々として進めず、自らの欲求を満たさんとする行動――……万死に値する。関わった貴族全員の家は廃絶。また、祭り上げられたジョンの王位継承順位を落とす。不満あらば、立って構わぬ。我自ら、王国騎士団を率い、賊を誅さん』
まさか。そんな。そんなことが……。
ち、父上は……父上は、シェリルに、この国を渡すと!?
このような火急の時に、ガードナーはいったい、何処へ……。
私は叫ぶ。
「わ、我等は、む、謀反なぞ、か、考えておらぬっ! あ、あの者は、ララノア共和国へ不法に侵入したのだぞっ!? こ、国内が混乱している中、諸外国と、あ、争そうわけには…………」
「ララノアは、オルグレンの謀反に関与していた。……抗議を行い、賠償させるは、彼等なのですが? 北都にいた、僕ですらその程度のことは知っています。王都にいながら、まともな情報の取捨選択すら出来ぬ者が、四大公爵家を従えられる、と本当にお思いですか?」
「うなっ!?」
教授が冷酷に伝えてくる。
そ、そのようなこと、し、知らぬっ!
周囲の貴族や、王宮魔法士達の顔が蒼褪める。
フードルが後を引き取り、冷たい視線を向けた。
「が――……それは、些事。問題は『彼』を勝手に処罰しようとし、王国の敵対者にしようとした事実。この件……ジョン王子殿下主導と聞いている。殿下は今や『彼』がどれ程の重みを持つか、何も理解しておられぬようだ」
「あ、あの者は、たかだが、獣人に育てられた孤児ではないかっ!!!! た、多少、魔法を使うようだが、お、王国の趨勢に影響を与え得る筈が」
「『忌み子』」
「? な、何だそれは?? 時折、聞く、魔法を使えぬ者のことか?? 今はそのような話をしてはおらぬっ!!!!」
老エルフが訳の分からぬ言葉を呟く。
周囲の者達も、理解している者は皆無。
フードルが、瞳に憐みを浮かべる。
「分からぬとは……。世俗に疎すぎるだろう……」
「リンスターとハワードの防諜の高さ――ではないですな。少なくとも、ここにいる方々であれば、聞いたことがあるでしょうに。『リンスターの忌み子』リディヤ・リンスター。そして『ハワードの忌み子』ティナ・ハワード。彼は、貴方方が姓すら持たぬ一平民だと思っている、アレンは、僅かな期間で二人もの『忌み子』を救った。このことがどのような意味を持つのか――思考の片隅にもないのですか?」
「だ、だから、それがどうした、とっ」
「大陸戦乱以来――『忌み子』を生存させた事例は、私が知る限り僅か五名しかおりません。それ以外は皆、時が満ちた時……死んでおります」
「!?」
教授が淡々と告げてきた。
思考が追いついて来ない。
確かに、二人の公女殿下がそのように呼ばれていたのは微かに記憶している。
し、しかし、単なる蔑称としか……。
フードルが称揚。
「かの者は――有り体に言えば、既に『奇跡』を二度起こした。後世の世において、特記される事項だろう。……『忌み子』は、時が満ちた時、その多くは死ぬが、稀に『異形』となり、人に、世界に牙をむく。そうなれば……王国だけの問題ではなかった。それを未然に防いでみせたのだ! あの恐るべき者は!!」
「私達は、彼の社会的地位を上げる『時』を秘密裡に諮っていたのですよ。此度、オルグレンの叛乱でも、彼は掛け値なしの武勲を立てた。にも関わらず……そのような者を、王国の敵扱いするとは……これを、亡国の所業と断じる他はありますまい。王子殿下……貴方には、幾らでも機会があった。剣術、魔法一つにしても、十分以上の才もおありになった。何故、行動されなかったのです? そして、行動された、と思えば、このような愚挙。……弁護も出来ますまい」
「わ、私を、私達を殺す、のか?」
会議室内が静まり返る。
けれど、誰一人として反抗しようとする者はいない。
ただただ、怯えた目をし、周囲の様子を覗っているのみ。
教授が頭を振る。
「……投降されれば、命までは取られますまい。が」
「先に伝えた通りだ。事前に投降した者を除き、加担した者の領土は王家に召し上げとなる。叛乱を起こしたくばせよ。領土に戻るならば追わぬ。……東都にいる、三大公爵家の本体とやり合える気概があるのなら、だが。言っておくが、
「事前に、投降、だ、と?」
呂律が回らず、掠れた声になる。
冷や汗が止まらず、身体が震えた。
教授が、冷たく絶望的な言葉を発した。
「王宮魔法士筆頭、ゲルハルト・ガードナーは陛下の忠臣。かの男は――貴方を守っていたのではない。ずっと監視していたのですよ。ここにおらぬ者達も同様に。……ジョン王子殿下。貴方の才は他の王族の方々に比すれば凡庸。しかし、それでも王位を継承することは何も問題なかった。……権力を持った時、自らの意思で『悪』にならなければ。仮に、貴方が王位を継承したとしても、四……今や、三大公爵家ですな。かの家々は決してその所業を許さなかったでしょう。王国公爵家は王国を守護せし存在。同時に……『騎士』ウェインライトが二度と過ちを犯さぬよう、剣を、槍を、拳を、常に突き付けているのですから」
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