特別版 IF『アレン・リンスターは忙しい』➂

「――それで、アレン。最近はリディヤとどうなの?」

「……どうなの、と言われましても」


 大学校を出て、母上とお洒落な店で合流した僕は、思わず言葉を繰り返した。

 既に料理は終わり、食後の珈琲が出てきている。

 穏やかな笑みを浮かべながら、母上が続ける。


「リディヤも貴方も、今年で十八になるわ。…………あんなに小さかった貴方が! 嗚呼……!! 誕生日はどうする?? 王都で一番の御店を今から押さえないといけないわね。南都でもしないと。分家連に私が怒られてしまうわ」

「……母上、本筋からズレてます」

「…………こほん。分かっているでしょう? そろそろ、貴方達の婚姻のことを真剣に考えないといけないわ」

「はぁ」


 気に抜けた声が漏れてしまう。

 自分が誰かと結婚する――……小首を傾げる。

 とりあえず、言えるのは


「順番的には、リチャード兄上、リディヤ姉上から、でよろしいのではありませんか? 僕に婚姻を申し込んで来る、物好きはそれ程、多いと思いませんし」

「……誰か親しくお付き合いしている子はいないの?」

「……情けなきことながら」

「そう! 分かったわ。ふふ……仕方ない子ね」


 満面の笑み、かつやけに嬉しそうに、詰られる。

 ……母親に、モテない、と素直に話したのに、笑顔って。

 少し凹みながら、席を立つ。


「あら? もう行くの??」

「はい。姉上はきっと、今か、今か、と待っていますから」

「そうね。アレン」

「はい」

「――これからもリディヤをよろしくね」

「そのつもりでいます。僕は弟ですから」


 頭を下げ、店を出る。

 ――勿論、こっそり、二人分のお金は払っておいた。


※※※


 王宮へ出向き、奥の王族の方々の私的空間へと向かう。

 途中、出会った近衛騎士達と馬鹿話。

 リチャード兄上はまた、夜の花街で遊んでいたらしい。婚約者のサイクス伯爵令嬢は『諜報謀略に妙を得たり』と称されるお嬢さんなのに……命知らずな。

 

 ――王宮奥に設けられた内庭に到着。

 

 春の花々が咲き乱れる、素晴らしい庭園だ。

 ……が。


「リディヤ! 私は認めないからっ!!!」

「シェリル! 勝負はついてるわっ!!!」


 置かれた丸テーブル越しに、二人の美少女が顔を突き合わせている。

 美しく長い金髪に白を基調とした服なのが、シェリル・ウェインライト王女殿下。僕とリディヤの、王立学校同期生でもある。

 もう一人の長く美麗な紅髪の美少女は、僕の姉。『剣姫』リディヤ・リンスター。

 周囲には、エルフ族の護衛官の人達。

 僕に気づき、会釈をしてくれたので、僕も目礼。

 二人の美少女の周囲には、白翼と炎羽が舞い散っている。

 溜め息を吐き、それらを消す。


「「!」」

「……御二人とも、喧嘩をするなら、王宮の外でしてください。今度、壊しても、僕は直すの手伝いませんからね?」

「アレン!」


 リディヤが、ぱぁぁ、と表情を明るくし、飛びついてくる。

 受け止めると、そのままぐるり、と背中に回り込み、僕を盾に。

 舌を出し、王女殿下を挑発する。


「べーっだっ! アレンは、私のなのっ!! いい加減、諦めなさいよっ!!!」

「…………アレン、そこを退いてくれないかしら? 少し、リディヤ・リンスター公女とお話したいことがあるのよ」

「……申し訳ありません。姉が御迷惑を」

「あーあー! 姉って言ったぁぁ!! そこは『僕のリディヤ』が、でしょぉぉ!!!」

「……アレン、そんな子を見捨てて、私にしたら? ほ、ほら? こ、これでも、私ってば、そ、それなりに優良物件だと……その……思う、だけど…………ど、どう、かし、ら?」


 シェリルの声は尻すぼみ。

 羞恥心に耐え切れず、テーブルに身体を投げ出す。

 リディヤに抱き着かれたまま、傍へ。

 頭をぽん。


「! ア、アレン……」

「――シェリルは、凄く魅力的だよ? だから、そんな風に自分を卑下することはないんじゃないかな?」

「アレン……!」


 シェリルが顔を上げたので、視線を合わして微笑む。

 それだけ、何となくほんわか。

 二人で笑い合う。

 すると、背中から衝撃。


「む~! 私の前で、公然と、浮気ぃぃ!?」

「姉弟間に浮気もなにもないと思いますが?」

「可愛くなぃぃ。世界で一番可愛いけど、可愛くないぃぃ」

「はいはい」

「はい、は一回ぃ! ……もうっ! アレンなんて」

「僕はリディヤを尊敬しているよ」

「……嬉しい。けど、けど、そうじゃなくてぇぇぇぇ」

「痛っ! 叩くなよっ!」

「アレン、なら、私は?」


 シェリルが、僕の左袖を指でほんの僅かに摘まんできた。

 素直に返答。


「シェリルは、こういう時、とっても可愛らしいよね」

「♪ ――ふっ」

「っっっ!!!!!! ……シェリル、今、ここで、決着をつけてもいいのよ?」

「いいわよ。可愛らしい! 私が相手をしてあげるわ。あれぇ? 貴女は、尊敬! されているリディヤさんだったかしらん?」

「うくっ!」


 リディヤが大袈裟に怯みまくり、僕へジト目。

 『尊敬』と『可愛らしい』では、後者の方が上らしい。

 かと言って、ここで姉を甘やかす程、人間は出来て――リディヤが唸る。


「…………シェリルよりも良いこと言わなかったら、今日から毎晩、お風呂とベッドに忍び込む。そして、襲って、サインをさせる」

「…………そういうことをするリディヤは、可愛くないなぁ」

「!?!!」

「どうやら、勝負あったようねっ!」

「でも――リディヤは僕の大事な人だよ?」

「アレン♪♪♪」「かはっ!」


 リディヤが完全復活し、今度はシェリルが大袈裟に血を吐くふり。

 ……これ、ほぼ毎回、やってるんだけど、仲良いなぁ、この二人。

 近くにいる護衛官のお姉さん達は、くすくす。

 僕は、リディヤの手を取り、シェリルに尋ねる。


「シェリル、大丈夫なら、僕達はこれから王立学校に行きたいんだけど」

「…………デート、三回」

「了解」

「じゃないぃ! デ、デート、って何ぃ!? わ、私、そ、それ聞いて、むぐっ」

 

 暴れるリディヤの口を押え、シェリルに片目を瞑る。

 王女殿下は突っ伏したまま、手をひらひら。


「楽しみにしてるわ」

「うん。それじゃ、またね」


※※※


 王立学校の正門を潜ると、視線があっという間に集まってきた。

 慣れっこなので、気にせず進んで行く。

 僕と手を繋いでいる紅髪の公女殿下は、既に機嫌を回復している。


「アレンは、私をもっと大事にするべきだわ♪ こんな風に手を繋いでくれても、私の機嫌は回復しなんだからねっ! ねっ!!」

「それじゃ、どうしたら、回復してくれるのさ?」 

「『リディヤが世界で一番大事だよ』って言って!」

「『リィネが世界で一番大事だよ』」

「ちーがーうー」「あ、兄様……そ、その……」


 前方から恥ずかしそうな声がした。

 僕はリディヤの頭を撫でながら、妹に笑いかける。


「本当のことだからね。僕は、リディヤもリィネも世界で一番大事だから」

「「♪」」

「それで――その子達が、僕を呼んだ理由かな? 御二人共、お久しぶりですね。二年前の王宮晩餐会以来でしょうか?」

「「は、はいっ!」」


 リィネの近くにいたのは二人の少女、

 

 一人は、薄蒼の白金髪でまだ何処か幼さがあり、同時に――陰がある。

 もう一人の子は、ブロンド髪で、リィネよりも年上。何度も薄蒼髪の少女を気にかけている。

 ……どうやら、事態は僕達が思っている以上に深刻らしい。

 僕はリディヤへ目配せ。

 すると『困ってるみたい……助けてあげて!』。了解。


「ティナ嬢、エリー嬢――僕達姉弟で良ければ、話を聞きます。手助けが出来るかもしれません」

「! で、でも……」「あのその……」

「『はい、分かりました!』って即答した方がいいわよ? アレンと私がいれば、どうにかするわ。私のアレンは凄いんだからっ!!!」


 リディヤが胸を張った。嬉しいのか、白い炎羽が飛び舞う。

 僕は肩を竦め、屈んで視線を合わし、思いつめた様子の薄蒼髪の少女へ微笑みかける。


「さ――話してみてください。まずは行動することです。そうすれば……違う、未来を掴めるかもしれませんから」 

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