面会・忠告

「待ちかねたよ、ニケ・ニッティ君。さぁ、そこにかけてくれたまえ」

「……はっ! 失礼致します」


 ウェインライト王国、南都。

 その地を統べる『恐るべき紅の一族』――リンスター公爵家の屋敷、その一室に出頭した俺を待っていたのは、前リンスター公爵リーン・リンスター様だった。

 控えているのは、僅かに褐色肌のメイドが一人だけ。

 俺程度ならば、この程度で十分、ということだろう。

 何しろ……相手は、リンスター直系。

 リンスター公爵家は歴史的に女性の方が力は上、という触れ込みだが……そんなものは、戦場の実情を知らぬ者の戯言だ。

 水都に残されている各代の戦歴は控えめに言って、名将、良将、勇士揃い。

 そんな人物を侮る真似など、自らが愚かであることを示すに等しい。

 ――目の前に、香り豊かな紅茶が置かれた。

 前公爵が鷹揚に俺へ頷く。


「飲んでくれたまえ。侯国南方の最高級品だ」

「……はっ」


 苦い思いを抱きながら、紅茶を飲む。

 ……南部六侯国は、リンスターとの繋がりをもう強めているのか。


「さて――では、本題に入るとしよう。君も聞いていると思うが、此度の講和によって、君達一族は皆、以後、リンスターを主と仰ぐこととなる。表向きは」

「…………あくまでも、方便、と」

「理解が早くて助かる。我等は、国内がバタバタしていてね、北部五侯国をどうこうするつもりはない。やる気と人的資源があればどうとでもなるのだが、支配層を根こそぎ喪ったアトラス、ガイゼル両侯国だけを考えても、併合には恐ろしく手間がかかるからな。我等は金貨を出すだけだ。人はそちらで工面してくれ。返済は復興後でいい。……今考えても彼の、アレン君の最終講和案は非常に魅力的であったよ。……あれでまとまってくれていれば、丸く収まったのだがね」

「…………申し訳ありません」


 深々と頭を下げる。

 様々な思惑が絡まり合ったとはいえ……最後に剣を抜いてしまったのは我が父、ニエトなのだ。

 前の机にメイドが、どさっ、と、殺せるかのような綴じられた紙の束を置いた。

 表紙には『特極秘』の朱。


「…………これは?」

「北部五侯国の各資料でございます☆ 人口、産業、教育、宗教、地理、土壌――全て、揃えてあります」

「………………」


 首筋に剣を突き付けられたかのような気分に陥る。

 各侯国と水都ですら、これ程までに精緻な資料は待ち合わせていない筈。

 前公爵が当然のように促してくる。 

 

「後で目を通しておいてくれたまえ」

「そして、これもどうぞ♪」

「?」


 分厚い資料の上に、一枚の紙が置かれた。

 独特な丸い字で、箇条書きが並んでいる。

 苛々しているのか、少々乱暴だ。


『人口:若者、特に子供の数が多い。以後の成長に優位』

『産業:王国に比べ立ち遅れている分野多い。鉄道網の整備が必要。後、『便利さ』を理解させた後、空路網の構築へ』

『教育:極端に分かれている。成長の阻害要因。埋もれている人材は、抜擢必要』

『宗教:やや、現実世界への浸透あり。徹底的な対処必要』

『地理:全域図の精度劣悪。早急な空撮による全域図及び詳細図作成が責務』

『土壌:豊かな土地が多いものの、野放図な開発により、一部土地が荒廃』

『まだ見ぬ敵さんへ:私は、ぜ~っっったいっ! 負けませんからっ!!!!』


 簡潔、かつ的確に、問題点と為すべきことが書かれている。……最後の一行は不明だが。

 心臓がおかしな拍動。

 ……これを書いた人物はいったい。

 メイドが満面の笑みを浮かべている。


「それは、私がお仕えしておりますフェリシア・フォス御嬢様が先程、書かれたものでございます。本来、この場に御同席する予定だったのですが……残念ながら、それどころではなく。今頃は本日、三度目の御入浴中かと思います。『うぅ~! イ、インクの匂いがこびり付いてぇ…………』と。なお、御嬢様の名誉の為、申しておきますが、そのようなことは全くございませんっ! 恋する殿方の前に立つ以上、万全を超える万全さで立たれたい、という健気な乙女心でございます!! 嗚呼……フェリシア御嬢様、なんと、健気な……お可愛らしい……」

「…………」

「そして――これは、彼からだ」


 公爵が小さな紙片を机上を滑らしてきた。

 受け取り――歯軋り。


『焦るな。一つ一つ。ゆっくり急げ』

 

 心中にある焦りを見透かされている。

 そして、これらの資料は――前公爵へ問う。


「…………これらを用意するよう手配したのは」

「無論――彼だ。おそらく、どのような講和条件であっても『君』だけは、得たのだろうな。……どうやら、随分と気に入られたと見える。俗に『飴と鞭』と言うが、ここまで見事に『飴』しかないとは! 万が一大問題が発生した場合、責任すらも引き受ける、と言ってきている」

「…………それすらも取り上げると? では、私がここにいる意味などないではありませんか」

「ある、と思っているのだろうな。少なくとも彼は。純粋に君の才が見たいのだろう。あの恐るべき青年は、自らが認めた相手には惜しみなく、持てる全てを与えてしまう。『時間は有限です。短縮出来るならば、それに越したことはありません』と書いて来ている。ある意味、悪癖とも言えようが……君は見込まれている。フェリシア嬢なぞ、大いにむくれていたぞ? 会わぬ内から『この人は……この人は、私の敵ですっ!!! ア、アレンさんに、こんなに、こんなに、気に入られるなんてぇぇぇ!!!! …………ズルいです。贔屓です。ふふ……ふふふ……どうしてくれましょうか……』と可愛らしく悪巧みをしていた。今後、何かと仕事を押し付けられることだろう。ああ、気を付けることだ。あの子を敵に回す、ということは、それだけで胃に穴が開く程度の苦労は、無数に発生する、ということに等しい。だが、同情はせんよ――君は幸運だ。人の生涯において、自らの才を他者に、最大限認めてもらう……それは、奇跡にも近いのだからな」

「…………はい」


 暗澹たる思いを抱きながらも、同時に高揚は抑えようもない。

 自らの才覚で北部五侯国を好き勝手に出来るのだ。

 ……無論、責任を奴にくれてやるつもりもないが。

 前公爵がメイドに目配せをした。会釈し、退室。


「さて――ここから先は忠告だ。君が、アレン君を嫌っているのは調べさせてもらった。まぁ……その気持ち、分からぬでもない。あれだけの才覚……いや、そのような言葉では元から収まりきれぬな。生きながらにして『英雄』となることを運命づけられている男が、何時までも燻っている、というのは中々に苛々させられるものだ。しかも、本人には自覚も薄い。あの青年、最大の悪癖と言えるだろう。……が」


 鋭い視線。

 身体が震えて来る。この威圧感……やはり、リンスターはリンスター、なのだ。


「君は今後、この地で多くの時間を過ごすことになる。彼とこのような密室乃至は、誰もいない場所で話をし、罵倒するのは構わない。アレン君も楽しんでいるようだからな。しかし、我が一族に列なる者達――特に我が妻リンジー、娘のリサや、女達の前で、彼への悪態は止めよ。……死ぬぞ? 君だけならともかく、一族郎党全て。血の一滴でも繋がっている者も皆殺しにされかねん。この数年間で何十、何百人の王国貴族達の首が転がりかけたと思う?」

「………………あの男は、御一族にとって」

「我等、リンスターは彼に大恩がある。返しきれない程の大恩が。……我が一族の女達は情が深い。ニケ君。若くしてニッティ家の中枢にいる君だ。『忌み子』の真の意味は知っていような?」

「…………」


 無言で頷く。

 ――王立学校時代、一時期聞いた噂話を思い出す。


『リンスターの忌み子』


 まさか、あの噂は本当の…………。

 前公爵が深く頷く。



「彼はリディヤを救ってくれた。愛しい愛しいあの子を…………ことを、阻止してくれたのだよ、ニケ・ニッティ君。これを大恩と言わずして、何と言えばいいのだ? ――重ねて忠告しておく。我等が一族、特に女達の前で彼への悪態は止めよ。リンスターは彼に返しきれない程の大恩がある。我等は、彼にそれを少しでも返さなくてはならないのだ。…………負け戦だがね」

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