公女SS『アレン・ハワードはちょっと意地悪 続』

※続きました。狼聖女様はこれだから……。

※王国北方において、ハワード姉妹の人気は絶大です。動乱後だと、『聖女様』信仰も合わさって、ユースティン帝国にまでステラの名は広まりつつあります。

※映像宝珠は未だ高価ですが、映像自体を紙へ転写する市場は既に形成されつつあります。

※アレンの映像を一番持っているのはリディヤです(きちんと整理していて、会えない時は、人形のアレン=狼と一緒に眺めている)。


※※※


「ステラ様! 次は此方へ視線をお願い致しますっ!!」「はぁ……素晴らしい…………」「清楚……綺麗……聖女様……」「この仕事を続けてきて良かった……本当に良かったよぉぉぉ」「これで、北都の子達に自慢出来るわねっ!」


 小型映像宝珠を構えた女性店長達が代わる代わる、窓の近くに立つ私を撮っていく。こういうことには慣れていないので、とても気恥ずかしい。

 ――御父様ったら、結婚式用のモデルと初めから言ってくれれば良かったのに。

 アレン様に結っていただいた髪と氷花の髪飾り、白と薄蒼基調のドレスと手袋姿の自分が窓に映り込んだ。まるで、新妻のよう。

 ちらり、と奥の扉へ視線を向ける。……アレン様達、まだかしら。


『いい、ステラ? ここからが本番よ! アレン様と同じ映像宝珠に収まる――こんな好機を逃すことは出来ないわっ!!』

『……浅ましい。アレン様はお優しいから、そんな風に気負わなくても大丈夫よ』

『いい子ぶってっ!』『あ、貴女は前のめり過ぎるのっ』


 脳裏で白と黒の天使が取っ組み合いを開始した。結論は出そうにない。

 今日の映像記録は、絶対に全部欲しいけど……。

 高鳴る心を落ち着かせようと、丸テーブル上の蒼翠グリフォンの羽根に触れていると、男装姿の女性店長が『分かっております』と言わんばかりに眼鏡の位置を直し、大きく頷いた。


「…………」


 頬が火照り、視線を逸らす。 

 私……そんなに分かり易いのかしら?

 何とはなしに、窓の外を見やりながら小さく嘆息すると『はぁ……』店員達も何故か同じ層に溜め息を零した。どうしてかしら?

 そんな風に思っていると――廊下から、足音。


「!」


 心臓が早鐘を打った。自然と背筋が伸びる。

 ドアノブが回り、まず先に顔を覗かせたのは長い白髪の幼女――八大精霊の一柱『雷狐』のアトラ。白いワンピースがとても可愛らしい。外に行っていたせいか、少しだけ髪が乱れている。

 獣耳と尻尾を動かし、私をジーっと見つめ、振り返った。


「アレン♪」


 遅れて礼服姿のアレン様がやって来られる。撮影に飽きてしまったアトラを連れて、屋上に行かれていたのだ。

 片膝を突かれ、幼女へ微笑まれる。


「うん。ステラはとっても綺麗だよね」「きれーい」

「! ア、アレン様……あの、その…………あぅ」


 言葉が出てこない。出て来る筈なんてない。

 心臓が痛い位に早くなり、多幸感で満たされる。

 ……録音宝珠、持って来れば良かったかも。

 

「(――お任せ下さい。後程お渡し致します!)」


 女性店長が再び眼鏡の位置を直し、私へ囁いてきた。

 小さく頷き、心からの感謝の意を伝える。

 同室のカレンに見つかると大変だし、何処へ隠そうかしら? 王都の屋敷だと、ティナやエリーの目もあるし……。

 私が半ば現実逃避をしていると、アレン様がアトラと此方へ歩いて来られた。

 自然と店員達の列が左右に分かれていく。


「♪」


 幼女が小さくて白い手を私へ伸ばしてきた。

 おずおずと抱き上げると、嬉しそうに獣耳を震わせる。


「お待たせしました、ステラ」

「い、いえ……」


 嗚呼……私の頬は今きっと、林檎よりも真っ赤だ。

 こういう時に限って、白と黒の天使達も沈黙している。

 アレン様が頬を掻き、問われた。


「えーっと、この後はどうすれば良いですか? 僕は見て通り、衣装に着られている状態ですし、ステラとアトラを中心に撮った方が――」

「ダメですっ!」『却下ですっ!』


 ほぼ同時に私と店長達が声を張り上げた。

 アトラも頬を膨らます。


「アレン、めっ」

「……アトラまで。ステラも同意見なんですか?」

「はい。勿論です」


 珍しく困り顔の魔法使いさんを見上げる。

 ――此処よ。此処が勝負どころよ、ステラ! 勇気を振り絞ってっ!!

 私は幼女を椅子へ座らせ、アレン様の左袖を少しだけ摘まんだ。


「今回の私達に求められているのは――……け、結婚式を迎えた、ふ、夫婦、もモデルです。絶対に、何があっても、一通りの撮影が終わるまで、アレン様もいていただく必要がある、と考えます」

「――……ステラがそう言うなら。君と違って、僕は本当に似合ってないので、心苦しいですが」

「似合っていますっ!」


 身体が勝手に動き、私は一歩前へと踏み出した。

 アレン様との距離が縮まるも、両手を握り締め、無我夢中で力説する。


「とても似合っていますっ! 以前、王立学校の入学式等でも着られていた、とティナ達やカレンにも聞いていましたっ!! ずっと……ずっと、羨ましく思っていたんです。だから、今日は……お、驚きましたけど、とっても、とっても嬉しくて……あの、だから、その……………あぅ」

 

 けれど、途中で言葉は尻すぼみに。

 羞恥心が限界を超え、私はふらふらと頭をアレン様の胸に押し付けた。

 ……わ、私ったら、店長達もいるのに! 

 嗚呼、穴があるなら入りたい。でも、離れたくはない。


「~~~♪」


 アトラが楽しそうに歌い出し「――皆、準備を」『はいっ!』店長達も動き始める気配。おずおずと顔を上げると、優しい微笑みを浮かべられたまま魔法使いさんは私の額を軽く押された。


「あぅ。アレン様ぁ?」

「ステラ・ハワード公女殿下は、時折とても我が儘になられますね」

「……貴方相手の時だけです。御嫌、でしたか……?」

「いえ、まさか」


 分かっていても、否定は返って来ず、それだけで心が弾む。

 私はとても簡単な女なのだ。

 幼女の歌声に合わせ、キラキラと輝く魔力光が建物の外へ出ないよう結界を張られながら、アレン様は肩を竦められた。


「乗りかかった船です。最後まで頑張りましょうか。……リディヤやカレンは勿論、ティナ達にも当面は内密でお願いしますね」

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公女殿下の家庭教師 七野りく @yukinagi

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