公女SS『アレン・ハワードはちょっと意地悪 下』

※アレンは意外と教授の依頼を断りません(アンコさんが×と言わない限りは請ける)。

※王都に着て以降の私服の管理は、基本的にリディヤが。少し後からはカレンも加わっています。

※『エーテルトラウト』は王国北部でも屈指の老舗なので、何れはアレン商会とも取引が発生するかも?


※※※


「! ア、アレン様!? え、えっと、あの、その……」


 頬が火照るのを自覚する。

 ティナとエリーには聞いていたけれど……おずおず、とアレン様の御姿をもう一度確認。


「――あぅ」


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 何時もの御姿も素敵だけれど、礼服姿は反則だ。御髪も整えられているし、白手袋だし……こんなの絶対に反則だ!

 私は視線を彷徨わせ、ふらふらと近くの白いカーテンに隠れ、顔だけを覗かせ、唇を尖らせた。


「……う~」

「ステラ?」


 アレン様が不思議そうに小首を傾げられる中、女性店長と店員達は『どうぞ、ごゆっくり♪』と私へ目配せし、そそくさと部屋から出て行く。そ、そんな!

 混乱の余り魔力が漏れ出て、氷華が舞う。


「あ!」「おっと」


 室内が凍り付く前に、アレン様は左手を軽く振られた。

 すぐさま氷華が分解され、消えていく。

 ――キラキラと散光の中、私の傍へ歩いて来られる魔法使いさん。

 胸が痛い位に高鳴り、目を離せない。


『今よ、ステラ! 転んだ振りをして、抱き着いてっ!! エリーみたいにっ!!!』

『だ、ダメよ、ステラ! ア、アレン様にはしたないって思われてしまうわ。ここは、お淑やかに挨拶をして……』

『またそうやって、良い子ぶるんだからっ! 恋は戦争だって、フェリシアから借りた恋愛小説に書いてあったでしょうっ!?』

『あ、あれはあくまでもお話だもの。フェリシアやカレンだって、こんな時に抱き着いたりなんかしないわ』

『意気地なしっ!』『し、慎重なだけよっ!』


 その間も、脳裏では白と黒の天使が言い争い中。

 思考は纏まらず――そうこうしている内に、目の前にアレン様がやって来てしまった。天使達が顔を見合わせ『頑張ってっ!!』と両手を握りしめる。そ、そんな。

 あたふたする私に対し、アレン様はくすり。


「髪飾りはまだ着けていないんですね。なら、こういうのはどうでしょう?」


 左手の中に漂っていた氷片が集まっていく。

 生まれたのは美しい氷花の髪飾り。

 そっと、私の前髪に着けて下さる。


「――……あぅ」


 恥ずかしさが臨界点を突破し、私はカーテンにくるまった。

 ――嬉しい。とっても嬉しい。

 嗚呼、髪飾りが熱で融けてしまうかも。どうすれば、持って帰れるかしら?


「ステラはどう言われて此処へ? 僕の方は『アレン、すまない。緊急を要する案件だ。君が行ってくれないと……少々まずいことになる。ああ、リディヤ嬢とシェリル嬢は心配しなくていい。どうにかしておこう。報酬は弾むよ』です。教授だけなら警戒するんですが、アンコさんも同意されていたので。来てみたら、このざまです。見事に嵌められました」

「わ、私は、父から、です……」

「ワルター様が? ――ふむ」


 邪な考えを覚えていた私に対し、アレン様は前髪を掻き揚げられた。ふわぁぁぁ。

 白と黒の天使が同時に叫ぶ。


『今っ! 二人っきりっ!!!!!』


 ――右足が前へ出たのは誓って無意識だった。

 願望の現れ、と言われた時は認める。

 カーテンが外れ、拍子で倒れ込む。


「きゃっ」


 次に感じたのは、アレン様の温かさ。

 優しく抱きしめられ、顔を覗きこまれる。


「おっと。ステラ、大丈夫ですか?」

「は、はい」


 心臓がまるで早鐘のよう。きっと頬は林檎みたいに真っ赤。

 ――でも、離れたくない。出来れば、ずっとこのままが。

 けれど、そんなお願いを口になんか出来ない。

 アレン様に『はしたない子』と思われたら生きていけない。

 短い逡巡と葛藤の末、私は自分から離れ、御礼を口にした。


「あ、ありがとうございました」

「慣れない靴は歩き難いですよね。そのドレス、とてもお似合いです。可憐なステラにぴったりですね」

「! ――……あぅあぅ」


 思考が沸騰し、両頬に指を当てることしか出来ない。 

 反則だ。こんなのは本当に反則だ。絶対に反則だと思う。

 ――私、明日の朝まで生きていられるかしら? それとも、これは夢??

 思わず、頬を抓ってみる。


「ステラ??」

「夢じゃないみたい、です――はぁ」


 目を閉じて深呼吸をし、不思議そうな顔のアレン様に向き直る。

 大丈夫、大丈夫よ、ステラ。

 こんな機会は二度とないかもしれないのだから、モデルの御仕事を完遂しないと!

 私が自分自身を奮い立たせていると、廊下の外から女性店長達の拍手喝采が聴こえてきた。

 同時に――


『♪』


 幼女が歌っている。この声って。

 近くでブラシを見つけて来られたアレン様が、豪奢な椅子を引かれた。

 まるで、執事のように恭しく丁寧な挨拶。


「ステラ・ハワード公女殿下、どうぞ此方へ。最後に髪を整えましょう」

「こ、公女殿下は、禁止です」


 どうしても幸せが勝ってしまい、リディヤさんやカレン、ティナのように上手くは言えなかったものの、辛うじて反撃。

 頬を小さく膨らました私は、そそくさと椅子に腰かけた。

 肩越しにアレン様を見上げる。


「さっきの歌声は……」

「アトラです。教授が『この子も連れて行っておくれっ!』と。何を企んでいることやら。髪を梳きますね」

「…………」


 ブラシが私の髪を撫でる。

 心地良さに溺れそうになりながら――私は、思考を全力で回転していた。

 アレン様と私の服装。

 そして、八大精霊の一柱とはいえ、外見は幼女にしか見えないアトラ。

 ま、まさか……御父様が私をこの場所に送り込んだのって。


『♪』


 アトラの楽しそうな歌声が建物内に響き渡った。

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