第14話 祝勝会
「――では、此度の戦役の勝利を祝してっ! 乾杯っ!!」
『乾杯っ!!!』
南都、リンスター公爵家屋敷の大会議室にリカルド・リンスター公爵の声と、それに呼応する喝采が響き渡る。
大会議室内には、南方諸家の主だった当主達や著名人がほぼ全員いる。
リュカ・リンスター副公、二名の侯爵、四名の伯爵。
名高き猛将、勇将、智将は綺羅星の如く。
武勲譚が本になるような、勇士、猛者数多。
更には、南方経済を統べる大商人達や、少数民族の代表者達。
立食形式で、大きなテーブルには南方の美味、美酒が、これでもかっ! と並んでいる。
けれど、僕はそれを眺めるばかり。
だって――主賓席に座っているから!!!
……どう考えても場違い。服も礼服だし。
何で、どうして、こんなことに。
辛うじて『誕生日』の祝いであることは、言わないでもらったことだけが救いか。
ああ、いや。
末席の末席で美味しい料理を食べるのであれば、僕とて男。それなりに楽しめる場ではあるだろう。武勲譚とか聞きたいし。
けれども……席から動くことは原則禁止されている。
食べたい物、飲みたい物は、メイドさんに頼まないといけない。
バレないように溜め息を吐き、隣の席でこっそり離脱を試みようとしている、黄白ドレスを着た眼鏡少女の左手首を不可視の糸で拘束。
微笑み、小声で話しかける。
「(……フェリシア。今晩の主役が何処へ行こうと? 貴女は『第四次南方戦役勝利の立役者』様でしょう??) 」
「(し、主役じゃないですっ! し、主役は、アレンさんじゃないですかっ!? 『全権交渉担当者様』なんですからっ! わ、私は、何もしていませんっ!!)」
「(……今更、そんな台詞は聞きません! 聞きたくもありません! 幾らリサさんの指示でも、ここまでの規模にしたのは貴女でしょう? しかも、最後の最後で梯子を外されて……。諦めて――いえ、僕だけを脱出させてください。そうすれば、王都へ帰った後、多少、手加減してあげます)」
「(!? た、多少!?!! い、いったい、私に何を、何を――はっ! け、獣耳リボンとメイド服姿にさせて、あ、朝、ひ、昼、ば、晩と、ご、ご、御奉仕させる気ですねっ!? ア、アレンさんの変態っ!!!)」
「(ああ……それは最低限ですね)」
「(!?!!!)」
目を白黒、頬を真っ赤にして、フェリシアの動きが停止。
恨めし気に僕へ上目遣い。「…………う~。本気に、しますよ?」
なお、さっきから左袖を摘まんでいる。
「かはっ!!!」「エマ様!?」「い、いけないわ、この出血量! い、命に関わるっ!!」「それでも何処も汚していないわ……流石、リンスター家メイド隊第四席!」「……フェリシア御嬢様、お可愛らしい……」「勝ったわねっ!」
控えているエマさん達は相変わらず。
半死半生の第四席様は、震える手で親指を立て僕を見た。『ありがとうございます……ありがとうございます……どうぞお続けください……』。ブレない人だ。
呆れていると、煌びやかに着飾った御嬢様達がやって来た。ドレス姿で、リボンをたくさん着けているアトラとリアがとてもとても可愛い。
先頭のリディヤが論評。
「ふ、ふ~ん……ま、まぁまぁじゃない」
「ふわぁぁぁぁ」「あ、兄様……カッコいい……」
「……め、眼鏡は、そのダメだと、思います」「――……」
「「♪」」
次いで、ティナとリィネが瞳を輝かせ、カレンは頬を赤らめながらちらちら。
ステラは僕を凝視し固まっている。ティナに似ている前髪は、ピン! と立ち、硬直。そして、ふわぁ、と笑みを浮かべ自分の両頬を押さえた。
アトラとリアは嬉しそうに、僕の膝上へよじ登る。
左袖が引っ張られる。
「……アレンさん、私は、その」
「フェリシアも似合っていますよ。王都に戻ったら、一週間、ドレス姿で仕事をします?」
「う~!」
そうこうしていると、エリーさんとリリーさんが料理やグラスを確保して戻って来た。
――何と、リリーさんがハワード家のメイド服を着ている!!!!
先程、『没収です』とは言ったものの……本気の懇願を受け、折れたのだ。
……でも、失敗だった気がする。
とにかく目立つのだ。胸が。
おそらく、ニコさんが伝えた数値よりも成長していたのだろう。有り体に言って、目に毒。男性陣の視線を集めては、女性陣が陰でその足を踏み抜いているのが、ちらほら、と見える。
僕はエマさんへ視線を向けるも――椅子に深く座り、両手を組んで目を閉じている。駄目か。惜しい人だった。
……仕方ないなぁ。
アトラとリアを抱きかかえつつ立ち上がり、エリーとリリーさんを出迎え。
「ア、アレン先生、フェリシアさん、お料理とお酒を、お持ちしま、きゃっ!」
「おっと」
転びかけた天使様を受け止めつつ、皿やグラスに浮遊魔法をかける。「「ぎゅーぎゅー♪」」幼女二人がはしゃぐ。
会場内からざわつき。
「浮遊魔法だと?」「あれ程、簡単に使える魔法では……」「いや、彼の御仁ならばあり得る。何しろ『翠風』様と五分に渡り合ったのだ」「うむ。リンスター公爵家は安泰ぞ!」『乾杯!!!!』。
……真面目に聞くと精神が持たないので遮断。腕の中のメイドさんを注意。
「エリー、落ち着いてください」
「は、はひっ! ……えへへ……久しぶりに、こうしてもらいました……」
「む!」「エリー、抜け駆けは」
「ティナ御嬢様とリィネ御嬢様は、水都へ行かれました!」
「「ぐぅ!」」
エリーの指摘に、年少組の公女殿下が沈黙。
近くの小さなテーブルへ、お皿とグラスを置き、エリーを解放。
そして、数本のワインと果実水の瓶を持ち、何故か両手を広げている年上メイドさんへジト目。
「……それは、何の要求ですか?」
「え~♪ 次はぁ~私の番かな~ってぇ☆」
「……しません」
上着を脱ぎリリーさんへ渡しつつ、ワインと果実水の瓶を受け取る。
グラスを並べ人数分、注いでいく。
年上メイドさんはきょとん。
「? ア、アレンさん??? え、えっと……」
「……着てください。リディヤ、カレン、ステラ、説明は任せる」
「ん」「分かりました」「お任せください」
「え? ええ?? えええ???」
リリーさんが三人に確保され引っ張られていく。
……三人の視線が、上着に集中していたのはきっと気のせいだ。
残った子達を促す。
「ティナ、エリー、リィネ、グラスを。アトラとリアも、はい、どうぞ」
「「「は~い」」」「「♪」」
「ア、アレンさん! そ、そういういじめは」
「フェリシアの分は」
「此方に」
音もなく、気配もなく――短いブロンド髪のメイドさんが、冷えた紅茶入りのグラスを差し出してきた。
名前はサリー・ウォーカーさん。
ウォーカー家出のメイドさんで、エリーの従姉さんだ。なお、『フェリシア』派閥とのこと。
会釈をし、受取り眼鏡少女へ渡す。
「……わ、私の好きなのを?」
「当然でしょう。ティナ達も合っていますか?」
「「「……はい♪」」」
教え子達がはにかむ。
僕は赤ワインの入ったグラスを取り、御礼を述べる
「色々と本当にお疲れ様でした。そして――有難うございました。一連の件で貴女達がとても成長してくれたことを嬉しく思います。焦らなくていいんです。ゆっくり、一緒に進んで行きましょう。…………フェリシアは別ですが。やり過ぎ、という言葉を覚えてくださいね?」
「せ、先生……」「ア、アレン先生……」「あ、兄様……」
「う~! そ、そこは素直に褒めてくださいっ!! ……もうっ!!!」
ティナ達は驚き言葉に詰まり、フェリシアはむくれる。アトラとリアは、その真似っ子。
――あぁ、この感じ。日常が戻って来たんだなぁ。
周囲は僕達の様子を、窺っているけれども。
くすくす、笑いながら美女二人と、知らない淡い茶髪で、白のドレス姿の美少女? がやって来た。
背は低く小柄。エリーよりも低いかもしれない。胸がとても大きい。
僕を見て、ふんわり、と笑われる。
肢体がはっきりと分かる翡翠色のドレス姿のレティシア様がニヤリ。
「おぅおぅ!
「……口説いていません。レティシア様」
「レティ、で良い」
「いや、でも」
「良い」
「…………」
有無を言わさぬ返答。
もう一人の美女――リサさんへ視線を向けると、微かに頷かれた。
僕はサリーさんが持って来てくださった、予備のグラスへ赤と白のワインを注ぎ、赤をリサさんへ。白をレティシア様へ手渡す。
「……では、レティさん、で」
「よかろう!」
「アレン、紹介するわ。私の義妹よ」
「!? 義妹、と言われますと、まさか……」
ふわふわしている、一見美少女が、僕へ一礼。
「フィアーヌ・リンスターですぅ。うふふ~♪ 何時も何時も、リサ義姉様やぁ、リリーからぁ、お話を聞いていたのでぇ、初めて会った気がしないんですけどぉ。アレン様ぁ」
「……『様』付けは御勘弁ください」
「じゃぁ~アレンちゃん♪ ――今回は、リリーを助けてくれて、ありがとう。感謝を。それでぇ――……何時、うちにねぇ」
「お、御母様っ!?」
風を纏って、僕の上着を羽織ったリリーさんが戻って来た。
ひしっ、と抱きしめられる。
「な、何を、言おうとしたんですかっ!? も、もうっ! か、勝手なことをしないでください!!」
「え~、だってぇ、何時も、とっってもぉ嬉しそうに話したり、御手紙で書いてぇ、むぐっ」
「あーあーあーあー!!!!」
小柄な母親の口を年上メイドさんが押さえつける。
僕は肩を竦め、三つのグラスにワインと果実水を注ぎ、浮遊魔法で前方へ。
リディヤ、カレン、ステラが受取り、笑み。
周囲の人々を見渡し――リーン様、リカルド様、リュカ様を見つける。目配せ『どうぞ、此方へ! 是非!!』。
三人は微笑し、首を振られる。……混ざるのは嫌だ、と。酷い。
肩を落とし、グラスを掲げ
「!」
会場内に――長く美しい黒髪をした鳥人族の女性を見つけ、思考停止。
嗚呼……来られていたのか。
いやまぁ……あの人は、僕のことなぞ覚えていないだろう。何しろ今や天下の『グリフォン便』の総元締め様だ。
けれど――……僕は憶えている。憶えているのだ。
『路がないのなら……私が路を作ってみせる! そして――必ず、必ず、獣人族の未来を変えて見せるっ!! 少年、だから……そんなに泣かないで。ね?』
リディヤが近づいて来て、左腕を絡め、自然な動作で指を滑り込ましてきた。
……懐かしさで、泣きそうになったのを悟られたか。
「さ、乾杯よ! 戦役の勝利と――アレンの、十八歳の誕生日を祝って!!」
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