第13話 激突

 杖の先端から紡いでいた魔法を展開。

 ――僕は四英海しえいかいの墓所で、人類史上最高峰の魔法式、その一端に触れた。

 無論、その水準に自分が届くとは到底思っていない。

 あの少女――アトラを守り抜いたリナリア・エーテルハートの魔法式は、精緻を極め、僕程度の魔法士ではとてもじゃないが、制御することなど不可能。

 ……多分、あの少女以外は無理だったんじゃないだろうか。

 一ヶ所、間違えた瞬間、暴発して吹き飛ぶような極端な代物だったし。


『はぁ!? 世界最高の大大大天才たるこの私が、ど・う・し・て! 凡才の為の魔法式を組まないといけないのよっ!! …………ま、まぁ、ど、どうしてもって言うなら、く、組んであげても、いい、わよ? そうね。まずは『リナリアは可愛いよ』って言いなさい♪』


 ……幻聴が。疲れてるんだな。

 とにかく……まともに使えるような魔法式ではないのだ。

 そして、僕は凡才なので、この程度のことが限界。

 

 ――魔法式が組みあがり、展開を終え、紅・紫・蒼・白の光を放ち始める。


 観客達が息を飲み、次々と無数の魔法障壁を張り始めた。

 誰一人として『退避する』という選択肢はないらしい。……リンスターとそれに関係する人達、怖い。

 リサさんが、目を細めメイド長を呼ぶ。


「アンナ」

「はい♪ 奥様、お任せください。最大結界用意!」

『はいっ!』


 アンナさんの号令一下、メイドさん達が強大な結界を張る。

 明らかに軍用。しかも、都市防衛用の戦略魔法。大袈裟な。

 げんなりしている、とリディヤが僕を茶化してくる。


「ふふ♪ 戦略結界をわざわざ事前に用意されるなんて、あんたも少しは出世したいじゃない。私の御蔭ね? ね!」

「…………リサさんとアンナさんに、何か言っただろ?」

「しーらないっ♪」


 リディヤが楽しそうに笑う。

 横合いからリリーさんも茶々。


「私は言いましたよぉ~。『アレン様は、私の為なら無理無茶をされるので』ってぇ☆」

「…………もう、止めて、いいですか?」

「え~駄目ですぅ~♪」


 この二人ときたらっ!

 溜め息を吐きつつ、レティシア様に呼びかける。


「お待たせしました!」

「なに、良いのだ。待つことには……あの時から、血河の畔で馬鹿狼に置いていかれてしまった、あの時から慣れている。おのこよ、私にその力を見せてみよっ!!!」


 八頭の風属性極致魔法『暴風竜』が槍の穂先に集束。

 翠光を発し、周囲一帯に影響を及ぼし始め、上空の天候すらも荒れ始める。

 

 ――ルブフェーラ公爵家が秘伝、全てを貫きし『翠槍すいそう』。

 

 僕は名前を呼ぶ。


「リディヤ、リリーさん」

「問題ないわ!」「大丈夫です!」


 力強い返答。

 そこに憂いや恐れは皆無。

 あるのは、純粋な強い強い僕への信頼。

 両目を瞑り――魔法を解き放つ。


『『♪』』


 アトラとリアが歌い、魔法陣が煌めいた。

 

 ――顕現したは一羽の『鳥』。


 リディヤとリリーさんの魔力を合わせた為、元になったのは『火焔鳥』。

 が……最前列に踏みとどまっている、ティナ達の呟きが聞こえてくる。


「……炎の身体に」「こ、氷の羽ですっ!」「身体に纏っているのは」「雷光?」


 レティシア様は不敵に笑い、前傾姿勢となり――何の躊躇いもなく、神速の突撃を開始。

 称賛の叫び。


「見事っ! 真に見事っ!! を合わせてみせるとはっ!!! はっはっはっ!!!! 面白いっ!!!!!」


 喜悦の表情になりながら『鳥』へ必殺の『翠槍』を突き出し、大激突。

 暴風と衝撃波。魔力の大奔流。

 結界各所が罅割れ、二発目の戦略結界が張られていく。

 僕達三人は必死に魔法を制御。過去最高の難易度。

 少しでも気を抜いたら、あっという間に暴発しかけない。

 魔法式の過半を簡易版にしてこれかっ! 

 ……あの天才魔法士様、頭の螺子が何本か…………ああ、いや、そもそも螺子がなかったんだなっ。傍迷惑なっ!


『はんっ! 使えないあんたが、ヘタレなのよ。やーい、やーい、ヘタレー』


 またしても幻聴。

 ……僕が何時でも、例の日記帳の恥ずかしい箇所だけを抜粋して、世の中に広めることが出来ることを忘れないでほしいっっ!


「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」


 レティシア様の魔力が更に増し、拮抗が崩れ、押され始める。

 この御方もまた――本物の『英雄』。

 自然に笑ってしまう。……まったく。

 僕はこんなとんでもない人相手に、何をやっているんだか。

 ふっ、と肩の力が抜け――名前を呼ぶ。


「アトラ、リア」

『はーい♪』

「むっ!!! こ、これは!?」


 二人の歌声が響き渡る。

 『鳥』――四属性複合極致魔法『四星鳥しせいちょう』は、純白の光が放ち始めた。

 レティシア様と視線が交錯。

 とても優しく穏やかで、嬉しくて仕方ない、という笑み。


「うむ。見事だ」


 次の瞬間――閃光は演習場全てを飲み込んでいった。


※※※


「ふっはっはっ! おのこよ、少しばかり死にかけたぞ? うむうむ! それでこそぞ!! リサ、やはりルブフェーラにくれぬか? な? な?? いいではないかっ! 正妻は譲るっ!! 第二夫人として、我が一族最高の英才をだな」

「……レティ、どうしてもそういう話をしたいのなら、次は私が相手をするわ。リディヤ、アンナと一緒にね」

「そ、それは容易に死ぬるなっ!」


 淡々とリサさんが、両手に包帯を巻いているレティシア様へ釘を刺す。

 ……いや、あの魔法の直撃を受けてほぼほぼ無傷ですか。英雄って。

 僕は部屋に用意されたソファーへ横たわり、ぐったり。

 お腹の上にはアトラとリアが乗り「「! ♪」」上へ下へ動くのを楽しんでいる。

 隣から、リディヤが頬を突いてきた。


「情けないわね! ほら、しゃんとしなさい」

「……無理だって。エリー、大丈夫ですよ。怪我はありません。疲れただけですから」

「は、はひっ! でもでも、念の為です!!」


 心配そうに僕の身体を確認していたメイドさんは止まらない。

 ティナとリィネは小さな手を握りしめ、真剣な様子で議論中。「……私達は、まだまだのまだです」「……ええ」。焦らなくともこれからなのになぁ。

 ステラとカレンもまた、少しだけ厳しい表情。「頑張らないと、ね」「追いつきましょう。私達一緒に」。この子達もこれからだ。

 この企画を心から満喫した僕の隣の席に座っている眼鏡少女は、興奮が引いたのか、これまたぐったり。


「……楽しかったですけど、つかれましたー。でも、よるはこれで、せいだいにできます……」


 ……『夜』?

 小首を傾げていると、扉が開いた。

 今回の件の元凶さんが飛び跳ねながらやって来た。遅れて、リュカ・リンスター様も入って来る。

 

「アレンさん~♪」

「…………」 


 僕は手を挙げ、リュカ様には目礼。立ち上がる気力はない。

 自然な動きで、リディヤとエリーが前方に立ち塞がり、背中にはステラとカレン。ティナ達は未だ議論中。

 リリーさんは近づこうとするも、リディヤとエリーが許さない。

 腐れ縁が腕組みをしながら、目を細め、エリーが一生懸命守ってくれる。


「リリー、貴女の婿取り話は終わったのでしょう?」

「そ、そうですっ! ア、アレン先生は、お、お疲れなんですっ!」

「…………はい。申し訳ありませんでした」

『!』


 一転、リリーさんは深々と頭を下げてきた。

 ……まったく、この人は。

 僕はアトラとリアを降ろしてどうにか立ち上がり、リディヤとエリーへ目配せ。渋々、前方開けてくれたので、リリーさんの肩に手を置く。


「止めてください。僕が勝手にしたことです。謝られる理由がない」

「……私が、貴方の名前を広める為にわざわざこんなことをした、としてもですか?」

「困っていたのは本当でしょう? それに」


 内心、そうかな? と思っていたことなので驚きはない。単純に蹴散らすだけなら、このお姉さんでも十二分に可能だったろう。

 おずおす、と顔を上げてきたリリーさんへ尋ねる。


「『メイドさんになりたい』んですよね? ――アンナさんみたいな」

「!?!! ア、アレンさんっ! そ、それは、ひ、秘密だってっ!!」

「そうでしたっけ? 忘れてしまいました。これは、うっかり。――と、いうわけです、アンナさん」

「困った御嬢様でございますねぇ……ですが」


 リサさんとレティシア様の傍に控えていた、リンスター家メイド長は少しだけ苦笑し、嬉しそうに断言。


「――リリーはリンスター公爵家メイド隊の一員。そのことを、疑問に持つ者は我がメイド隊には、一人としておりません!」

「!! メ、メイド長……」


 リリーさんが瞳を大きく見開き、頬を涙が伝う。

 それを一生懸命拭い、笑顔。


「あ、あれぇ~? お、おかしいですねぇ~? ……えへ、えへへ~♪」

「無論――メイド服はまだ早いですが。ええ! 早いですがっ!!」

「!? そ、そんなぁぁぁ~……酷いですぅ~。アレンさん~慰めてくださいぃ~」


 アンナさんの力強い宣言に、リリーさんがよろめき、僕に抱き着く。


『あっ!!!!』


 ティナとリィネ以外の少女が叫び――魔力を放ち始める。

 僕は腕の中のお姉さんを見やる。

 小さく舌。囁かれる。


「(本当にありがとうございました。私で良ければ何時でも、いいですよ?)」

「(…………ハワード家のメイド服は没収です)」

「!? ア、アレンさんっ!?!!」

「没収ですっ!」


 メイドなお姉さんをリディヤ達へ放り投げ、ソファーへ飛び込む。

 ……寝よう。このまま、夜まで。


「それで、アンナ。誕生日の祝いと、祝勝会の件は」 


 ――リサさんの言葉は聞かなかったことにしよう。うん。

 あと、四人に襲われているメイドなお姉さんも知らない。知らないのだ!

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