特別SS『紅槍』の夢

「――それで、それで! その後はどうなったのですか!? 父上!!」


 興奮した様子で、今年、十三になる息子のシャルルが聞いてきた。

 頬は赤く染まり、自然と拳を握りしめている、

 私は、ニヤリ、と笑う。


「それは家に帰った後だ。そろそろ、帰らねば、母上に怒られてしまうぞ?」

「! そ、そうですねっ! グ、グリフォンを連れて参りますっ!!!」


 顔を蒼くし息子は駆け出し、鍛錬場の入口で頭を下げて出て行った。

 私は、天を仰ぎ……月日の長さを思う。

 イヴリン伯爵家の四男坊であった自分が、様々な偶然が重なり続けた結果、家を継ぎ、あまつさえ妻を娶り、息子、そして愛くるしい娘達までもを授かり……こうして、父親になろうとは!

 思わず独白。


「人生とはまったくもって分からぬものだな」


 いや……違うか。

 手に持っている、紅の槍を握りしめる。

 ――あの日、リリー・リンスター様へ求婚したことを決めたは、少なくとも自分の意思だった。

 妻には到底言えぬが……当時の私は、トリア・イヴリンは、純粋にあの御令嬢に惚れていたのだ。

 だからこそ――リュカ・リンスター南部総督が『リリー様の婿を募集している』という、話を聞いた時は『千載一遇の時、来たれり!』と叫んだのを、今でも鮮明に思い出す。

 ――首尾よく候補に選ばれた際、顔を合わせた連中は、同年代の猛者達ばかり。

 リンスター家でありながら、メイドにかぶれている、という話は皆、知っていたが、同時に……あの御方の可憐さを、知らぬ者もいなかったからだ。

 

 この中の誰もを薙ぎ倒し、この私が必ずや婿になってみせる!


 …………その決意は、あの御方と相対したことであっさりと霧散してしまったが。

 くっくっ、と笑う。


「よもやよもや、噂で聞いていた『剣姫の頭脳』『リンスターの鬼札』『公爵家最重要人物』が……実在していようとは。リンスター公爵家とは、昔も今も、何と恐ろしい。そして、本当に」


 人生とは面白い。

 そう、嘯きながら――全力で手に持っている紅槍こうそうで前方空間を突く。

 その速度と鋭さは、既に神域へと片足を突っ込んではいよう。

 代々のイヴリン伯爵のみが持つことを許され、リンスター公爵家が参加した各戦場において、先陣となり続けているこの紅き槍に貫けぬものは、早々ない。

 だが、私の一撃は――……かつて相対せし、恐るべき、微笑む青年の幻影を捉えることは出来ず、はっきりと受け流され、後方へ回り込まれる。

 首筋に幻の剣が触れるのが分かった。

 

 ……今日も、勝てぬ、か。

 

 あの短き、しかし極限までに濃縮された戦闘以降、私は多くの戦場で戦い続けた。

 死戦もあった。苦戦もあった。悪戦もあった。

 ……私個人で言えば、苦き忘れ得ぬ敗北も。

 幾度『死』を意識したかは、数えるのも億劫だ。

 しかし――……それらの死線を超え続けて今なお、あの青年の、『剣姫の頭脳』が私に見せた、剣技、そして魔法の冴えに遂に届いた! という実感は微塵もない。

 戦い前、リリー様が私達へ淡々と告げた言葉を思い出す。


『アレンさんの魔力は決して強くありません。純粋な剣技も、この中の幾人かは勝ってもいるでしょう。けれど……申し訳ありませんが、貴方達では、あの方に勝てません。勝算は絶無です。あの方は決して立ち止まりません。常に進み続けられます。それが一日なら、追いつけるでしょう。一ヶ月でも、才があれば互せるかもしれません。ですが、あの方は、おそらく死ぬまで進み続けられます。そして――身内には、とことん甘いんです。だからこそ、あの方は誰にも負けないんです』


 その通りであった。

 剣こそ抜かせたものの、あれは――我等に対する敬意の現れに過ぎぬ。

 あの後、突如行われた、魔王戦争の英雄『翠風』様との一戦で、見せた魔法の冴えは……そもそもが異次元。

 あの一戦を見、同時にあの御方と戦った者達が未だに語り継ぐのも無理はない。


『我等は、御方と戦ったことがあるのだ! 武門として、これ程の誉が他にあろうか!!』と。


 かくいう、私とてこのように息子へ語り聞かせ、未だにどうすれば、この紅槍を当てることが出来るのか、と考えている。考え続けている。

 おそらく――あの場に立った者達も同様であろう。 

 その結果として、リンスター公爵家幕下の我等は『魔王戦争以降、最も強大にして精強』と嘯かれるまでに、今やなった。

 しかし……足りぬのだ。まるで。我等が追う背中には。

 

 前へ。ただ前へ。ただただ、前へ!


 言うは易く、行うは難し。

 簡単なことではあるが……なんと、困難なことか!

 そして同時に


「くっくっ……背中を追いかけ続けることが、これ程までに心躍るとはなっ!」


 再度、紅槍を突き出す。

 まったく……あの御方は、本当に罪深い。

 上空から、息子が操るグリフォンが降りて来る。

 さぁ――家へ帰らねば。

 戦が近いとも聞いている。

 妻とも相談し、あの話――シャルルの婚約話は進めるべきであろう。

 無論


「その為には、嫁と娘を溺愛している、北部五侯国監督官殿を説得しなければなるまい。場合によっては武力に物を言わせて!」

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