第12話 現在地

 あんまりな物言いに、顔を引き攣らせる。

 い、幾ら何でも『大陸最強』かもしれない、前衛様とやり合う自信はない。

 僕は『剣士』ではなく『魔法士』なのだ。

 額を押さえ……髪の毛をかき乱す。


『あー!!!!!』


 少女達が悲鳴をあげたけど、それどころじゃない。

 目の前で、槍をくるくる、と回している英雄様がニマニマ、ニヤニヤ。

 リサさんをちらり、と見る。

 苦笑しつつ、軽く手を振られた。『こうなったレティは止まられないわ。良しなにしてあげて』。…………酷いですよぉ。

 両目を瞑り、返答。


「…………分かりました。非力非才な身ですが。御相手します」

「うむっ! よくぞ言ったっ!! それでこそ、だっ!!!」

「ですが」

「む?」


「勝ち目皆無な戦は極力しない主義です。ここで呼ばないと後が怖い人なんですよ。だよね? リディヤ」


「ふふ――多少は、分かってきたじゃない」


 紅光を残し、僕の前にドレス姿の『剣姫』が出現。余程、機嫌が良いのか前髪が立ち上がり、揺れている。

 周囲の観客席の歓声が更に大きくなっていく。

 愛剣を納め手渡し――目を合わせ、笑い合い、頷く。

 ま、少しだけ試してみようか。

 レティシア様は獰猛な笑み。槍が止まる。


「面白い! 『剣姫』と『剣姫の頭脳』は二人で一人、と聞いている。これならば、面白い戦いに」


「え~いっ!!!!! ですぅぅ!!!!!」


「!」


 英雄様の頭上から、いきなり二振りの大剣が振り下ろされる。

 同時に、僕とリディヤも疾走。

 レティシア様は槍を頭上へ突き出し、奇襲したリリーさんの最大攻撃を受け止める。

 凄まじい暴風と炎が巻き上がり、張り巡らされている軍用結界が軋む。

 称賛。


「ほぉ! 見事な奇襲だっ!! そうか……おのこの指示か!!!」

「これでぇぇ!!!」


 鬩ぎ合いながら、リリーさんが『火焔鳥』を二羽同時発動。

 零距離で、容赦なく、一切の躊躇いなく解き放つ!

 対して、レティシア様は笑みを崩さず、


「むぅぅぅん!!!!!」

「っ!」


 リリーさんを弾き飛ばし、直後襲い掛かった『火焔鳥』を迎撃せんとし――凶鳥が消滅。僕の魔法介入だ。

 一瞬、エルフの美女が虚を突かれる。 


「む!?」

「レティおば様、此方です!」

「!!」


 間合いを殺した、リディヤが鞘から剣を真横に一閃。

 

 その速度――最早、神域。

 

 以前よりも更に速くなっている。

 並の剣士であれば、この時点で両断されているだろう。いやまぁ、両断する一撃を放つのもどうか、と思うけど。  

 

 ――が、『英雄』とは、紛れもなく人外中の人外。

 

 リディヤの一撃を何でもないかのように槍で受け、かつその威力をも受け流したのか、金属音すらしない。

 ますます、笑みを深めつつ跳躍。回転しながら着地。

 掛け値無しの称賛。

 

「見事! 『剣姫』の異名に相応しい一撃ぞっ!! 男の戦術意図を瞬時に見抜いての連携――うむうむ。若い者も中々やるでは、ぬぉっ!!!?」

「レティおば様」「間違ってますぅぅ」


「アレンは」「アレンさんは」「「もっと、酷いんですよ★?」」

 

 予定通り追い込んだ、レティ様の着地地点に仕込んでおいた『闇氷拘糸』が発動。

 更に、試製闇属性空間魔法『黒猫遊歩くろねこゆうほ』で飛ばしておいたリリーさんの二羽の『火焔鳥』が再出現し同時着弾。

 レティ様を中心点にし、凄まじい猛火が発生。

 普通の人なら、もう終わるんだけど。というか、死んでもおかしくないんだけれども……まぁ、無理だろうなぁ。

 ――リディヤとの『誓約』は、容易に魔力を繋ぐという、副産物を生んだ。

 予期していたとはいえ、使い方には今後、ますます気を付けないと。

 リディヤとリリーさんが僕の前へ。

 腐れ縁が御嬢様を睨む。


「……リリー、貴女が出て来る必要はないわ。下がりなさい!」

「え~嫌ですぅ~。ここで少しは点数を稼いでおけばぁ、次もアレンさんは助けてくださいますしぃ~♪」

「…………助けないです。次は、自力で頑張ってください」

「と、言いながらぁ~――貴方は私が困っていたら助けてくださいます。絶対に」

「…………」


 リリーさんが綺麗な、そして心底、信じきった笑顔を向けてくる。

 頬を掻き、視線を逸らす。

 これだから、このお姉さんには勝てないのだ。

 紅髪の公女殿下が目を細め『あーとーでー、おしおきぃ』。

 ……今日、僕は受難日なのかな?

 呼びかける。


「今の攻撃で、どうこう出来るとは思ってもいません。もう……終わりにしてもよろしいですか?」

「――……ふっふっふっ……ふっ、ハハハハハ!!!!!」


 猛火が千切れ、一瞬で消える。

 『勇士の中の勇士』とすら、謳われた歴戦の大英雄様は――当然の如く無傷。嫌になってくる。『火焔鳥』ってこんな簡単に破られる魔法じゃないんだけどな。

 瞳を輝かせ、身体をくゆらしながら、レティシア様が僕を見た。

 嬉しさの中には――強い郷愁。


「見事! 真に見事っ!! 男よ。『剣姫』の高き名『半ば以上がおぬしの功である』と以前から、内々には聞いていた。が! 今、はっきりと分かったぞ! この私、『翠風』――否!『』レティシア・ルブフェーラが断言しようっ! 男よ――新しき『流星』よ!!!!! おぬしは魔王戦争から二百余年で現れた数多の魔法士達、その頂点に立つ者だ。その名を誇るがいい!!!!!」

「…………過大な評価、有難く。ですが」


 観客席からその身を乗り出し、両拳が白くなる位に欄干を握りしめ、悔しそうにしている教え子の名前を呼ぶ。


「ティナ」

「! は、はいっ!」

「杖を貸してくれませんか?」

「!? はい!!」


 すぐさま、ティナが自分の愛杖を投げてくれる。

 それを一回転しながら受取り、周囲に魔法陣を形成。

 ――光を放ち始める。

 僕は真正面から褒めてくれた大英雄様へ微笑み返す。


「僕よりも遥か上へ行く子達を知っていますし――中には『天才』もいます。それも二人も」

「ほぉ! 名を言ってみよっ!!」

「一人は、リディヤ・リンスター公女殿下。少々、才があり過ぎて困っています。後で、お説教をお願いしたいのですが……」

「……ちょっと?」

「褒めてるんだよ。そして、もう一人は」


 肩を竦める。

 足下の魔法陣が完成。白蒼に輝き、僕達を包み込む。

 ――両肩に微かな重み。


「アレン♪」「手伝う♪」

「ありがとう。アトラとリアはいい子だね」

「「♪」」


 浮かんでいる幼女達が僕の両肩に手を置き、歌い始めた。おそらく、大多数の観客には見えていない。

 杖とステラの剣を交差させ突き出す。

 すぐさま、リディヤとリリーさんも剣を合わせてきた。

 腐れ縁が、従姉へジト目。


「…………リリー?」

「私はぁ~、今、実質的にぃ、アレンさんの『許・嫁☆』的な立場ですからぁ♪ ここまで、お披露目も終わりましたしぃ? 御父様もリンスターですしぃ?」

「!!!! …………あ、貴女、初めから、その、つもりだったのねっ!? き、斬って、も、燃やすわよっ!? どどど、どう考えても、そ、そういうのは――……わ、わ、私からで…………う~!!!!!!!!」


 リディヤが拗ね『いい? そんなことしたら、ぜっったいに亡命するからねっ!!』。しません。

 僕は、呆れながらも魔法式を組んでいく。

 レティシア様は満面の笑みを崩さず、槍の穂先に風属性極致魔法『暴風竜』を八つ準備しながら、待ってくれている。


「もう一人の名は、ティナ・ハワード。僕が知る限り、『天才』とは、リディヤとこの子の為にある言葉です。この名、覚えておいてください。――いきます!」

「しかっ、と覚えたっ! ――こいっ!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る