第11話 戦闘狂

 リンスター公爵家は、言わずと知れた武門の御家柄。

 公爵家はもとより、他の分家、幕下の各家々にも必然、傑物、猛者、勇士は綺羅星の如し。

 ……そう、こんな感じで。


「もらったっ!」「この距離ならば……」「我が一撃、受けてみよっ!!!」


 前方左右、更には後方から、三振りの一撃が僕へ襲い掛かる。

 何れも鍛え抜かれた自らの身体と、熟練の身体強化魔法により、恐るべき速度と重さを持つのが嫌でも分かる。

 一撃でも受ければ――容易に死ぬ。何せ、真剣だし。

 ……嗚呼、どうして、何で、こんなことにっ!

 暗澹たる思いを抱きつつ、腰からリディヤの愛剣を抜剣。

 左右の剣を弾きながら、その反動も使って回転し、後方の十字槍を受け流し、包囲網からどうにか脱出。

 わざわざ軍事演習場に作られた臨時観客席からは、大歓声。


「おおおおお!!!」「遂に、遂に……剣を抜いたぞっ!!!!!」「最終組にして、ようやくね」「! 今の動きは」「ああ。リディヤ様によく似ている」「これが、『剣姫の頭脳』!」「噂に違わぬ! ――否! 噂以上だ!!」「本家からの寵愛を受けるも納得だな」「武だけでなく、内向きのこともフェリシア・フォス嬢以上ということだが……」「本当だとしたら」「『怪物』という言葉すら足りぬ」


 ……激しく、激しく、否定したいっ!

 僕を追い詰めていた騎士三人が向き直り、獰猛な笑みを浮かべる。

 楽しくて、楽しくて、仕方ない! と言う感じだ。

 剣を構える二人の騎士は、それぞれ、リンスター家幕下のユーグ侯爵家、ポゾン侯爵家の御子息。

 十字槍を持ち、目を爛々と輝かせているのは、王国南方軍最強部隊『紅備あかぞなえ』を代々率いる、イヴリン伯爵家の四男様らしい。

 三人共、僕やリディヤ、リリーさんよりも歳は上。二十代前半といったところ。

 

 ――それぞれが、紛れもなく勇士。どう、考えても勇士!


 そんな人達相手に僕は一人。酷い。

 ――リュカ・リンスター様が、リリーさんの為に用意したお婿さん候補は合計で十二名だった。

 そして、演習場でその人達を見たリサさんとレティシア様は、僕へ無慈悲にこう告げたのだ。


『アレン、この十二人相手に、一人ずつやっても結果は見えているわ』

『三人一組で良かろうて。まぁ……それでもちと厳しいだろうがなぁ』


 当然、お婿さん候補の人達の戦意は燃え上がった。

 ……その間、リリーさんがずっと、僕の左腕を抱きしめていたのも良くなかったのだろう。結果、頬を膨らましたリディヤ達まで『一対三でやるべき』と宣告。

 フェリシアは『知りませんっ! 私を虐めた罰です! ふんだっ!』。…………もう、明日から早朝、一緒に仕事しないよっ!?

 孤立無援となった僕は、心中で泣きながら、戦い続け――どうにか、最終組までやってきたのだ。頑張った。とっても頑張った、と思う。

 僕は、ふっ、と息を吐き、三人の勇士へ告げる。


「少し待ってください。連戦に次ぐ連戦で息が切れました」

「「「…………」」」


 騎士達は剣を槍を構えながらも、同意してくれる。

 ほろり、としそうになりながら、少しだけ乱れた前髪を掻きあげ、懐から、煙草入れを取り出す。

 開始前にアンナさんが『リチャード坊ちゃまの物でございます。やるのであれば、徹底的に、がよろしいかと♪』と渡してきたのだ。

 言外の意味は――『吸う振りでも良いので、よろしくお願いします★』。

 案の定、観客席の各所ではメイドさん達が映像宝珠を構えている。

 一本取り出し口に咥え、火を点け――天を仰ぐ。

 良い天気だなぁ……。

 観客席から、物が複数壊れる音。更には、大歓声。リディヤの魔力が激しく鳴動し、炎羽、氷華、雪華、紫電が舞い踊り、突風が吹き荒れ、よく分かっていないだろうけど、楽しいのか、「「♪」」、アトラ達の声にならない歌も聞こえて来る。

 煙草を放り投げ炎魔法で掻き消し、恭しく御礼を述べる。


「ありがとうございました。御厚情、感謝を」

「おうよ!」「次は逃さぬ」「ゾクゾクするっ!」


 騎士達が、にかっ、と笑う。いい人達だ。みんな、顔も心根もいい。

 ……もう、この人達でいいんじゃないかなぁ。

 ちらり、と、観客席の紅髪の御嬢様を見やる。

 唇が動いた。


『わざと負けたりしたら、秘密の宝珠を大公開しますね☆』


 …………此処に立った時点で、僕の勝ちはなかった。

 黄昏つつステラの愛剣も引き抜き、左右の剣を無造作に構える。


「「「!」」」


 目を見開き、更には犬歯を見せ、魔力を活性化する三人の勇士へ微笑む。


「待っていただいた御礼です。ちょっとした術を御見せしましょう」

「面白いっ!」「破って見せよう」「先陣は我が家の特権だっ!」


 そう叫ぶと、槍士が最短距離を疾走。

 風魔法で加速された、必殺の突きが放たれ


「!? なっ!!」


 一閃させた、ステラの剣から発生した氷の蔦が槍を拘束。

 更に、その蔦から無数の風刃が襲い掛かり、槍を分解。

 それでも、瞬時の判断で得物を捨て、後退してみせたのは流石の一言。

 僅かに遅れて騎士二人は僕を左右から挟撃。

 リディヤの愛剣で、左の剣を受けつつ炎で燃やし、散った炎が雷へと変化。右の剣を打ち据える 


「炎とっ」「雷の同時発動、だとっ!?」

「厳密には、炎・雷・風・氷――次いでに、水・土もですね」


 これまた、見事な判断で愛剣を捨て、短剣を抜き放ちつつ後退した騎士三人の足下が泥濘化。一時的に動きが鈍る。

 リディヤの剣を振るい、光属性初級魔法『光神弾こうじんだん』で包囲。

 容赦なく一斉射撃を開始。

 だが、そこは勇士三人。

 如何な最速を誇る光魔法とはいえ、所詮は初級魔法。

 自分達の分厚い魔法障壁は抜けず致命傷にはならない、という判断の下、再度突撃を敢行。躱し、弾きながら距離を詰めようとする。

 僕はステラの剣を振るい、氷属性中級魔法『氷神鏡ひょうじんきょう』を八連発動。

 躱され、弾かれた『光神弾』を乱反射。

 分厚い、魔法障壁の一か所に射弾を集中。


「うぐっ!」「馬鹿なっ!?」「どういう、制御技術をっ!」


 致命傷には程遠いものの、魔法障壁の一部を貫通された鈍い打撃に勇士三人が呻き、足を鈍らせる。好機。

 二振りの剣を同時に振るい、地面から試製二属性魔法『闇氷拘糸あんひょうこうし』を多重発動。

 地面全方位――そして、から襲い掛かった、不斬りの糸で雁字搦めに。


「うぐっ!」

「あ、あり得ぬ! こ、このような魔法制御など……」

「…………世界は広い、か」


 三人が地面に転がった。身体強化魔法に介入、打ち消し、双剣を納め――リサさんへ視線を向ける。

 白い磁器製のカップを置かれ、リンスター公爵夫人が宣言。


「そこまで。勝者――アレン!」


 静寂後――凄まじい大歓声が巻き起こる。

 僕は頬を掻きつつ拘束を解き、三人へ会釈。

 ……強かった。

 剣と槍に拘らず、攻撃魔法を使ってきたのなら、もっと苦戦しただろう。

 まぁ……そういうことをしないからこそ『勇士』なのだけれども。

 演習場にリリーさんが出てきた。

 ふわっ、と微笑んでくる。


「お疲れ様でした♪」

「…………疲れましたよ。もう、次はしません!」

「え~♪ アレンさんはぁ、そう言いながらも、助けてくださると思いますぅ☆」

「……まったく。リュカ閣下、これで、リリーさんへの無理な婚姻はお止めいただけますね?」

「…………仕方あるまい。約束は違えぬっ!」


 苦い顔をしたリュカ様が頷く。

 はぁ…………良かった、のかなぁ?

 でも、どうやら、これで――


 ゾワリ、と背筋が震えた。

 

 咄嗟に、リリーさんを風魔法で観客席へ吹き飛ばし「きゃっ!」。

 僕もまた、全力後退。

 双剣を抜き放ち、上空からの神速の突きを――……まともに受けるのは拒否。

 槍が掠めた箇所だけに『蒼剣』を発動。

 受け流しつつ、足下に試製三属性魔法『氷雷疾駆ひょうらいしっく』を発動。全力で間合いを取る。

 音もなく着地し、あれ程の一撃だったにも関わらず地面を一切穿ちもしなかった、相対せし『勇士の中の勇士』様は、それはそれは美しき愉悦の笑み。

 恐ろしいことに翡翠髪は光り輝き、それに同期して、周囲にははっきりと翡翠色の風が渦を巻いている。

 …………魔力の桁が、何桁か違うんですが?

 げんなりする僕を褒めてくる。


「ほぉぉ。我が一撃をあのように受け流すとは! 流石よの。ふふ♪ ふふふ♪ ふっふっふっ♪ 滾る、滾るぞっ! このようになるは、八つ首の大蛇と死合うた、百年前以来か♪」

「…………どなたか、説明願います」

「御説明、致しましょう!」


 映像宝珠を掲げつつ、リサさんの隣のアンナさんが手を挙げた。

 ……聞いておいてなんだけど、聞きたくない。


「『翠風』レティシア・ルブフェーラ様は、その昔、やんちゃをされていた時代――戦闘狂として大陸西方は言うに及ばず、大陸全域にその名を知られていたのでございます。アレン様の御勇戦振りを見られて」

「…………昔の血が騒いだ、と?」


 ジト目で、浮き浮きな翡翠髪の美女を見やる。

 美しきエルフの『英雄』様は槍を、くるり、と回し、破顔。

 ……尻尾はない筈なのに、ぶんぶん、振っている尻尾が幻視。


「うむ! 良いだろう? 良いではないかっ! おのこならば、我にも甲斐性を見せてみよっ!!!!」

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