幕間―1 後輩魔女と伏竜

「…………で、何の御用ですか? 先輩」

「テト、そんなに警戒しないでおくれよ。これでも、傷心なんだから」


 悪夢の如き祝勝会兼誕生日会から数日。リンスター公爵家御屋敷の一室。

 僕はここで可愛い後輩少女――テト・ティヘリナとお茶を楽しんでいた。

 今日も何時もの魔女っ娘姿。

 帽子は外しているので、小さな二本の角が見えている。

 紅茶が入った白の陶磁器製カップを抱え、テトは警戒態勢を崩さない。疑惑の視線。けれども、僕の手紙を受け取ってすぐにアンコさんと一緒に来てくれるあたり、この子は本当に良い子だ。

 ソファーの上のアンコさんが同意するように鳴いた。


「あ、リディヤ先輩から聞きました。凄かったらしいですね。ふふ……これで、先輩も有・名・人★ ですね? 水都でも、神様の御遣い同然なんじゃないですか?」

「……テト」

「嫌です。変わりません。私、王都愛猫会の御仕事が最近、忙しいんです。……教授を捌く――こほん。裁かないといけないので♪」

「程々にね」


 アンコさんを撫でながら苦笑。

 部屋の中には、僕とテト、それに教授の使い魔である、黒猫姿なアンコさん。もう一人は、少年を呼びに行ってもらっている

 リディヤ達は、現在、王都へ帰る為の準備中。

 テトが尋ねてくる。


「先輩、まだるっこしいことは無しでお願いします。御話を聞かせてください。何でも聞きはします、聞きは。ただし、無理無茶はダメです。私は一般人代表なので、リディヤ先輩や先輩が出来るからって、出来るわけではありませんから!」

「……テトが『一般人』? 中々、面白い冗談だね。その称号は、教授の研究室内において唯一! この僕だけが名乗ることを」

「『翠風』様と真っ向勝負する人は、人外の人外です★ 西方出身者が聞いたら、それだけで崇められちゃいますよ?」

「…………アンコさん、テトが、あの可愛らしかったテトが、僕を虐めるんです。時の流れは残酷ですね……。イェンと一緒に住んでいるのに、何時まで経っても教えてくれませんし」

「!?!!! に、に、にゃぜ、そそそ、それをっ!?」


 テトがカップの中の紅茶を零さないまま、器用に跳び上がった。

 頬は瞬時に真っ赤。首筋まで赤く染まっている。

 僕は足を組み、肘をつきながら、ニヤニヤ。


「可愛い後輩達の、楽――こほん。からかえる話は逃さないのが信条なんだ」

「い、言い方、言い方がまったく直っていませんっ! え、えと、えと……あの、その…………か、隠していたわけじゃないんです、よ? だ、第一、せ、先輩が研究室に来られないのがいけないんですっ!! そうですっ!!!」

「ふむ……で、結婚式は何時」

「!?!! しししし、しないですよ!? わ、私とイェンは、あのその……ふ、二人共、そ、そこまでお金があるわけじゃないから、い、一緒の御部屋に住んでいるだけであって…………付き合っているわけじゃ、ないですし……」


 テトの声がどんどん小さくなっていく。

 ……おっと、これ以上はまずいか。

 膝上のアンコさんが僕のお腹を叩く。イェンは、帰ったらお説教だ。

 カップの紅茶を一口。

 入り口の木製扉が突然、開いた。


「もっどりましたぁ~♪ アレンさん~もう少しでお越しになられますぅ~」


 やって来たのは紅髪の年上メイドさん。

 また、何時もの矢柄の服に長いロングスカート姿に戻っている。曰く『こっちの方がぁ~しっくりとくるんですぅ~』。

 そのまま、さも当然、といった様子で僕の隣へ座る。

 一瞬で帽子を被ったテトがジト目。


「…………先輩、この方は」

「ん? ああ、直接は、まだ紹介していなかったか。この人はリンスター家メイド隊のリリーさん。こんな格好をして、自称メイドさんを名乗っているけれど……困ったことに第三席なんだ。世の中、よく分からないよね」

「酷いですぅ~! 私はメイドさん、メイドさんですっ! この前は、私の為に、勇ましく戦ってくださったのにぃぃ!!」

「はいはい。もうしませんからねー」

「はい、は一回ですぅ~。いいえ! アレンさんは何度でもしてくれると思いますうぅ~♪」


 僕とリリーさんの軽口を、じっと、聞いていた後輩少女はカップを置き、少しばかり考え、手を叩いた。


「――……ああ! なるほど。理解しました。貴女もコロリと引っかかった口ですね? その髪色からしてリンスター公爵家の血筋。にも関わらず……リディヤ先輩を恐れず、先輩に近づくその胆力。素直に凄い、と思います。頑張ってください。応援はします。応援だけは。とりあえず、先輩は何かしら罪状をでっち上げ――……この際です、後輩一同の鬱憤、不満、その全てを結集し、王都で後輩裁判ですね★ 何人、女の人を誑し込めば気が済むんですか? 何時か刺されますよ?」

「……後輩が頼もしくなり過ぎて、僕は嬉しいよ」

「えへへ~♪ 引っかかっちゃいましたぁ☆」

「リリーさんも悪乗りしないでください。あ、来たようですね」


 ノックの音がした。

 それだけで極度に緊張しているのが分かる。


「どうぞ、開いています」

「し、失礼、します!」


 入って来たのは少年だった。

 髪は極薄い青色。肌は白く、魔力も微弱で身体も細い。瞳には極度の緊張。

 僕は手を挙げる。


「やぁ、ニコロ。よく来てくれました。さ、座ってください」

「は、はいっ!」


 手と足を一緒に出しながら、僕の隣へ。

 少年は頬を紅潮させ、テトを見ている。

 困惑したテトが僕を見てきたのでニヤリ。すぐに視線を外された。


「テト、紹介するよ。この子はニコロ・ニッティ。ニッティ家は知っているよね?」

「…………知っていますけど。先輩が此度の南方戦役で奪い取った、侯国連合の柱石の一角、とも言える一族ですよね? 金貨や土地よりも人材を取るなんて、相変わらず、やることがエゲツナイです」

「褒めても何も出ないよ?」

「……褒めてませんっ!」

 

 その間もリリーさんは御茶菓子を摘まみ、肩を預け中。紅茶も足してやる。

 テトは帽子のつばをおろし――逃走を考えるそぶり。分かりやすい。

 僕は少年に話しかける。


「ニコロ、この子が僕の大学校の後輩で――来期、大学校史上最年少で『竜魔の塔』に研究室を持つことがしている、『星魔せいま』テト・ティヘリナ」

「!?!!! 先輩っ!?!!!」


 テトの顔が驚愕に染まり――すぐさま、その場に立ち上がり、僕へ指を突き付けてきた。


「……は、は、犯人は貴方ですねっ!!!」

「残念。僕と教授とアンコさんだよ」

「ぐぅっ! い、何時の間に……わ、私達の情報網はいざ知らず、王都愛猫会の情報網に引っかからないなんてっ!」

「はっはっはっー。テト、まだまだ、君に後れを取る僕や教授じゃないよ。リディヤも『いいんじゃない? 夢とか言っている、小さな魔道具屋は無理ね。一ヶ月で潰れるわ』と全面賛成してくれたしね」

「…………リディヤ先輩ぃぃぃ」


 テトが、ガクリ、と肩を落とし、ソファーにへたり込む。

 僕は追い打ち。


「当然、イェンも了承済みだよ」

「……イェンの、はくじょうものぉ。…………先輩、夜道にはくれぐれも気を付けてくださいね?」 

「え? 夜這い?? それはちょっと……イェンに殺されてしまうよ」

「うぐぐぐぐっ!!!!」

「アレンさん、アレンさん。後輩さんをからかうのが~楽しいのは分かるんですけどぉ~待っている子がいますよぉ?」


 左頬を、リリーさんに優しく突かれる。

 おっと、いけない。

 可愛い後輩をからかうのが楽しくて本題を忘れていた。


「ああ、そうでした。テト」

「は、はいっ!」


 魔女っ娘の背筋が伸び、僕の言葉を待っている

 僕は少年の頭に手を置き、本題を伝達。


「君にこの子――ニコロ・ニッティを託しますね。才は十二分以上です。導いてあげてください」

「………はっ?」


 テトが呆けた声を出し、僕を見つめてきた。

 ありあり、と視線で『むーりーでーすー……』と訴え、次いで口を開き


「全力で」「断るのはなし」

「……せんぱいぃぃ」

「泣き言も聞かない。厳密にはもう一人、女の子がいるからね。ニコロ」

「は、はいっ! テ、ティヘリナ師匠、よ、よろしくお願い致します」


 少年が立ち上がり、深々と頭を下げる。

 テトは激しく動揺。


「し、師匠、というのは止めてください」

「では、御師匠様! ぼ、僕、一生懸命、がんばりますっ!!」

「………………」


 キラキラしたまるで子犬のような円らな瞳。そこに邪気は皆無。

 ……ああ、これは厳しい。

 テトは視線を受け「ま、眩しっ……」と呟き、ソファーに倒れ、ばたばた。

 そして僕へ恨み節。


「……分かりました。不肖の身ですが御受けします。た・だ・しっ! 先輩も手伝ってくださいねっ!! 王都に戻りしだい、教え子裁判ですっ!!!」

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