第53話 真打ち 上

「リィネ! 秘密の島ってあそこじゃないですか!! 黒煙が上がってますっ!!!」

「……見えています。私の方が目はいいんですから。もうっ! どうしてエリーじゃなくて、首席様が私と一緒のグリフォンなんですか。今からでも遅くありません。代わってください。ほら、飛翔魔法か転移魔法でっ!!」

「どっちも、超々高難易度魔法じゃないですかっ!!! そうやって、すぐ、私をからかってっぇぇぇぇ」


 グリフォンを操りながら、背中のティナと言い合います。

 まったく、この首席様は。

 兄様が危ういかもしれないのに、能天気なんですから……はぁ。姉様の事だってある――後ろから頬っぺたを軽く引っ張られました。


「ヒィナ、ひょっと」

「――……大丈夫です。大丈夫。先生は凄くて、強い人です。あんな人達に負けたりしません。リディヤさんだって、そうです」

「ぷはぁ。ふ、ふんっ! そんなの分かってます!!」

「む! 人が折角、泣き虫リィネを慰めてあげたのに、その言い草ですか!!」

「な、泣いてなんかいませんっ! 事実を歪曲しないでくださいっ!!」


 後方を飛んでいた、ステラ様とエリーが乗るグリフォンと、カレンさんのグリフォンが速度を上げて、私達の前に出ました。

 風魔法で、ステラ様、エリー、カレンさんから通信が入ります。


『ティナ、リィネ、先陣は私達が貰うわね』

『お、お先ですぅ』

『言っておきますけど、貴女達の行動は後で兄さんに全部報告します』

「「!?」」


 思わず、ティナと顔を見合わせ、頷き合います。ここは一時休戦です。

 とにかく、兄様をお助けして、姉様を――……突然、グリフォンが飛行を止めました。つんのめり、もふもふな毛に顔が埋めります。背中にティナがぶつかってきました。


「「ぷふっ……」」


 同じ呻きを出します。

 ……いったい何が。

 周囲を見渡すと、私達だけでなく他のグリフォン達もその場で滞空しています。

 リンスター家が幼獣から育て上げ、どんな戦場にも進んで飛び込む勇猛果敢なこの子達が…………怯えている?


『あ、あれ! あれを見てくださいぃ!!』

『!』

 

 エリーの声が耳朶を打ちます。

 ――ようやく、見えて来た小島は黒炎に包まれていました。

 前方の海面では、明らかに軍用帆船が大破炎上、沈没しつつあります。 

 ステラ様の呟きが伝わります。

 

『いったい、何が……』 

『あのあの……炎の中に、だ、誰かいますっ!』


 私達の中で魔力感知能力が一番高い、エリーがステラ様に抱き着きながら前方の島を指差しました。……見えません。

 ただ、これだけ距離を取り、数十の魔力障壁を張っているのに、肌がチリチリと焼けるのを感じます。

 私は呟きます。


『……姉様です』

『リディヤさん?』『り、リディヤ先生?』


 ティナとエリーの戸惑った声。

 対して、年長組のステラ様とカレンさんは冷静でした。グリフォンを叱咤。前進を再開させます。


『ステラ様! カレンさん!』

『リィネ、今はアレン様優先よ』

『リディヤさんが暴れているのなら、兄さんは近いです。急ぎますよ!』

『テ、ティナ御嬢様! リ、リィネ御嬢様っ!!』


 エリーが私達を呼びます。

 私は、手綱を痛い位に握りしめます。

 ……皆さんはしか知らないから楽観的でいられるんです。 

 昔の姉様が時折見せていた……あの硝子玉みたいな瞳を思い出すと、身体が竦みます。


「えい」

「ひゃっ! テ、ティナ!? 何をするんですか!!」

 

 突然、ティナが私の首元に小さな氷片を落としました。 

 私が怒って振り向くと、ティナは真剣な表情で告げました。


「……リィネ。今は行動する時です。リディヤさんが変なのは、私だって分かってます。でも、でも……それでも! 私達が先生を助けないとっ!」 

「っ! そ、そんなの……わ、分かってますっ! 行きますよっ!!」

「きゃっ! リ、リィネ!」


 グリフォンに手綱で指示を出します。最高速度です。

 ――多分、私一人だったら、ここまでだったかもしれません。

 でも、私には


「……背中を押してくれる、友達がいますから」 

「え? 何ですかっ!? 聞こえないですっ!!」

「――……口を閉じていないと、舌を噛みますよ?」

「!?!! ち、ちょっ、リ、リィネ~~~~~!!!」


 グリフォンを急降下させます。後ろからティナの悲鳴。

 ――大丈夫です。

 兄様をお救い出来れば、姉様も、きっと、きっと!


※※※


『いったい、ここで何が……』

『………………』

『あぅぅぅ……』

『これを、リディヤさんが……?』


 小島上空に達した私達は、状況に呆然としていました。

 炎上……いいえ、そんな規模じゃありません。島自体が禍々しい漆黒の炎によって焦土と化そうとしてます。

 島から少し離れた湖面には、必死に離れようとしている外国の軍人達と、何かに撃たれたらしい……死体。

 生きているかのような黒炎が、集束していきます。

 そこにいたのは


「あ、姉様……」


 戦場に似つかわしくない漆黒のドレス。背には黒炎の八翼。

 周囲を見渡され、『真朱』を振るわれる度、島の地形が変わっていきます。

 誰も、喋ろうとしません。後ろのティナが震えています。

 まさか……まさか、こんな、こんなっ!

 ――カレンさんがグリフォンの背で立ちあがりました。

 そして、ひょい、と飛び降り、姉様へ急降下。

 

「……何を、しているんですかっ!!!!! 貴女はっ!!!!!!」


 風魔法を使わないで轟く、カレンさんの凄まじい怒号。

 気怠そうに姉様が上を向かれ、剣を振るわれました。


 ――『真朱しんしゅ』と『深紫しんし』が激突。

 

 大気が震え、無数の炎羽と紫電が渦と化します。

 はっきりと分かるのは……姉様とカレンさんの怒り。そして、焦燥。 

 ステラ様が、私に手で合図をしてきました。

 グリフォンを降下させ、飛び降ります。

 獣耳と尻尾を逆立たせているカレンさんと、構えてすらいない姉様が相対。

 ――姉様が、降り立った私達を見ます。

 ゾワリ、背筋に寒気が走りました。

 その瞳は虚無。エリーが震え、ステラ様の左腕に抱き着いています。

 何か、何か言わなければ。

 震える声で、言葉を口にしようとした――……その時でした。


『!』


 私達は、一斉に空を見ました。

 ――……何かが、来る!

 姉様の囁きが妙にはっきりと聞こえました。


「――……こんな世界を守る偽善者なんかに用はないのよ?」


 黒翼が揺らめき、数百の黒炎槍に。

 超高速で降ってくる白き『何か』を迎撃します。

 声が降ってきました。


「紅い弱虫毛虫。紅くなくなって、単なる弱虫迷子になった」


 閃光。

 数百の黒炎槍が一撃で砕かれ、消失。

 ――そして、少女が降り立ちました。

 長い白金髪をしていて、人形の如き美貌。折れそうな程に華奢な身体をし、腰に何の飾りっ気もない片手剣。背は、私やティナと変わらないように見えます。

 無造作に、私達よりも前へ出ます。

 初めて、姉様の瞳に虚無以外が浮かびました。


「――……『勇者』アリス・アルヴァーン」

「弱虫迷子。『星』を見失って、歩き方も忘れたの?」

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