第56話 陥穽

 『賢者』の嘲笑が聞こえた瞬間、僕は全力で植物魔法を発動していた。

 禁忌魔法『緑波棲幽』には及ばないものの、枝と根の津波が空中の少女を男を呑み込んでいく。


「リディヤ、シェリル! 後退!! アリス達と合流を最優先っ!!!」

「了解っ!」「あ! ち、ちょっとっ!?」


 リディヤが僕の左腕を掴み、半ば抱きしめるような形で、大聖堂の入り口へ向かう。

 対して、半瞬だけ出遅れたシェリルは杖を思いっきり振り、無数の光弾をふわふわと布陣させながら、追いついて来る。


「リディヤ! 代わってっ!! 貴女の方が、近接戦闘は強いでしょう!」

「戦績は五分でしょう? それに――」


 後方から衝撃波が走り、僕の植物魔法が悉く砕け散った。

 同時に破片と破片が氷で結ばれ、妨害の糸となる。

 けれど、捕らわれた黒髪の少女は意に返さず、次々と手で引き千切り――シェリルの魔法が起動。

 閃光と共に、連鎖爆発を引き起こしていく。

 リディヤが何時になく切迫感のある表情で、吐き捨てた。


「足止めなら、あんたの方が多少は上よ。今はその『多少』が重要。……あの怪物を私達だけで相手すれば、無理無茶を趣味にしている私のアレンが傷つきかねないわ! 『殿は僕が』とか言い出しかねないでしょう?」

「ぐぅ! ……『私の』という点については徹底抗戦するけれど、他の部分については全面同意するわ。確かに、何処かの誰かさんなら、そう言うのは間違いないしっ!」

「…………数少ない同期生が、僕に厳しいんだ。相談に乗って欲しいな」


 僕は二人に迫られ、乾いた笑いを零した。

 そ、そんなに命を懸けてはいないと――僕達と共に飛翔していた『氷鳥』が警戒の鳴き声を発した。

 咄嗟に叫ぶ。


「リディヤ!」「分かって、るっ! シェリル、右っ!」「ええっ!」


 紅髪の公女殿下が僕から手を離す。

 紅と白の光が空中を駆けた。


 ――灰光を放つ『盾』ごと装甲が切断され、砕ける音。


 突如、左右から襲い掛かって来た魔導兵が、リディヤの『紅剣』とシェリルの回転蹴りを喰らい、一撃で戦闘不能に陥る。

 灰色の光が瞬いて蛇のように伸び、致命傷を負った胴体を再生させようとするも――氷華が舞い、傷口を凍結。鎧の中にも入り込み、沈黙。

 二体の魔導兵は落下して、砕け散った。

 ――入り口方向から、拍手。

 後方にいた筈の『賢者』が入り口前に立っていた。


「見事だ。乱造品とはいえ『光盾』『蘇生』、そして『石蛇』の力を分け与えられた魔導兵を問題にせぬとは。……だが!」

「「「!」」」


 男が指を鳴らすと、大聖堂全体が赤黒い結界に包まれた。


『やっ!』


 心中のアトラが激しい嫌悪を示し、氷鳥が激しく翼を震わす。

 ……これは。


「『八神絶陣』を元にした結界か!」

「この結界ならば、恐るべき『勇者』が相手でも、多少はもつ。まだ、をここから出すわけにはいかぬのだ。それが聖女の計画だからな」

「――……はんっ!」


 純白の『火焔鳥』が飛翔し、『賢者』を呑み込み、焼き尽くしていく。

 続けて、シェリルが杖を掲げ――


「せいっ!!!!!」


 思いっきり、入り口へ向けて投げつけた。

 ――僕とシェリル、とで魔法制御。

 杖の穂先に光が集束し、渦を巻き、貫通力を極大化させる。

 すると、炎の中から男が飛び出し、短剣で迎撃。あれだけの炎を浴びながら、ローブが燃えていない。

 桁違いの魔力と魔力とがぶつかり合い――


「ぐっ!?」


 悲鳴のような金属音と共に、男の短剣ごと左腕を吹き飛ばした。

 僕は後方から少しずつ近づいてきている黒髪少女の気配を感じながら、二人の名前を呼んだ。


「……リディヤ、シェリル」

「戦いは先手必勝よ」「勝てば官軍! とうちの家では伝承されています。『戦いには勝てば、どうとでもなる』っていう意味らしいです!!」

「…………僕は、君達の教育を何処で間違えたのかな。で? 終わりなら、通してほしいんですが?」

 

 左腕を押さえている男へ問う。

 自分の血が珍しいのか、傷口を押さえ真っ赤に染まっている右手を見やり、『賢者』は唇を歪ませた。


「――……見事だ、新たな時代の『流星』よ。汝の技量、魔法制御、という面において、かつての『流星』を超えている。だからこそ」


 指を鳴らす音。

 大聖堂の高い高い天井に戦術転移魔法が発動するのが分かった。

 ……増援? だけど、殆ど魔力は感じない。

 後方で、シェリルの光弾が起爆していく。リディヤが注意を喚起する目線を僕へ向けてきた。そんなに時間はない。

 男の傷口から『蛇』が飛び出し、左腕を形成していく。


「お前には、初代『勇者』の遺したもう一振りの『剣』、光龍の剣を継承した――【エーテルフィールド】と戦ってもらわねばならんのだよ」

「……御断りします、と言ったら?」

「あの者が死ぬ」


 そう言うと、『賢者』は唇を歪め、頭上を指差した。

 僕とリディヤは視線を向け――


「……ここでかっ」「……ちっ!」


 陥穽に嵌ったことを理解し、歯軋りした。

 天井に巨大な鳥籠がかけられ、中には男性が横たわっている。意識はないようだ。

 ――フェリシア・フォスの父親、エルンスト。 

 シェリルが叫んだ。


「追いつかれるわっ!」


 光弾が起爆し、砂煙が巻き上がる中――赤黒く染まった剣を手に持つ黒髪の少女が姿を現した。

 『賢者』の身体が浮かび上がり、頭上から嘲笑う。


「『欠陥品の鍵』よ! 新しき時代の『流星』よっ! さぁ、どうする? あの男には価値がない。見捨てても大局に影響もないだろう。……だがぁ」


 男が初めて、フードの縁に手をかけ――視線が交錯した。

 ただただ、人を、世界を、全てを憎悪仕切っている復讐者のそれ。

 僕は魔杖を握り締め、リディヤとシェリルに背を向けた。

 ――黒髪の少女は僕、『賢者』は二人、という意思表示。

 少女二人が歯を食い縛るのが音が聞こえた。

 男が嘲り笑う。


「お前には無理だろう? 敗因は――……聖女を甘く見過ぎたことだっ! さぁ、『勇者』が……【雷姫】の末がやって来るまで、精々足掻いてみせるがいいっ!!!!!」

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