第55話 蒼薔薇の大罪

「……人がいない?」


 大聖堂へ突入した僕達に対する迎撃は一切なかった。

 それどころか、聖霊教の信徒達すらもおらず、机や椅子すらもない。

 立ち並ぶ大理石製の大柱に彫られているのは、花々や双剣。膝まづく人々。まるで、霊廟だ。

 ……禁忌魔法を発動している使徒達は此処にいないのか?

 リディヤと張り合うように、広い聖堂内を駆けるシェリルが振り返った。


「アレン! 強力な阻害魔法が張り巡らせているわ。全域探知する為に、魔力を繋いでっ!!」

「え? あ、うん」「あっ! こらっ!!」


 勢いに負け、王女殿下の左手を取り――魔力をごく浅く繋ぐ。

 シェリルは、ぱぁぁぁ、と表情を綻ばせ、頬を薄っすらと染めた。


「ありがと☆」

「うん。よろしく」「むぅ~……」


 心底不満気な紅髪の公女殿下は唸り、僕へジト目。

 そして、隣ではしゃいでいる親友を詰る。


「……そういう所、王立学校時代とまるで変わってないわね。夏季休暇の時、大穴に落ちた時と同じ手を使うなんて。仮にもウェインライト第一王女として、どうなわけ?」

「必要な事だもの。そ・れ・と・も、リディヤ・リンスター公女殿下は。私よりも探知魔法が上手なのかしら?」

「ぐっ! ――……ねぇ」

「て、適材適所、じゃないかな?」

「う~……」


 リディヤが巧みに速度を落として、わざわざ僕へジト目を向けてきた。相手がシェリルだと、子供みたいなんだよなぁ。

 苦笑しながら――鋭く指示する。


「シェリル! リディヤ、前へ!」「ええ!」「了解!」


 王女殿下は杖を大きく振り――光属性上級魔法『光帝戦図』を発動させた。

 眩い光が阻害魔法を吹き飛ばしていく中、リディヤは僕達の最前方へ。

 鋭い視線を大聖堂最奥へ向け、剣先に『火焔鳥』を紡いていく。

 僕はシェリルの魔法を補助しつつ、問う。


「どうだい?」

「――使徒達は魔工都市内にいないわ。他の異端審問官達や聖霊騎士もいない。いるのは」

「あいつだけみたいね」


 疾走していたリディヤが急停止。

 剣を前方へと向けた。

 簡素な台座の上に、フード付きローブを羽織った男が立っている。

 ――『賢者』。

 僕を守るように、前へと出たリディヤとシェリルが剣を杖を構える。

 並走していた氷鳥も、花竜の杖の上に停まった。

 男が口を開く。


「来たか……見事と言えば見事。凡百の者ならば、『人造吸血鬼』『人造天使』で詰んでいる。属性を忘れた【龍】や使徒の……何という名前であったか。まぁ良い、あの未熟な使徒が自慢していた禁忌魔法では、足止めにしかならぬわな」

「そして、貴方自身も魔力を消耗している」


 魔杖に魔法を紡ぎながら、指摘する。

 どういう原理かは分からないものの、自身の分身体を遠隔操作するのは相当な魔力を消耗するようだ。

 男がフードの際に触れた。


「……確かにな。聖女は人使いが荒くて困る。目的の為、年上は労わってもらいたいものだ」

「御託はいいわ。あんたの選択肢は二つよ。私達に倒されるか。私達に投降して、洗いざらい吐くか」


 リディヤがリンスターの誇る秘伝『紅剣』を発動させながら、冷たく言い放った。

 シェリルも、杖を回転させ、


「貴方が本物か偽物なのかは分かりません。分かりませんが、止めなくてはならないことは分かります!」

 

 穂先に光の槌を形成した。

 『剣姫』と『光姫』の揃い踏み。

 並の相手なら掠りしないだろう。

 けれど、男はおどけた様子で返してきた。


「これは恐ろしい。最も濃く【魔女】の血を残しているリンスターと、恐るべき大罪人である【蒼薔薇】の末。そこに欠陥品とはいえ【鍵】もつく。未熟な使徒共を先に逃して正解だった。聖女の――我等の大願成就の為に、ここで手駒を喪う愚はおかせぬからぁ」


 ――妙だ。

 外でアリスとアーサーが戦闘中なのは、この男も把握している筈。此方の増援が到着しつつあることも。

 なのに、余裕が全く崩れない。


『【蒼薔薇】の遺品』


 アリスの忠告が脳裏をよぎる。


「……アレン」「……何時でも」


 リディヤとシェリルも不気味に思っているようだ。

 僕は尻尾をゆっくりと動かし――雷を纏う。

 男の唇が歪む。


「……聖女の予言は正しい。少なくともお前に関して外れはしない。だから、安心出来た。感謝するよ、『欠陥品の鍵』。。我が長年の大願――まずは成れり!!!!!」

「「「!?」」」


 突如、大聖堂の壁という壁、柱という柱に、無数の魔法式が浮かび上がった。

 同時に猛烈な死臭。魔法式が血を流し、男の足下へと集まっていく。

 …………この量。姿を見せない信者達と敵兵。まさか!

 僕達が絶句していると、血は勝手に動き回り、薔薇を形作っていく。


 ――血だまりの中から、浮かび上がってきたのは片刃の古めかしい短剣。


 アリスの剣に魔力が酷く似ている……?

 凄まじい悪寒が走り、僕は叫んだ。


「リディヤ! シェリル!」「「了解っ!!」」


 八翼の『火焔鳥』、無数の光剣、僕の放った『氷光鷹』が男へ殺到。

 男の唇がつり上がるのがはっきりと見えた。

 閃光と衝撃が走る中、僕達は後方へと跳んだ。

 二人と魔力の繋がりを深める。

 リディヤがシェリルに問う。


「……【蒼薔薇】って?」

「……うちの家の始祖です。大変英明だった、と伝わっていますが、詳しいことは分かりません」

「じゃあ、さっきの剣は」

「リディヤ! シェリル!」

「「!?」」


 砂煙を吹き飛ばし、アーサーに匹敵する斬撃が襲い掛かってきた。

 咄嗟に二人の前へ閃駆!

 雷刃で辛うじて、弾き返す。

 周囲を飛翔している氷鳥が警戒の強い鳴き声を発した。

 ――拍手の音。


「見事だ。魔法制御に優れる【鍵】とはいえ、大精霊の力を用いながら、『雷神化』まで成し遂げた者はこの数百年いなかっただろう。厄介極まりなかった『流星』以来だ――しかし、な」


 男の姿が見えてきた。

 前方の空中には、黒翼黒髪の少女。手の中に、古めかしい剣が顕現していく。

 肌が粟立つ。


「それもこれも所詮は徒花。ウェインライトの祖――【蒼薔薇】が、英雄達の誰にも気づかれぬよう生涯に亘って、世界各地で密かに研究し続けた禁忌実験の一つ『』。その原初にして頂点――もう一人の『勇者』だ。世界を征しし旧帝国衰退の切っ掛けを作った者の力、その身でとくと味わうがいい!!!!!」

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