第54話 三人

 まるで津波のように襲い掛かって来た骸骨の群れに、シェリルの左正拳が突き刺さる。


「せいっ!」


 眩い光が走り、一撃で数百を超える骸骨が砕け、消えていく。

 リディヤが無造作に『火焔鳥』を後方から前進して来る骸骨の群れへ放ち、嫌そうな顔をした。


「……相変わらずね。『私。虫も殺せないんですぅ』みたいな顔をしておいて……これだから、腹黒王女はっ!」

「何でもかんでも、『火焔鳥』を持ち出す、何処かの公女に言われたくないわ。アレンに教えてもらったのが大事な思い出だからって、過剰だと思わない?」

「「っ!」」

「……えーっと、シェリル、リディヤ、一応、僕達は襲われているんだからね?」


 千以上の骸骨が、『火焔鳥』に飲み込まれていくのを確認しつつ、僕は少女達を窘めた。……この二人、仲は決して悪くないし、むしろ、良いんだけど、こういう時は常にやり合うんだよな。

 魔力からして、これは禁忌魔法『故骨亡夢』。

 増援としてやって来たのは、シェリルの直属護衛であるノアさん、エフィさん。そして、シフォン。

 リンスターのメイド長であるアンナさんと……もう一人は、おそらく前副メイド長のケレブリン・ケイノスさん。信じ難いことに、教授まで来てくれたようだ。

 ……つまり、それが意味することは。


「アレン! 危ないっ!」


 リディヤと口喧嘩していたシェリルが、切迫した声をあげた。

 上空を見やると、数十体の骸骨が降って来る。

 ――斬撃が飛び、地面に辿りつけず、バラバラに分解される。

 双剣を振るったアーサーへ目礼。ララノアの『七天』は伊達じゃないのだ。

 思考を戻し、アーティの容態を確認している美少女へ問う。


「アリス、これだけの味方戦力が投入される。つまり――」

「アレン、貴方は先へ進んで。此処は私とロートリンゲンの末で抑える」


 『勇者』は僕の疑問を暗に肯定し、立ち上がった。

 ――空間が歪み、アーティの姿が消える。原理は不明。

 立ち上がったアリスと視線が交錯した。


「『危険』と判断したら、後退を。私にも敵の目論見は読めない。――ただ」

「……ただ?」

「シェリル! 合わせなさいっ!」「リディヤ! 貴女が合わせてっ!」


 リディヤとシェリルが同時に、大炎波と大光波を、大聖堂までの間に蠢く骸骨の宇軍勢に叩き込み、まとめて掃討していく。

 アリスが「……まだまだ」と頭を振り、左手を無造作に振り、上空に現れた百近い小型骨竜達を、雷で叩き落とした。

 真剣な表情で忠告をくれる。


「ララノアには、ウェインライトの始祖――【蒼薔薇】の遺品の一つがある、と聞いている。本当なら、人の執念の結晶。気を付けて」

「――ありがとう。アーサー、アリスを頼みます!」

「お、おおっ! 心得たっ!! 骸骨共を全滅させたら、我等も続くっ!!!」


 一瞬驚いた後、アーサーは胸甲を叩き、応じてくれた。

 アーティの存在と、教授達の合流を考えれば、此処をアリスとアーサーが抑えてくれるのは有難い。

 大聖堂までの路を切り開いた、リディヤとシェリルが振り向いた。


「ほら、行くわよっ!」「こほん。アレン、念の為、私とも魔力を――むぐっ」


 親の仇のように王女の口を押えた、紅髪の公女殿下が僕へジト目。

 ――先陣は、僕達三人で務めるしかない、か。

 魔杖を握り締め、三属性魔法『氷雷疾駆』を発動。

 一気に大聖堂へ駆け出すと、すぐさまリディヤとシェリルも追随して来てくれる。

 リディヤがニヤリ。

 

「シェリル・ウェインライト王女殿下は、残っていてもいいのよ?」

「その言葉、そっくり返すわ! リディヤ・リンスター公女殿下?」

「「っ!」」

「――……ふふ」


 僕は前方の地面から這い出て来た、骸骨達を魔杖に展開した雷刃で薙ぎ払いながら、思わず笑ってしまう。

 討ち漏らした骸骨を剣と蹴りで吹き飛ばした、二人の少女達が唇を尖らす。


「……ねぇ」「……ア~レ~ン~?」

「いや、ごめん」


 大聖堂入り口がぐんぐんと近づいてくる。

 僕は魔杖をクルリ、と回転させ、二人へ笑いかけた。


「こうして三人で、強敵に挑むのも久しぶりだなって、さ。不思議なんだけど――負ける気がしない!」

「……子供なんだから」

「アレン、リディヤはこんなことを言ってるわっ! 今度から、何処かへ行く時は私を連れて――」


 シェリルの言葉が聞こえる前に、最後の骸骨達へアーサーの斬撃が直撃。

 僕達は遂に大聖堂内部へと侵入した。

 ――【蒼薔薇】の遺品。

 さて、何が出て来るか。


※※※


「――本当に良かったのですか? あの三人だけを行かせて」


 アレン達の背中が大聖堂内に入った後、私は厳しい顔をしている美少女へ問うた。

 一連の戦闘で、軽く数千の骸骨を葬った筈だが、既にその損害は埋められ、私達は包囲されつつある。

 そんな中でも、【雷龍】の剣を抜こうとはしない『勇者』アリス・アルヴァーンは、淡々と返してきた。


「ん――アレンなら大丈夫。ちゃんと判断出来る。問題は」

「【蒼薔薇】の遺品、ですか。……我が家の文献にも書かれてはいましたが、実際に発見されたことはありませぬ。取り越し苦労なのでは?」

「遺品はある」


 『勇者』は断固とした口調で、私の言葉を否定。

 冷たい目線を向けてきた。


「ウェインライトの始祖――初代勇者の盟友の異名は【不倒】。生涯に亘って、倒れることのなかった『英雄の中の英雄』『勇士の中の勇士』――『最後の神殺し』。彼女にはある目的があったらしい。それが何なのかは私も知らない。けれど」


 突如、『勇者』が大跳躍。

 急降下しようとしていた骨竜に、小さな拳が叩きこまれ、片翼がバラバラに砕け、地面に叩きつけられる。

 回転しながら、骨竜の頭に小さな足が突き刺さり、動きを完全に停止させた。

 ――『勇者』恐るべしっ!


「決して諦めを知らぬ人物だった、と伝わっている。彼女は生涯を懸けて、何事かを成し遂げようとし――奏功した。聖霊教の偽聖女は侮れない。最悪の場合に備える必要がある」 

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