第53話 『死神』と『首狩り』

 教授に呼び止められたリドリー様の動きが急停止。

 油の切れた機械人形みたいに、ゆっくりと振り返り、哀願する。


「教授……ご、後生、後生ですっ! 我が菓子作りの路、未だ成らずっ! 家はリリーが継げば良いと――」

「あらあら、まぁまぁ」「リドリー坊ちゃま、何と嘆かわしい御言葉」

「!」

「「えっ?」」


 先程まで【龍】を攻撃していた二人の女性――リンスター公爵家メイド長のアンナさんと、大鎌を持った、淡い紅髪で褐色肌のメイドさんがリドリーさんの後方に突然、出現した。

 思わず、ゾイへ目配せするも――小さい首振り。

 俺よりも、魔法や技に詳しい同期生も知らない移動術、か。

 仮にも『剣聖』の称号を持つ、リンスター公子殿下が激しく狼狽する。


「ア、アンナ……ケ、ケレブリン。あ、敢えて……敢えて、聞こう。ど、どうして、お前達が此処に!?」

「一つは――奥様の言いつけを守らず、またしても無理無茶をされている困ったアレン様の援護の為でございます♪ 教授、教え子の再教育が必要かと存じますが~?」

「無理を言わないでくれ。あれは生来のものだよ。だろう、ギル、ゾイ嬢?」

「え? あ、はい」「アレン先輩の性格は不治の病だと思います」

 

 いきなり教授が話を振って来たので、頷きながら同意する。

 アレン先輩は、俺達から見る限り、ほぼほぼ『才能、性格共に、ほぼほぼ隙無し!』なとんでもない人だが……唯一、自分自身よりも他者を優先する、という悪癖を持っているのだ。

 リドリー様がやや落ち着きを取り戻される。


「そ、そうか……アレンのな。うむ。彼は、王立学校時代よりも更に成長した! リサ様が気にいられるのも当然だ。彼にならば、リリーを託せよう。父上も納得される筈だ」

「リドリー坊ちゃま~? そこら辺のお話は、大変、大変、繊細な事柄なのですよぉ? ――そ・れ・ゆ・えに★」

「っ!?!!」


 アンナさんが微笑むと同時に、リドリー様は全力で後方へと跳んだ。

 一目散、という言葉通り、とんでもない速さで逃げ出していき―― 


「なぁっ!?」


 俺とゾイの近くに、突然出現した魔法陣から飛び出してきた。教授の魔法だ。

 なお、原理は一切不明。

 アレン先輩曰く『ん~……真似したくはないなぁ。魔力を馬鹿喰いするし』。

 呆気に取られ、足を止めてしまった、赤髪の公子殿下を挟むように、二人のメイドさんが降り立つ。

 ケレブリン、と呼ばれた美人メイドさんが、にこやかに微笑んだ。


「リドリー坊ちゃま、リンスター副公爵夫人、フィアーヌ・リンスター様からの御伝言です――『そろそろ帰って来てくれないかしらぁ~? リリーをアレン様のお嫁さんにするのなら、あの子に、家を継いでもらわないと、動きにくいのよねぇ』。で、ございます。既に、大奥様、奥様も承認されております」

「なぁぁっ!?!!!」


 リドリー様が絶句し、顔が見る見る内に蒼褪めていく。

 『緋天』リンジー・リンスター様、前『剣姫』リサ・リンスター様、承認済みってことは。

 何となく、赤髪の公子殿下と視線を合し――後悔する。


『ギル殿! た、頼むっ! た、助けてくれっ!!!!!』

『む、無理っすよ。あ、相手が悪過ぎるっすっ!! リ、リンスターの女性陣っすよ?』


 脳裏に、アレン先輩がいない時のリディヤ先輩が浮かび、俺は身体を震わせる。

 ――命が惜しければ、リンスターの女性と敵対するべからず。

 大学校で学んだ鉄則だ。

 トコトコとやって来た白狼が『大丈夫ですかぁ?』と円らな瞳を向けてきたので、迷わず、首に抱き着く。はぁ……癒される…………。

 リドリー様が悲鳴をあげる。


「ち、父上は……父上は認めておられるのかっ! リ、リリーをアレンの嫁とする、となれば、一門衆はともかく、各家への説明にどれ程の時間がかかると――」

「全く問題ございません♪」

「アレン様は既に、南方諸家内において絶大な支持を受けられております。……その分、リドリー坊ちゃまの評価が下降しているのです。坊ちゃまのおしめも変え、怖い話を聞いた結果、翌朝おねしょの洗濯もした私としましては、忸怩たる想いが――」

「ケ、ケレブリンっ!!!!!」


 ……やっぱり、リンスターのメイドさんって、怖い。

 俺が白狼に癒されていると、ゾイももふもふなお腹に抱きついてきた。

 小さく教えてくれる。


「(……『死神』と『首狩り』です。どっちも、戦績だけで年間通して大学校で講義が出来る程の怪物達……逆らう時は言ってください。売ります)」

「(……そんな蛮勇はないっすよ……)」


 アレン先輩の外堀は着々と埋められつつあるようだ。

 進言は……しない方が良いんだろうなぁ。リディヤ先輩に怒られるだろうし。

 俺達が現実逃避していると、教授の苦笑が聞こえてきた。


「リドリー、ここでの戦が終わったら、一度南都へ戻ろう。大丈夫。僕とリカルドも口を利くよ」

「……その言葉、信じろ、と?」

「うん。だって、アンナとケレブリン相手に逃げ切れないだろう?」

「…………はい」


 顔を上げると、リドリー様はガクリ、と肩を落とした。……可哀想に。

 俺が同情していると、アンナさんがニッコリ。


「ギル坊ちゃまにも、コノハ御嬢様から御手紙を預かっております。後程♪」

「! は、はい……」


 名前を呼ばれ直立不動。コノハからの手紙……お、おっかない…………。

 ――肩に重み。

 さっきまで間違いなくいなかった、黒猫姿の使い魔――アンコさんが鳴く。警戒指示?

 すると、地面が揺れ、数えきれない魔法陣が出現。

 次々と骸骨兵が召喚されていく。

 白狼から離れたゾイが、大剣を構えた。


「こ、これって……」

「禁忌魔法『故骨亡夢』でございますね~。ケレブリン?」

「大聖堂までの路を切り開きます。さ、リドリー坊ちゃま、参りましょう★ 武勲を稼ぐのですっ!」

「ケ、ケレブリン、お、俺はお前の後からぁぁぁぁ」


 細腕に首根っこを掴まれ、赤髪の公子殿下が引き摺られてゆく。

 大鎌が煌めく度、百以上の骸骨兵が灰へと変わる中、教授が呟いた。


「――アンコも来たか。つまり」

「御嬢様方も来られる、ということでしょう」


 建物の壁から滲み出て来た骸骨兵を、謎の技でバラバラに分解してアンナさんが、楽しそうに続けた。

 ……『御嬢様方』。

 ま、まさか!?

 白狼の頭の上にアンコさんが飛び乗った。

 教授が眼鏡を直し、苦笑。


「アレンのことだ。参陣させない、という判断をしたと思うんだがね……。いや、彼に似た、というべきかな? さ、僕達も進むとしよう。もう少しすれば増援も到着する。聖霊教の目論見、砕くとしよう」 

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