第57話 八大公筆頭
僕は魔杖を構えながら、目の前から歩いて来る少女へ視線を向けた。
この子が、アリスと関係する者ならば……全力で『雷神化』。
初手から全力を出さなければ、時間稼ぎも不可能!
振り返らずに、リディヤとシェリルへ告げる。
「勝たなくていい。時間を!」
「……了解」「ええ!」
二人の魔力が膨れ上がり、炎羽と光華が大聖堂内に揺らめいた。
『賢者』が心底楽しそうに揶揄。
「『時間稼ぎ』――判断は間違っていない。しかし、だ」
前方から歩いて来た黒髪の少女の姿が掻き消えた。
……凄まじいまでの悪寒。
咄嗟に屈むと、赤黒い剣閃がそこを通り抜け、大柱をあっさりと切断した。
『雷神化』だけでなく、足に三属性魔法『氷雷疾駆』を瞬間発動。
全力で距離を取ろうとするも――
「っ!?」
あっさりと間合いを殺される。
繰り出されたた左手の一撃を辛うじて躱すも、その衝撃で大理石の床に罅が走った。まともに受ければ、僕の魔法障壁は紙のように貫通されるだろう。
男がくすくす、と嗤う。
「魔法制御以外はかつての『流星』よりも劣る身で、何処まで耐えられるか……ふふふ。これは良い見世物だ。さぁ、どうしたのだ? 『剣姫』『光姫』。早くしないと、あの者は死ぬぞ?」
「…………シェリル」「リディヤ、落ち着いて」
「リディヤ! 僕のことは――くっ!」
二属性魔法『天風飛跳』を発動し、空中で体勢を整えながら、心を乱されている公女殿下へ声をかけようとするも、黒髪少女の蹴りを魔杖に喰らい、僕は大聖堂奥へと吹き飛ばされた。
風魔法と浮遊魔法を併用して、衝撃を殺し、地面に叩きつけられるのだけは防ぐ。
氷鳥が警戒の鳴き声を発した。悪寒はずっと続いている。
咄嗟に、三属性魔法『花影紅楯』を瞬間発動。
嵐のように降り注ぐ黒き氷刃を、防ぎに防ぎ、魔法を全力で紡ぎながら、後退し、心中で二人へ叫んで――魔力の繋がりを強める。
『僕は大丈夫っ! リディヤとシェリルは自称『賢者』をっ!! アリスとアーサー、教授が来てくれれば、僕等の勝ちは揺るがないっ!!!』
『…………分かってる』『任せてっ!』
一見冷静。なれど地獄の業火を感じさせる公女殿下と、『とっとと目の前の相手を片付けて援護に回るわねっ!』という頑固な王女殿下の意思が伝わってくる。
……頼りになる同期生達だ。
僕には勿体ないな。
『……今度、そういうこと思ったら、攫う……攫って、何処かの国で二人で暮らす……』
魔力の繋がりを強めた反動、繋ぎ過ぎた弊害、神域の水を用いた誓約故か。
リディヤから、とんでもない提案が伝わってきた。困った御姫様だな!
僕は黒髪少女を閉じ込めるべく、ステラ用に創った防御魔法『光風氷壁』を多重発動。氷の匣を作り出し、足止めを試みる。
その間も僕は後ろへ後ろへと退いていく。リディヤとシェリルは派手にやっているようだ。
移動しながら、柱や床に魔法の罠を仕込んでいき――ようやく、大聖堂最奥へとたどり着く。
「……これは」
先程、少女が姿を現した場所に『薔薇』を模した魔法陣が浮かび上がり、明滅していた。
その中心に浮かんでいるのは、鞘に納まった片刃の短剣。無数の光が鎖のように絡まっている。既存の魔法ではなく、未知のそれだ。
「封印、されているのか? じゃあ、あの黒髪の少女はいったい……。【蒼薔薇】の遺品は何を指して?」
僕が考え込んでいると、後方で次々と魔法が発動し――消失した。
振り返ると、黒髪少女が歩いて来る。
普段の僕ならば使えない上級魔法群を使った罠の数々は、一切の打撃を与えられていない。
少女の歩が唐突に停まった。
「?」
僕は訝し気に思いながらも、最大警戒。
次の瞬間、幼女達の声が響いた。
『アレン!』『リアが守るっ!!』
「!?」
黒髪少女の姿が、一切の魔力反応もなく掻き消えた。
背後に濃厚な死の香りがし――炎が左手に顕現した氷刃を受け止め、続いて、形を変えて少女へ襲い掛かる。
大精霊の一柱『炎麟』の力! リアがどうして!?
リディヤを通して、やる気満々な幼女の感情が伝わってくる。
『リア、強いっ! マガイモノには負けないっ!!』
大聖堂入り口から轟音。そして、とんでもない魔力の鼓動。
僕の同期生達は本気で大魔法『墜星』すらも操る魔法士を、打倒しようとしているようだ。
猛火に追われていた黒髪少女は、表情を崩さないまま氷刃を自ら砕く。
そして、無数の赤黒い楯を作り出し、炎を抑え込み、短刀の前に降り立った。
――……込められている魔力はともかく、僕の『蒼楯』に似ている?
肩に氷鳥が降り立ち、僕の頬を突いた。
「え? ……いや、それは」
再度突かれる。
――私の力も使っていい。
その気になれば可能、かもしれない。
遠隔地に離れているティナと魔力を繋ぎ、『氷鶴』に助力を請う。
けれど、リディヤ、シェリルに加え、ティナとも繋ぎ、そこに大精霊三柱となれば、僕の身が持つだろうか……?
まして、リディヤ、ティナにどんな影響が出るかも分からないのだ。
必死に状況打開の一手を探していると、氷の楯に守られている黒髪の少女が右手の剣を高く翳した。
「っ!?!!!」
揺らめいていた赤黒い魔力が剣身へと結集。
『賢者』の張った結界すらも貫いて、信じ難い程の魔力を放った。
同時に――理解する。
この子の力、アリスに匹敵している!
黒髪の少女の身体が、ふわり、と浮かび上がり、空中で停止。
呆然としている僕を見下ろし、少女が小さく、小さく呟いた。
『――世界の律。それを守るのが八大公筆頭【エーテルフィールド】の使命。貴方の存在は世界を乱す。消えて』
直後、少女の掲げる剣が激しい光を発し――僕へ向けて振り下ろされた!
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