第58話 炎剣と光剣

 大聖堂最奥から轟音が響き渡り、天井、壁、大柱が崩落。

 謎の黒髪少女とアレンが戦っている場所への道を塞ぎ、凍結させていく。


「っ!」「リディヤ、目の前に集中してっ!」


 私は炎翼を形成し、今にも彼の下へ飛んで行こうとした紅髪の公女へ鋭く制止した。王立学校時代からだけど、アレンのこととなると、平静を喪うのはこの子の数少ない弱点だ。

 ……彼と魔力は繋がっているし無事な筈。

 先程私が投げ込み、壁に突き刺さっている魔杖の上に佇む男が唇を歪ませた。


「……流石だ。大精霊の力をほんの一部借りているとはいえ、【鍵】の能力を殆ど使わずに、もう一人の『勇者』――【氷姫】の亡霊に剣を使わせるとは。ククク……聖女の見立てはやはり正しい。この分ならば、我が悲願の成就も早かろう。怖い怖い、【雷姫】と【花竜】がやって来るまでに済みそうだ」

「…………シェリル」「分かっています」


 リディヤが無表情で呼んできたので、私も努めて冷静に返す。

 ……この子を制止したとはいえ、私の心も千々に乱れ、怒りが膨れ上がっていく。暴発までそんなに時間はない。

 怒りで無数の炎羽を撒き散らしている親友と同じく――私にとっても、彼は世界で一番大事な人なのだ。

 ……アレンがこの世界からいなくなったら? 

 考えるだけで、視界が暗くなり、心が信じられないくらい冷たくなってしまう。そんなの嫌。絶対に嫌っ!

 深く深く息を吐き――両拳を握り締める。


「……やりますよっ! リディヤ! この自意識過剰で大精霊『嵐翠』を出しもしない、自称『賢者』様をとっとと叩きのめして、『私』の全権調査官アレンを助けますっ!!!!!」

「あいつは私のよっ! でも――……抜かるんじゃないわよ、シェリル!!!!!」

「ぬ?」


 独白していた自称『賢者』が私達の様子に注意を向けた。

 リディヤの剣が業火を纏い、炎翼がその数を増していく。

 私は拳を前にして、


「先陣は貰いますっ!」


 地面を踏み砕きながら、男へ向けて跳躍した。

 明らかに油断していた自称『賢者』へ、魔力を込めた左拳を叩きつける。


「はっ! 真正面からの攻撃なぞ、っ!?」


 張り巡らされていた強大な魔法障壁が自壊し、男の顔面に私の拳が突き刺さった。

 アレンの魔法介入。先程、交戦した際、仕込んでいたものだ。

 王立学校時代、彼はよくこう言っていた。


『リディヤは天才だし、シェリルも凄いから……僕はついていくので精一杯だよ。まぁ、身近に目標がいてくれるのは嬉しいけどね』


 ……桁違いの魔法士に気付かれずに、こんな自壊式を仕込む人の方が、余程凄いのよねっ!


「せいっ!!!!!」

「っ!?!!!」


 躊躇いなく拳を振り抜き、地面へ向けて吹き飛ばす。

 ――紅の閃光が走った。


「あんたなんかに関わっている暇はないのよっ!!!!!」

「がっ!」


 リディヤが『賢者』に業火を纏った剣を一閃。

 直後、男の身体は猛火に包まれた。


「シェリル!」「リディヤ!」


 八翼の『火焔鳥』が全てを焼き尽くすべく飛翔。

 続けて、空中の私も右手を振り下ろし――水都へ旅立つ前、アレンに創ってもらった光属性上級魔法『光帝閃球』を発動した。

 巨大な光球が炎ごと、男を圧し潰さんとする。


「これで!」「終わりっ!」


 再構築した男の魔法障壁に罅が入り、砕けていく。

 ――いけるっ!

 勝利の確信を持った瞬間、かつて、王立学校の模擬戦でアレンに逆転負けをした時の言葉が脳裏をよぎった。


『シェリル、実戦では『いけるっ!』と思った時が一番危ないんだ。最後まで、気を抜かない! ――僕に体術を教えてくれた師匠の受け売りだけどね』 


 咄嗟に左手を振るのと、吹き荒れる黒風によって『火焔鳥』の頭が砕かれ、光球が弾け飛ぶのはほぼ同時だった。

 全力で展開させた『光盾』が魔力波だけで砕ける中、私はアレン直伝の風魔法を使って、半ば崩壊している大柱を蹴り、地上へと降り立った。

 リディヤは!? 

 慌てて視線を向けると、私と反対側で剣を構えていた。

 先程、頭を砕かれた『火焔鳥』もその頭上で復活していく。きっと、アレンに教わったのだろう。


「――……まったく、才能とは恐ろしいものだ。魔王戦争時代ならいざ知らず、魔法衰退時代に、よもやこの私が短剣と杖を抜かねばならぬとは。リンスターとウェインライト。やはり、侮れぬな」


 土煙の中から、男がゆっくりと姿を現した。

 被っていたフードは破れ、黒みがかった翠髪が覗いている。

 手に持っているのは、波紋が美しい短剣と古い木製の短杖。

 何より、さっきまでと異なり、明らかに魔力が落ち着いている。

 

 ――……この人、想像していた以上に強い!   


 リディヤが私へ叫んだ。

 背中の八翼が大きく開き、魔力が膨れ上がる。


「シェリル! 今の全力っ!!」

「……了解」


 こういう決断力の差が、彼女がアレンの手を取れて、私が取れなかった所以なのだろう。

 戦闘中だというのに、自分への怒りが増し――


『シェリル、落ち着いて。君なら冷たさと熱さは両立出来るよ』

 

 再び、アレンがくれた言葉で魔力の乱れが止まる。

 思わず、くすくす、と笑ってしまう。リディヤのことは言えないわ。

 私も彼と出会わなかったら、ジェラルドやジョン、とまではいかなくても……嫌な女になっていたかも?

 『賢者』が訝し気に聞いてくる。


「どうしたのだ? よもや、恐怖でおかしくなったか?」

「まさか」


 リディヤに目配せ。

 私達は同時に左手を伸ばし――


「むっ! それは!?」


 二人して、リンスターの炎剣『真朱』、ウェインライトの光剣『四季』を引き抜く!

 そして、無数の炎羽と光華が舞い踊り、『賢者』を威圧する。


「ここからが」「本当の戦いです」

「「アレンが待っているんだからっ!!」」 

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