第19話 少女
表玄関から、後ろ髪を引かれる思いで屋敷へと撤退した俺達は、アディソン家当主と合流すべく、階段を駆け上げった。各所に激しい戦闘の痕跡。
後ろから、ティナ嬢を抱えたエリー嬢も余裕で追随してくる。
流石、アレン先輩の教え子!
俺は虚空へ向かって願う。
「アンコさん! ゾイをお願いしたいっす」
「ギル、降ろせ……オレは、私はまだ、あの人の役に――」
「魔力切れを起こした御嬢様の我が儘を聞いている余裕はないっすねっ!」
「ま、待――」
担ぎ上げていたゾイの姿が掻き消える。
相変わらず頼りになる。敬わないと、なっ!
最上階まで階段を登り切る。
華麗な装飾の施された天井は高く、天窓からはどんよりとした灰色の雲が見える。
廊下の先では激しい戦闘音。先輩の予測通り『賢者』は囮。搦め手から別部隊が動いていたようだ。
ふわり、と長い紅髪を靡かせ、自称メイドのリリーさんも到着。
戦場とは思えない軽い口調で戦況を分析する。
「ん~……ちょっとだけ、数が多いみたいですねぇ。極致魔法で吹き飛ばそうにも、味方を巻き込んだら事ですしぃ~?」
「じゃあ、どうすれば――」「き、来ますっ!」
ティナ嬢を床に降ろしたエリー嬢からの警告。
直後、天窓が割れ、次々と灰色ローブを身に纏い、片刃の短剣を持つ七名の男達が降り立った。
――聖霊教異端審問官。
俺は呻く。
「……厄介っすね」
とっととアディソンの当主と合流。撤退しないといけない。
そうでなければ……屋敷の外から、凄まじい魔力の奔流と破壊音が屋敷全体を揺るがせた。この間も、アレン先輩と『剣聖』が『賢者』の足を止めてくれているのだ。
やや、頬を蒼くしたティナ嬢が魔杖を構える。
「……魔力の繋がりも切れました。時間をかけてなんかいれませんっ! 私達が撤退しない限り、先生は……わぷっ」
「うふふ~♪ 大丈夫ですよぉ、ティナ御嬢様ぁ。アレンさんには、私の魔力を渡していますからぁ~☆」
「「っ!」」
突然の問題発言を受け、抱きしめられたティナ嬢と、後方のエリー嬢が硬直した。俺は、その場でしゃがみ込み頭を抱えたくなるのを必死に堪える。
……そうだった。
この長い紅髪の自称メイドさんの名前は『リリー・リンスター』。
『剣姫』リディヤ・リンスターの従姉。これ位のことは平然とする。
ティナ嬢がリリーさんの拘束から脱出し、ぴょんぴょん、飛び跳ねた。
「リ、リリーさんっ! ど、どういうことですかっ!? せ、先生と魔力を繋いでいいのは、ララノアに来ている人達の中では私だけで――」
「ティナ御嬢様!」
最後方にいる灰色ローブの男が左手を掲げると同時に、三名の男達が身を屈め廊下を疾走してきた。
すぐさま、エリー嬢がティナ嬢とリリーさんの前へと回り込み、先頭の男の短剣を風を纏わせた拳で叩きおる。
見事な手並みに、口笛を吹きながら、やや遅れた二人の男へ俺は槍を一閃。
「「くっ!」」
短剣で受けさせ強引に後退を強いた。
ドサっ、という音。
短剣を叩き折られた男の脳天に、リリーさんのかかと落としが決まり倒れる。
長いスカートをはたき、普段と変わらぬ様子でメイド様は目の前の男達へ告げた。
「急いでいるんですぅ~。どいていただけませんかぁ~?」
「……断る、と言ったら?」
最後方の、おそらく隊長格が皺枯れた声を発する。廊下の先の戦闘音は激しさを増している。扉が壊れ、無数の骸骨達が見えた。
リリーさんが双大剣を逆手持ちに、前傾姿勢を取る。
無数の炎花が廊下全体をも炎上させていく。お、おっかねぇぇ……
微笑を浮かべながらも、静かな……けれど、絶対的な勧告。
「邪魔するなら、容赦しません。『剣持ち、行く手を阻む者は一切の容赦なく薙ぎ払っていい』――我が家に伝わる家訓なので」
「……殺せ」
老隊長が残る三名の男達に命じた。
同時に、リリーさんも疾走を開始!
男達は短剣を振り、次々と鎖を斉射してきたが――
『なぁっ!?』
「ギル坊ちゃま~ティナ御嬢様達を★」
「う、うっす!」
リリーさんは床を蹴り上げ遥か頭上の天井へ。そのまま突撃を継続。
戸惑いながらも、リディヤ先輩によって散々恐怖を叩きこまれた身体は勝手に動き、数十の鎖を槍で弾き、破壊する。
異端審問官達が唖然とする中、
「いっきますよぉぉぉぉ!!!!!」
リリーさんは、天井を思いっきり蹴り眼下の男達へ急降下した。
同時に巨大な二羽の『火焔鳥』が顕現。
羽のように広げた双大剣に吸い込まれ、眩い紅炎を発生させる。
ティナ嬢が瞳を見開く。
「リンスターの……『紅剣』!?」
「ぼ、防御だっ! 防御しろっ!!」
敵の隊長が焦りながら、命令。
異端審問官達は必死に耐炎結界を張り巡らせるも、リリーさんは薄紙のように貫いていく。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
「わ、我等は聖女様と使徒様の――」
隊長が絶叫を終える前に、紅蓮の炎を纏った双大剣による連続斬撃が放たれる!
――瞬間の光景が見えたのは、研究室の経験故か。
炎が一気に収縮し炸裂。
俺とティナ嬢、エリー嬢は全力で魔法障壁を展開し、身体に力を込めた。
「「「っ!!!」」」
直後、巨大な炎は異端審問官達を飲み込み、天井、壁、床を吹き飛ばした。
俺は左手で二人の少女達を守りながら、必死に堪える。
やがて――衝撃が収まり、リリーさんが前方へと降り立った。
「「「うわぁぁ……」」」
先程まで、傷つきながらも華麗さを見せていた最上層は、ほぼ壊滅していた。
異端審問官達の姿を見えず、アディソン家の当主達がいる大広間までの廊下も崩落。大炎上を起こしている。
俺達の前方へ降り立った、リリーさんがのほほんといい放つ。
「むふふ~★ 絶好調ですぅ~♪」
「……やり過ぎっすよ」
「くうっ! わ、私だって、先生と魔力を繋いでいたら、これくらい……」
「……リリーさんも、ティナ御嬢様もズルいです……」
俺は嘆息し、ティナ嬢はいきり立ち、エリー嬢はやさぐれている。
でもまぁ、相手が使徒や、さっきの自称『賢者』みたいな化け物じゃない限り、俺達を止められる戦力は早々――リリーさんが双大剣を一閃させた。
炎が掻き消えた先、大穴の上に浮かぶ少女の姿。
純白だが、深紅に縁どられたフード付きローブを身に纏い、胸元には聖霊教の印を下げている。どうやら木製のようだ。
何より、この魔力は天地党党首の娘さんの……いったい、どういうことだ?
困惑する俺を後目に、リリーさんが左手の大剣を突き付け、問うた。
「――……なるほど、貴女が襲撃の手引きをしたんですね? イゾルデ・タリトー御嬢様?」
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