第20話 混戦

 少女の身体が微かに震えた。

 俺達の前方の大広間からは、引き続き激しい戦闘音。


「何故だっ! 何故……何故なのだっっっっ!!!!!」


 悲鳴にも似た、老人の取り乱した問いかけ。

 この声……オズワルド・アディソンか? 尋常じゃない事態が起きているようだ。

 リリーさんが、双大剣を振るうと、二羽の『火焔鳥』が再顕現した。


「おかしいな~と思っていたんです。二百年前の魔王戦争時ですら、余りの威力故に、人族、魔族双方の全面合意として使用が禁止された七つの禁忌魔法……。当時ですら、使い手は極限られていたと聞いています。なのに――」


 炎花が舞い、俺達を守るかように浮かぶ。

 アレン先輩と魔力を繋いでいるといっても……このメイドさん、怪物だ。

 沈黙する少女へ淡々と告げる。


「貴方方は、初手でそれを使ってきた。まるで、アレンさんの到着を待ち望んでいたかのように。貴女の御主人様……自称『聖女』様の第一の狙いは」

「……あの御方を自称なぞと呼ばないでください」


 顔を上げ、少女――イゾルテ・タリトーは口を開いた。

 その瞳は真摯な光を宿し、到底このような惨状を引き起こした側の人物には見えない。……見えないが。

 ティナ嬢とエリー嬢が互いの手を握り締め合い、小さく零した。


「……な、何か」「あぅ……さ、寒い、です……」


 やはり、違和感を覚えているのは俺だけではないようだ。

 槍を握り締め、幾つも魔法を紡いでいく。


『どんな事態でも油断は禁物だよ、ギル。戦いの場において、多少の技量や魔力差は相対的なもの。……リディヤに負けてばかりの僕が言っても、説得力はないかもしれないけどさ』


 教授の研究室に所属する俺達にとって、アレン先輩の忠告は絶対だ。

 リディヤ先輩と真正面から模擬戦をする人の言葉を信じない程、俺は耄碌しているつもりはないし、何より……ちらり、とティナ嬢とエリー嬢を見やる。

 先輩にこの子達を託された以上、俺のすることは一つだ。

 槍を横薙ぎ!


 ――紫電と共に、雷属性極致魔法『雷王虎』が顕現した。


 イゾルデへ槍を突きつける。


「仮に本物だろうと、聖霊教が大陸西方各国の内政に異常な干渉しているのは事実なんすよ。あんたの格好……さっき交戦した『使徒』を名乗った少女と似通っているっす。何が目的なんすかっ!」

「……私は、私達が望んでいるのは、永久とこしえの平和です」 

「……永久の」「平和、ですか?」「…………」


 ティナ嬢とエリー嬢が瞳を瞬かせ、リリーさんは双大剣を構えながら無言で、目を細めた。

 俺は言葉の意味を咀嚼。

 老父とハーグ爺の顔が脳裏に浮かび――床を踏みしめ、吐き捨てる。


「……ふざけるなっ! あんた達のしている、これの何処に『永久の平和』があるっ!? 言っていることと、やってることに整合性の欠片もないじゃないかっ!!」

「……分かっています。私達のしていることが、全て正しい、等と主張するつもりはありません。ですが――」


 少女は聖霊教の印を左手で握り締め、自分の胸へ押し付けた。

 目を瞑り、神にでも祈るかのような、恍惚な呟き。


「澱み、濁り、汚れ切ってしまった今の世界を変える為には、が必要なのです。全てが成し遂げられ、尊き犠牲となった方々が蘇られた際、お詫びを致します。聖女様の御言葉に間違いはありません。さぁ――どうか、貴女様方はお逃げください。一先ず、私の目的はオズワルド様。そして、この国の変わる姿を、アレン様に」

「ギルお坊ちゃまっ!」「うっすっ!」


 リリーさんの『火焔鳥』と俺の『雷王虎』が、容赦なくイゾルデに襲いかかった。

 辛うじて残存していた天井や壁、近くの部屋を派手に破損、炎上させながら、依然として祈り続ける『使徒』に――炸裂!

 俺は、三人へ叫んだ。


「リリーさん! ティナ嬢、エリー嬢!! アディソン閣下の救援を!!! 此処は俺は足止めをするっすっ」

「お願いします」「ギ、ギルさん!?」「は、はひっ」


 リリーさんが即断し、ティナ嬢を抱えてエリー嬢が大跳躍。

 崩落している床を飛び越え、奥の部屋へと駆けこんでいく。

 ――左肩に重み。


「! アンコさん!? ……出来れば、あっちの面倒を見てほしいんすけど」


 一鳴き後、左前脚で頭を何度か叩かれる。

 ……なるほど。

 槍を握り直す。『面倒』が必要なのは、あの少女達じゃなく『俺』だと。

 リリーさんが残していってくれたのだろう、数十の炎花が舞っている。

 砂埃の中に影が見えた。


「……退いて、くださらないのですね……?」

「……当然だろ?」


 俺は無造作に風属性初級魔法『風神波』を放ち、砂埃を薙ぎ払う。

 ――三発の極致魔法をまともに受けながら、イゾルデは先程を変わらず宙に浮かんでいた。

 槍を回し、身体強化魔法を全力で発動していく。


「あんたの……いや、『聖女』の第一目標はオズワルド・アディソンじゃない。アレン先輩に『ララノアでこれから起こることを見せる』だろう? 理由は皆目分からないが、あの人に恐ろしく執着しているみたいだな? ……先輩唯一の欠点、『自分を顧みないで、周囲を救う』までを見越して、『賢者』をいきなり投入したんだな?」

「…………賢しい御方。貴方は『犠牲』の候補に挙がってはいませんでしたが、仕方ありませんね」

「っ!」


 突如、イゾルデの身体から、目に見える程の禍々しき魔力が噴き上がった。

 アンコさんが警戒の鳴き声。

 左頬に『蛇』の紋章が浮かび上がり――瞳は深紅に染まった。

 聖霊教の印から離し、広げた左手に黒灰の剣を構築されていく。

 イゾルデの口元が歪み、鋭い犬歯を覗かせた。


「『光盾』と『蘇生』の残滓に、水都でも投入された人造吸血鬼かっ! 左の紋章がその三つを両立させている……」

「毎日祈り、涙を零しながらも、この世界を必ず救う聖女様より賜りし八大精霊の一柱『石蛇』の力です。嗚呼! 聖女様を讃えたもう!! ――貴方様に恨みはございませんが、永久の平和の礎の為です。どうか、一時的に死んでくださいまし」


 そう言うと――人であることを止めた怪物は背に翼を広げ、俺へ向かって襲い掛かってきた!

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