第18話 第二回戦
『っ!』
凄まじい魔力のぶつかり合い。
黒風が通り表面を抉り取り、街路樹を腐らせ枯らし、清冽な雪嵐は全てを凍結させ氷河を生み出していく。
ティナの声が心の内側に響いてくる。
『負けないっ! 先生を、アレンを!! 『欠陥品』なんて、呼んだ人には、絶対に、負けないっ!!!!!!!!!!!!!』
出会った時から変わらぬ真っすぐな想い。
ティナとの間の『回路』は僕が思った以上に深くなってしまっているようだ。
……王都にいるリディヤは今頃、異変に気付いて荒れ狂っているな。
魔杖を翳し、氷狼の制御を担いながら苦笑。
あの『剣姫』様がやって来る前に――
「片付けるとしましょうかっ! ティナっ! エリー!」
「「はいっ!」」
僕の呼びかけに応え、杖を突き出しているティナの魔力が更に跳ね上がり、それをエリーが両手支える。
『賢者』が頬を微かに歪めた。
「……『欠陥品』と『忌み子』がっ! 舐めるなっ!!!!!」
「「「っ!」」」
相手も流石は自称古の英雄。
黒風がますます猛り、拮抗。ティナの魔力は、僕が制御出来る最大値に達している。地面へ大剣と槍が突き立てられた。風雪に負けない叫び。
「アレン先輩っ!」「命じてくださいっ!」
ギルとゾイが僕へ決断を迫る。
ここで二人を消耗させたくはないのだけれど……数えきれない炎花が舞い踊った。
リリーさんが、長い紅髪を真紅に染め上げ、交差。
僕は見つめ、美しい微笑。
「アレンさん」
僕は一瞬だけ瞑目。
――リナリアの声が聞こえる。
『そんな偽物、やっちゃいなさいっ!!!!!!!!!!!!!!!!』
目を見開き、助力を乞う。
「ギル、ゾイ、リリーさん!!!!!」
「「「はいっ!」」」
後輩達と公女殿下は即座に応じ――自らが使用可能な最大魔法を発動。
雷属性極致魔法『雷王虎』と炎属性極致魔法『火焔鳥』が同時顕現!
ゾイは大剣を引き抜き、投擲の構え。
切っ先が渦を巻き――集束。眩い光を放ち始める。
『賢者』が今日初めて、驚愕の呻きを発した。
「! 馬鹿なっ!! 竜人族が大戦中に開発した『英雄殺し』だと! そうかっ!! 貴様、ゾルンホーヘェンの娘だなっ!? 彼の一族の研究は完成して――」
「違うっ!!!!! 私は……私はっ!」
エルフの少女の瞳が竜人のそれへと変わり、頭には四本の影角。
大剣を持ち、限界まで引き絞られた右腕に込められている魔法は巨人族、そして、その負荷に耐えているのはドワーフ族特有の頑健さ。
ゾイの前方空間に次々と精緻極まる魔法陣が重なっていく。
半妖精族の増幅魔法。背に薄透明の翼が現れる。
「私は、アレン先輩の後輩の、ただの『ゾイ』だっ!!!!!!! ゾルンホーヘェンなんかじゃないっ!!!!!!」
「ティナ、エリー、ギル、リリーさんっ!!」
「「「「はいっ!!!!」」」」
『雷王虎』『火焔鳥』が解き放たれ、黒風に炸裂。
『氷雪狼』と共に、黒風を圧し――遂に破った。
「ゾイっ!!!!!」「はいっ!!!!!」
「!」
想像外の出来事に驚愕する『賢者』目掛け、後輩の少女は全力で大剣を投擲した。
――大閃光。
直後、今日最大の衝撃波が襲い掛かってきた。
僕は全魔力を使い果たし、角と翼を消失させ倒れ込んだゾイの傍へ転移し抱きかかえ、ティナ、エリー、ギルも支援。リリーさんも炎花で相殺してくれている。
唯一、微動だにしていないのはリドリーさん。流石は『剣聖』様だ。
――やがて、衝撃が収まって来た。
「ギル、ゾイを」
「うっす。……アレン先輩」
「まだだ」
後輩の質問を遮り、僕は魔杖を構える。
後方のティナは、片膝をつき荒く息をしている。魔力欠乏といよりも制御による精神疲弊だ。負荷になってしまうので魔力の繋がりを切る。
制御の大半は僕が肩代わりしてもなお、今のティナには限界を超える魔法だった。
付き添っているエリーは魔力を温存出来ているけれど……リドリーさんが魔剣を握り締めるのが分かった。
氷華舞う中、拍手の音が響く。
「――見事だ。貴様達のことを少々見くびっていた」
雪霧の中から、『賢者』が姿を現した。
ローブの一部は破れているものの、ほぼ無傷。化け物めっ。
僕は静かに告げる。
「……ギル、リリーさん。ティナとエリー、ゾイを連れて屋敷内へ。アディソン閣下と合流し、退いておくれ。此処は僕とリドリーさんで受け持つよ」
「なっ! せ、先輩!?」
「反論は無しだ。これ程までに大規模な攻撃。搦め手から、アディソン閣下を狙う敵が必ずいる。自称『賢者』様は囮の足止め役の可能性すらある」
「っ! で、でも……」「分かりました」
「リリーさん!? 何を言ってるんですかっ。私は、まだ」
「戦場において、『剣姫の頭脳』様の指示は絶対です。このまま戦い続けても――アディソン家御当主が討取られたら、私達の負けになります」
「「っ」」
紅髪の公女殿下の冷静な指摘に、ティナとギルが黙り込む。
僕はエリーへ目配せ。
すると、天使は何度も頷いてくれた。いい子だ。
「では――」「行けっ!」
リドリー様が叫ばれ、『賢者』へ炎波を速射。ティナと僕達が魔法を放った際、この御方は即座に自分が『予備戦力である』と理解されていた。
氷河が一転、燎原へと変貌していく。
ゾイを抱えたギルと、ティナを抱えたエリーが退いていく。
「先生っ!」
「ティナ、後で落ち合いましょうっ! さっきの『氷雪狼』、素晴らしかったです。エリー、自分を犠牲にするのは禁止です」
「っ……はいっ! また、後で必ずっ!!」
「は、はいっ! アレン先生……御無事でっ!」
……本当にいい子達だ。
僕はこんな場なのに嬉しくなってしまい、杖を一回転させた。
そして、未だ残っている年上メイドさんを促す。
「リリーさんも行ってください。僕達は大丈夫ですよ。何しろ、天下の『剣聖』様がついていますし」
「過大評価だが、称賛は受けておこうっ! 菓子の出来ならば尚良かったがなっ! リリー、行けっ!!」
「………………」
双大剣を地面へ突き刺し、紅髪の公女殿下は前髪を指で弄り珍しく無言。
視線を彷徨わせ――自分の両頬を何度か手で叩いた。
「――……良しっ! 兄さん、前だけを見ていて下さい」
「? 何を」「ま・え・で・す!」
「……分かった」
妹の凄まじい剣幕に気圧され、リドリー様は前方へと向き直った。
『賢者』が燎原を踏みしめるのがはっきり分かる。
もう、そんなに時間はないな――突然、僕の両肩をリリーさんが掴んだ。
目の前に、整い、何時もにも増して笑顔を浮かべている女の子の顔が広がる。
「リ、リリーさん?」
「アレンさん、今の状況ですべきことは一つじゃありませんかぁ☆」
「え、えーっと……」
僕はしどろもどろになってしまう。
本物か偽物かはともかく……『賢者』は恐ろしい強敵だ。
しかし、ティナとの魔力の繋がりを切った僕は自前の魔力だけでこれから先は戦わないといけない。
つまり、リリーさんが言っているのは……。
頬を薄っすら染め、告げてくる。
「――私の魔力を使ってください。さ、早く!」
「いや、それは流石に」「もう、持たないぞっ!」
リドリー様の注意喚起。ええぃ、ままよっ
僕は目を閉じているリリーさんの左手を取り――魔力を極浅く繋いだ。
年上メイドさんが目を開け、頬を大きく膨らました。
「えぇぇぇぇぇぇ~~~!!!!!!」
「…………何を考えていたのかは聞きませんが、お忘れなきよう、貴女はメイドさん兼公女殿下です」
「う~!!!!! アレンさんのケチっ! いけずっ! 虐めっ子な御主人様っ! …………どうか、どうか御無事で」
「ええ。ティナ達をお願いします。困ったら、アンコさんに助力を」
「はいっ!」
リリーさんは最後に僕の右手を握り締め、自分の胸に押し付け目を瞑り――双大剣を引き抜き、屋敷へ向けて跳躍した。
……困ったメイドさんだ。でも、有難い。
リドリーさんが、僕をちらり。
「……妹を嫁にするのなら、私を倒してからにしてもらうぞ……?」
「残念ながら、予定はないですよ。来ますね」
「そのようだ」
炎波が吹き散らされ、口元に愉悦を浮かべた『賢者』が現れた。ローブは焦げてすらいない。
僕は魔杖を構える。
「さぁ――第二回戦、といきましょうかっ!」
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