第17話 禁忌魔法

「せ、先生」「ア、アレン先生」

「ティナ、エリー、大丈夫ですよ」


 僕は気圧され、怯える教え子達へ微笑む。

 ――『賢者』。

 大魔法『墜星』を操り、とある国を一夜で滅ぼしたと言い伝えられる伝説の英雄。

 それこそ御伽噺の中の登場人物だ。……本物、なのか?

 リドリー様が厳しい顔になり、僕へ注意を喚起した。


「……本物かどうかの考察は、今、この場においては不要ぞ。分かっているのは、目の前の得体の知れぬ男が、アーサーと私とを同時に相手にしながら、悠々と逃げ切ったという事実のみ!」

「うん? ――ああ、あの時の若い剣士か。ハハハ、この前は遊んでやれずすまなかったな。少しばかり、仕事が溜まっていたのだ。何時の時代も『聖女』は人使いが荒くて困る」


 男は大袈裟な動作で肩を竦め、リドリー様を嘲った。

 ギルとゾイが僕をちらり。

 ……どっちみち戦うしかない、か。

 魔杖で地面を突き魔法を発動。それぞれの名前を呼ぶ。


「リドリー様、リリーさん、前衛を」

「うむ」「はい!」

「ギルは僕と中衛」

「うっす!」

「エリー、ティナと」

「は、はひっ!」

「先生!」


 ティナが叫び、僕へ駆け寄ろうとしたのを制し、目を見る。

 すると、公女殿下は立ち止まり――表情を厳しくし、杖を握り締め頷いた。

 杖すら持っていない、丸腰の『賢者』が口元を歪める。


「ほぉ……私と真正面から戦うつもりか? それは、少しばかり傲慢が過ぎるのではないか? せめて、『七天』を連れて来てほしいものだ。まぁ――」

『っ!』


 僕達が息を呑む中、禍々しい黒の風が狂ったように舞い踊る。

 この魔力……『光盾』『蘇生』『炎麟』を暴走させた際のジェラルトや、水都で交戦した骨竜よりも間違いなく上だ。


「そうさせぬよう手を打ったのだが。如何なロートリンゲンの末裔とはいえ、万を超える骸骨兵には抗しえまい。忌むべき魔女の開発した禁忌魔法は、後先考えない戦場用魔法としては完成されているからな」

「! お、おのれっ!! 貴様!!!」

「リドリー様!」「兄さんっ!」


 戦友の置かれた状況を察し、リドリー様が『賢者』へ突進。

 リンスターの剣技はそもそも一撃必殺を旨とした、戦場剣技。

 その一撃もまた『剣聖』の称号に違わぬ、恐るべき一撃だった。


「はぁっ!!!!!!」


 地面スレスレから、首を狙う必殺の横薙ぎ。感情に呼応し、炎も顕現。

 おそらく、僕の技量では躱すのは困難。少しでも躊躇えば、首が飛ぶ程の斬撃。

 ――だが。


「ハハハ。甘い。甘いなぁ。当代の『剣聖』殿。長く生きていれば、リンスターの剣筋なぞ見慣れている。そのことは――前回で気づいたと思っていたのだが? 存外、頭が悪いのか??」


 『賢者』はリドリー様の魔剣の切っ先に、立ち見下ろしていた。

 どう躱したのかは……不明!

 男が左手を伸ばした。吹雪のような口調。


「……お前には失望した。所詮『七天』がいなければ、この程度か。リンスターとしても半端者なようだし、死体で良いだろう。死んでおけ」

「いいえ」「死ぬのは貴方ですっ!」

「ぬっ」


 僕とリリーさんは一瞬で間合いを消し、油断仕切っていた『賢者』へ左右同時攻撃を敢行した。

 フェリシアを守り、潜んでくれているアンコさんの転移魔法だ。

 リドリーさんへの魔法を中断し『賢者』が僕達へ両手を翳しながら、跳躍した。


「くっ!」「気持ち悪い風をっ!」


 僕の雷刃とリリーさんの双大剣の炎が、黒き風によって阻まれる。

 風属性の防盾……『賢者』の使う大魔法『墜星』は氷属性の筈。どうして、氷を使ってこないんだ?

 半瞬疑問を覚えるも、僕は続け様に指示を飛ばす。


「リドリー様! ギル!」

「おおっ!」「了解ですっ!」

「!?」


 赤髪の公子殿下は愛剣を両手持ちにし、大跳躍。

 ギルの槍と共に、先程を遥かに超える斬撃を真正面から『賢者』へ向け放った。

 男の魔力が膨れ上がり、黒き魔法障壁を展開。剣と槍の同時攻撃すらも喰い止め、口元を歪ませる。


「舐めてもらっては――」

「舐めてんのは、てめぇだよ。うちのアレン先輩を――舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!」


 『賢者』の後上方から、都市全体に轟く叫び声。

 男の出現すると同時に姿を隠し、『奇襲役』として待機していたエルフの美少女――ゾイ・ゾルンホーヘェンが大剣を持って急降下!

 魔力を切っ先に集中し、貫通力を高めての両手突きを『賢者』へ放った。

 やったかっ!?


「小賢しい真似をっ! するなっ!!!!!!!!!!!」

「「「「「なっ!?」」」」」


 『賢者』の身体から、黒の暴風が吹き荒れ、僕達は弾き飛ばされた。

 すぐさま、体勢を立て直し、杖や剣、槍を構える。

 ……今の段取りでも突破出来ないか。

 僕は左隣にいる、リドリー様に話しかけた。


「本物の『賢者』かどうかは分かりませんが……恐るべし魔法士なことに間違いはないようですね。先程は囮役、有難うございました」

「問題ない。『剣姫の頭脳』の指揮能力は四年前に体感している」

「はは……」


 王立学校時代、リディヤとリドリー様の決闘の前、僕は少しばかり助言をした。

 それが勝敗に影響したとは思わないけれど……。

 『賢者』が憎々し気に、僕を睨んできた。


「……ちっ。『欠陥品』とはいえ『鍵』には違いない、ということか。二百年前の狼といい、中々に厄介だな。仕方あるまい」


 男はゆっくりと左手を頭上へ掲げた。

 僕達は身構え、魔法を紡ぐ。

 何を――咄嗟に叫ぶ。


「ティナ!!!!!」「はいっ、先生っ!!!!!」


 屋敷の表玄関前にいる公女殿下と魔力を繋ぎ、予め準備だけはしておいた『氷雪狼』を全力発動。

 屋敷全体を凍結させる勢いで雪風が荒狂い、皆が急速退避。

 『賢者』が魔法の名を冷たく口にした。


「――魔女の開発せし禁忌魔法の一つ、『北死黒風ほくしこくふう』。受けてみるがいい」

 

 同時に左手が振り下ろされた。悍ましい黒嵐が解き放たれる。

 そして、巨大な氷狼と黒き風が、僕達の眼前で激突した!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る