第16話 古の英雄

 氷狼が咆哮し、使徒目掛けて突進を開始した。

 一歩進む度、大氷原が現出。

 残存する魔導兵と骸骨達に反撃すらさせず氷像にし、衝撃だけで砕く。

 何故か、僕に抱き着いているリリーさんが笑みを零す。わざわざ、大剣を仕舞わなくても……。


「うふふ~♪ ティナ御嬢様とエリー御嬢様、凄いですねぇ☆」

「……二人が凄いことには同意します。同意しますが、抱き着かないでください」

「え~いやですぅ★」


 あっさりと拒絶される。まったく、この自称メイドさんはっ!

 逆側に退避したリドリーさんの冷たい視線が僕に突き刺さる。……リンスターって、何だかんだ肉親に甘いしなぁ。

 暗澹たる思いを抱いていると、屋根の上のティナが猛る。


「先生っ! 戦闘中に、何をしているんですかぁっ!!!!!」

「……リリーさん、ズルいです」


 エリーまでも不満を零し、雪風は雪嵐へと変化。

 ゾイとギルに押し込まれ、屋敷の敷地外にまで後退していた使徒の顔が引き攣る。

 短剣を振りかざし、絶叫。


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁっ!!!!! 私は……私は、聖女様に選ばれた使徒っ!!!!! その私が、このような場所で、しかも、『欠陥品』と『忌み子』に負けるわけが――」


 最後の魔導兵と骸骨の最終戦列が砕け散り、氷狼は口を大きく開き使徒に巨大で戦慄する程、鋭い牙を突き立てた!

 ――瞬間、凄まじい猛吹雪が吹き荒れ、視界は純白に。

 同時に、僕の顔には柔らかいもの。


「! リ、リリーさん!?」

「うふふ~♪ これはぁ~アレンさんを守っているだけですよぉ? 他意はありますけど、本当なんですぅ~☆」


 そう言いながら、年上メイドさんは周囲に炎花を展開させ、猛烈な猛吹雪を完璧に相殺している。相変わらず、大した技量だ。

 リンスター公爵家メイド隊は、メイド長のアンナさん、副メイド長さんの下、完全実力主義。『公女殿下』であろうとも、家柄だけで第三席にはなれない。

 ……ただ、今の体勢には問題がある。

 どうにか、抜け出そうとするも、な、何という剛力。僕の貧弱な身体強化魔法では対抗出来ない。


「リ、リリーさん、そ、そろそろ大丈夫ですからっ!」

「え~。仕方ないですねぇ……貸し一! ですよぉ?」


 酷い台詞を吐きながら、ようやく解放してくれる。まったく。リンスターの公女殿下で、僕の言うことを聞いてくれるのはリィネだけか……。

 やや黄昏ていると、雪霧がようやく晴れていく。


「先生!」「ア、アレン先生!」

「おっと」


 後ろから、ティナとエリーが僕の背中に抱き着いてきた。

 そして、警戒心も露わにリリーさんを睨みつける。


「……リリーさん」「ず、ズルいです」

「ええ~!? 今さっきのはアレンさんを守っていたんですよぉ? メイドさんの大事な御仕事ですぅ。エリー御嬢様なら、分かって下さいますよねぇ? フェリシア御嬢様の守りを、黒猫さんに任せてきた、エリー御嬢様ならぁ★」

「え? あ……は、はひ…………」「エリー!?」


 あっさりとハワード主従を分断し、リリーさんは楽しそうだ。

 ――首筋に剣の感触。

 僕は『剣聖』様が言葉を発する前に両手を掲げた。


「……お待ちを。弁明させてください」

「……聞こうか」


 剣が下げられる。

 振り返ると、リドリー・リンスター公子殿下が僕へ猜疑の視線をぶつけていた。

 ……駄目だ。下手な言い訳をしようもんなら、切りかかってきかねない。あと、ゾイを羽交い絞めにしているギルも、目で『も、もう、無理っすよっ!』と訴えてきている。

 僕は瞑目し、決定的な一言を告げた。


「――リンスターの女性に敵う男がこの世界に存在していますか?」

「…………すまん」


 赤髪の『剣聖』様は沈痛な顔になり、僕へ軽く頭を下げてきた。この人も、色々あったんだろうなぁ。

 左手を伸ばすと、拳を合わせてくれた。想いは一つだ!


「むむむ~! アレンさぁん? なにを、男の人同士で分かり合った風になっているんですかぁ?」

「お静かに。全てはリリーさんのせいなんですからね? ――ティナ、杖を」

「先生?」


 頬を膨らましていた薄蒼髪の公女殿下が僕を見てきた。

 ティナの杖に、アーサーが置いていった魔杖で軽く触れる。


 ――清冽な銀風が吹き、雪霧を全て吹き飛ばした。


 杖の宝珠がまるで再開を喜ぶかのように瞬き、魔力が跳ね上がる。


「せ、先生、こ、これって……」「あぅあぅ……」

「僕にも分かりません。分かりませんが……どうやら」

  

 魔杖の穂先を真っすぐ、片膝を付き、苦しそうに息をしている使徒へと向けた。

 短剣と左上半身の灰色ローブは凍結。フードも吹き飛ばされ、素顔を晒している。

 頭には小さな獣耳と角。頬にはぼんやりとした『蛇』の紋章が浮かんでいるが、明滅を繰り返し消えていく。

 ……想像以上に幼い。


「この杖は、君の杖と同じ製作者が作った『氷』の杖のようです――さて、イーディス? と名乗られましたよね? これ以上の交戦に意味はないと思いますが、まだやりますか?」

「ぐっ! き、貴様、今すぐ、殺してやるっ!!!!! 待ってい――」


 立ち上がろうとしたイーディスへ、リリーさんとゾイが一切の容赦なく、炎槍と風槍を放った。

 使徒を名乗る少女を掠め、大氷原と化している通りを穿つ。

 僕は追随しようとしたティナとエリーの魔法を消しながら、二人を窘める。


「……リリーさん、ゾイ」

「アレンさんに汚い言葉を言いました」「殺してくれ、と同義だろうが?」


 僕は頭痛を覚え、額を押した。

 代わって、リドリー様が詰問される。


「何故だ? 何故、聖霊教は大陸西方全体に騒乱を起こそうとしている? 『聖女』とやらの存在が、汝等を悪しき集団にしているのか?」

「…………はっ! 何を言うかと思えばっ!!」


 イーディスが嘲り、凄まじい憎悪を向けてくる。

 ――この顔を、僕はかつてリディヤ、そしてゼルと共に相対した『彼女』の瞳にも見た。


「この世界は、余りにも、余りにも醜悪だっ! 強き者は弱き者を軛の下に置き、存在すらも認めないっ!! あの御方は……聖女様は、そんな世界に涙を零され、変えようとされているっ!!! あの御方は正しい。絶対的に正しいのだっ!!!!! とっとと、そのことに気付き、全てを差し出せっ!!!!!」

「……先輩、これはもう」


 ギルが冷たい声で僕を促す。

 ……話し合いは無理、か。


「エリー、リリーさん、ギル、拘束を」

「は、はひっ!」「はい~」「了解っす!」

「「…………」」


 名前を呼ばれなかったティナとゾイがむくれているも、敢えて無視。この子達に、微妙な魔法制御は任せられない。

 エリー、リリーさん、ギルが、それぞれ拘束魔法を発動。

 使徒の少女に殺到し――


「……仕方ない子だ」

『っ!』


 突如、降り立ったフード付きローブを羽織った男は、百を超える魔法を無造作に薙ぎ払った。

 衝撃で氷原に亀裂が走り、割れていく。

 続けて、もう一人の灰色ローブが現れ、イーディスを担ぎ上げる。


「っ! ヴィ、ヴィオラっ!? は、放せっ! わ、私はまだ――」

「……【賢者】様の邪魔になります。退きますよ」

「ま、待」


 イーディスと女の姿が掻き消える。

 ……今のは水都に現れた聖霊教の。だけど、それよりも問題は。

 男が、僕達へ視線を向けた。

 何の感情も籠っていない声で、宣告してくる。


「――悪いが、子等が目的を果たす間、少し遊んでもらうぞ。加減は苦手でな、死んでしまっても文句は言うな。なに……後々、『聖女』が蘇らせてくれるさ。どういう形でかは知らんがな」

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