第15話 使徒

 使徒イーディスを名乗る少女が叫んだ途端、床、壁、天井に魔法陣が出現。

 次々と骸骨達が這い出て来た。


「大規模召喚魔法……いや、これは」

「くっくっくっ……古の魔女が創りし禁忌魔法『故骨亡夢ここつぼうむ』だ。貴様程度の力で、防げると思」


 最後まで言わせる前に、炎の凶鳥が飛翔した。

 フード下の口元が引き攣り――着弾。


「っと」


 業火と暴風が吹き荒れ、辛うじて残っていた正面玄関の残骸とステンド硝子を悉く吹き飛ばし、屋敷全体をも震わせる。

 僕は容赦なく、炎属性極致魔法『火焔鳥』を放った年上メイドさんを窘めた。


「リリーさん、もう少し情報を引き出したかったんですけど?」

「――アレンさんの悪口を言いましたから」

「え、えーっと……」


 口調とまるで合わない、怖い微笑。

 魔力に呼応して、黒のリボンで結ばれた長い紅髪がたなびき、無数の炎花が舞っている。

 ――そうなのだ。

 『リンスターのメイドさん』を自称していても、この人の名前はリリー・『リンスター』。リディヤの従姉。怒らしてはいけない。

 炎の中で滅んでいく骸骨達を見やりながら、僕は魔杖を回転させ、尋ねる。


「手応えは?」

「出現した魔法陣は全て潰しました。本体は――そこです!」


 リリーさんが無造作に両手の大剣を頭上へ振るった。

 直後――凶鳥を回避し、転移してきた使徒が慌てた様子で、体勢を変化。

 風魔法で無理矢理、屋敷の外へと再び退避した。

 十字の斬撃がシャンデリアを吹き飛ばし、落下する前に炎花の嵐で消失する。

 年上メイドさんが、前傾姿勢を取り突撃態勢に。


「――いきます!」「……ダメです」

「ひゃん! ア、アレンさん?」


 リリーさんの首元に、水滴を落とし我に返らせる。

 魔杖で円を描くと、雪風が吹いた。

 左手の人差し指で年上メイドさんの額を押す。


「あぅ……」

「落ち着いてください。リリーさんの実力は信頼していますが……相手は、おそらく水都で交戦した聖霊教異端審問官と同等か、それ以上の存在です。冷静さを欠けば、足元をすくわれかねません」

「う~……」


 大剣を床に突き刺し、額を押さえたリリーさんが唇を尖らせ、恥ずかしがる。

 僕はわざとらしく肩を竦めた。


「大丈夫ですよ。アンナさんやロミーさんには内緒にしておきます。まぁ……リリー公女殿下次第ですけど、ね」

「うう~! ア、アレンさんは意地悪ですぅ! そ、そうやって、女の子を虐めるのは大罪だって、御母様や御祖母様が言ってましたぁぁぁ!!」

「はいはい」

「はい、は一回ですぅぅ~! もうっ!」


 頬を薄っすら染め、リリーさんは双大剣を引き抜いた。偵察の小鳥達が次々と状況を報せてくる。

 ――使徒は未だ交戦を諦めていないようだ。

 僕は年上メイドさんを促す。


「さて、気分転換も終わりましたし――行きましょうか」

「――……はい!」


※※※


 玄関から外へ出ると、使徒は正門前に立っていた。灰色ローブの袖や裾が破れ、焦げている。

 手には聖霊教異端審問官が使う片刃の短剣を握りしめ、魔法を紡ぎ続けている。

 地面からは、無数の骸骨達。

 僕達を睨みつけ、憎悪の絶叫。


「……おのれっ! おのれおのれおのれぇぇぇぇぇっ!!!!! 聖女様より賜りし、我がローブをよくも傷つけてくれたなぁぁぁぁ!!!!! 殺すっ! 殺してやるぞぉぉぉっ!!!!!!!!!!」

「「!」」


 イーディスの魔力が一気に膨れ上がり、巨大な召喚陣が虚空に描かれた。

 ……この感じ。

 ジェラルドが使っていた大魔法『光盾』『蘇生』、そして『炎麟』と同格の大精霊の力の残滓を埋め込んでいる!

 召喚陣から、長槍と大楯を持ち、鎧兜を身に纏った魔導兵達が、骸骨達を踏み潰しながら現れた。

 その数――八体。

 僕は思わず感嘆する。


「同時に、これ程の数を召喚するとは……」

「当然だっ! 聖女様が私に与えて下さった偉大な力を持ってすれば、この程度、児戯に等しいっ!!!!! ……貴様は捕らえるつもりであったが、別に死体でも構わぬ。そこの奇怪な女と共に、此処で死ねっ!!!!! 行けっ、魔導兵共っ!!」


 兜で隠れている魔導兵の瞳が妖しく光り、骸骨の群れと共に前進して来る。

 リリーさんが僕を見てきた。遊んで良いか聞く大山猫の如し。

 ……リンスターって。

 苦笑すると、イーディスが激怒した。


「何がおかしいっ! 『剣姫』のいない貴様なぞ、虚さえつかれなければ、の敵ではないっ! 狼狽え、泣き叫び、命乞いをしろっ!!」

「……アレンさぁん?」

「はぁ……リリーさん、物事には『機』というものがあるんですよ」


 使徒を名乗る少女の言葉を無視し、微笑み前傾姿勢を取った年上メイドさんを止める。……そろそろ、か。

 イーディスは身体を震わせ、怒鳴った。


「何をしている、魔導兵共っ! そいつ等を殺せっ!! 肉塊も残すなっ!!!」

「物騒ですね。言っておきますけど――それは中々難しいと思いますよ? ギル! ゾイ!!」

「「はいっ!!!!!」」

「!?」


 片目を瞑って使徒を揶揄し、僕は後輩達の名前を呼ぶ。

 上空から返事が響き、ゾイとギルが使徒を強襲! 

 魔法生物の大鳥を呼び出し、認識阻害魔法も併用して機を窺っていたのだ。

 同時に、僕とリリーさんも魔導兵達へ突撃を開始する。


「ちぃっ!」


 完全な奇襲を受けながらも、イーディスはフードを切り裂かれながらも、ギルの槍とゾイの大剣を短剣で受け流し、後退してみせた。

 僕の正面にいた魔導兵へリリーさんが双大剣を振り下ろし、十字に斬り捨てる。

 ――炎花と共に業火が巻き起こるも、他の魔導兵達は無視しリリーさんへ殺到。

 公女殿下はぞんざいに言い放つ。


「兄さん。出番ですよ」

「――うむ」


 紅閃が空間を走った。

 時が止まった感覚を覚え――三体の魔導兵、数百の骸骨が胴体を上下に断たれ地に伏し、猛火の中に消えていく。

 残りの四体はそれでも前進を止めないが、僕は『土神沼』『氷神蔦』『闇神糸』を同時発動。足を取り、一時的に拘束する。

 その間に、リリーさんの隣へ古い魔剣を抜き放った騎士――『剣聖』リドリー・リンスター様が歩み寄った。

 顔を顰め、本気の慨嘆。


「……もう少しで新作菓子が焼き上がる所だったのだが……」

「後にして下さいっ! あと、横着しないで魔法も使って、とっとと実家に戻って副公爵家を継ぐっ!!! そうしたら、私はアレンさんのお嫁さんに行けるんですからっ!!!」

「…………ぬぅ」

「リリーさん、リドリーさん、そこら辺で。残りの魔導兵と骸骨は――」


「私達が倒しますっ! エリー!!」「は、はいっ! ティナ御嬢様っ!!」


 後上方から少女達の声が響き、凄まじい雪風が吹き荒れた。

 ――氷属性極致魔法『氷雪狼』が大顕現。

 ティナの氷狼にエリーの風属性上級魔法を合わせたのかっ!

 教え子達の成長に心強さを覚えながら、僕は声を発した。


「リリーさん、リドリー様、ゾイ、ギル、退避を! ティナ!!」

「いきますっ!!!」


 僕達が左右に分かれると、屋敷の屋根の上にいた薄蒼髪の公女殿下は高く掲げていた、杖を容赦なく振り下ろした!

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