幕間―6 ステラ・ハワード
自分に自信を抱いたことなんて、今まで一度もなかった。
勿論、ハワード公爵家長女として、出来るだけの努力は積み重ねてきたと思う。 だけど……そんなもの、現実の実力差の前では単なる自己満足に過ぎない。
それを今日、私はまざまざと見せつけられた。
リディヤ様の剣技は、本当に美しかった――まるで剣舞。
アレン様の魔法は、基本魔法を全属性かつあの数を制御するなんて――神業だ。
カレンの身体強化魔法は相変わらず見事で――正直、羨望を覚えた。
けれど、この三人に対しては『仕方ない』という思いが勝った。
お二人の、同じ人間とはとても思えない凄まじい業績と様々な噂を、私はずっと前から集めて知っていた。そして、親友であるカレンにも、内心で『敵わない』と思ってしまっていたから。
私を絶望させたのは――年下の三人の姿を見た時だった。
『今の御言葉、取り消して下さいっ!』
「……殿下、私への侮蔑だけでしたらまだしも兄様への侮蔑は見過ごせません」
『アレン先生は――そんな方じゃありませんっ!』
王国の第二王子であるジェラルド殿下が発したアレン様への侮蔑に対して、あの三人は一切の躊躇なく、挑みかかった。
……どうして?
どうしてそんな事が出来るの?
相手は王位継承権第二位の資格を持つのよ?
下手をしたら、自分自身の命だって――その時、私の隣に座っていたカレンが立ち上がる。
『――リディヤさん、ここはもらいますよ?』
『……ええ』
『初めまして、アレンの妹のカレンです――我が兄への侮蔑、それは私と両親、そして我が一族への侮蔑――王族だろうと見過ごす事など出来ないっ!!』
私はカレンがここまで激昂したところを見た事がない。
自分達が何を敵に回したのかをようやく理解して、目の前で、王子達は震えあがっていた。
――模擬戦が始まった後、私の絶望は更に深まった。
ティナが魔法を使えるようになった事は知っていた。
それは本当に喜ばしく、報せを聞いた時は心から嬉しかったのだ。
……妹がずっと苦しんでいたのは知っていたから。
同時にこうも思ったのだ。アレン様は幼い頃に絵本で読んだ『魔法使い』なんじゃないか? と。
……彼は本当に『奇跡』を成し遂げていた。
ほんの三ヶ月前まで、基本魔法すら使えなかった妹は、私が未だその取っ掛かりすら得ていない『氷雪狼』を息をするかのように使いこなしていた。
普通のメイドだったエリーは私よりも美しく、隙のない魔法式を描き、無数の上級魔法を恐るべき静謐性で展開させ、空間を支配していた。
リィネもまた、王子に対して剣で互角以上に渡りあい、『火焔鳥』を完全に操っていた。
彼女達の姿を見た時。私は自分の中で何かが音を立てて崩れるのをはっきりと感じた。
……その後、自分がどうやって王宮を出たかは覚えていない。
気付いた時には王立学校の寮へ向かって歩き出していた。
――これから、私はどうすればいいんだろう?
昔から、ティナは私よりずっとずっと賢い子だった。
既に農作物の新品種開発や、新しい農法導入で多大な功績もある。
だけど魔法は使えなかったから、私が公爵家を継ぐしかないんだと思っていた。
我がハワード家は北方鎮撫を任された武門の家系。
その当主が、魔法を使えない、では通らない。
お父様には反対されたけど、王立学校進学を決めたのはそういう理由があったから――でも今、ティナは遥か先を歩いている。
私は、私は、どうしたら……
「――ていっ」
「冷たっ! カ、カレン!? どうして、此処に? アレン様達と一緒に行かれたんじゃ……」
「……さっきからずっといたわよ。今のステラを放っておくなんて出来ないもの。貴女――酷い顔よ? 取り合えず、飲みなさい!」
「えっ?」
「いいから飲むのっ!」
カレンが私に氷入りの果実汁を渡してきた。
一口飲む――甘い。
「嫌な事があったら、甘い物を食べたり、飲んだりして、お風呂に入って、暖かくしてすぐ寝るのよっ! そうしたら――明日なれば大丈夫。また歩き出せるわ」
「……そうかしら?」
「勿論よ。だって、これは兄さん直伝だもの」
「……アレン様でも、挫折したり落ち込む事があるの?」
「ステラ――ちょっと、幻想を抱き過ぎ。兄さんはあれで弱虫なのよ? すぐ落ち込むし、すぐ逃げたがるわ。今の貴女と同じね」
「……嘘よ」
「嘘じゃないわよ、だって――」
「嘘よっ!」
一度、言葉にしてしまうと後は止まらなかった。
……自分の中にある汚い部分が顔を出す。
「リディヤ様と互角に渡り合える人が王国内にどれだけいると思っているのっ! 今まで一切魔法を使えず『ハワードの忌み子』とすら言われたティナに、どうやったら三ヶ月で極致魔法を使わせられるようになるのよっ!! そんな『奇跡』を成し遂げた人が――何も持ってない私と同じだなんて、そんなの……そんなの……信じられる訳ないじゃない……」
「――ステラ」
とても優しい声――カレンが私を抱きしめ「大丈夫、大丈夫」と呟きながら頭をゆっくり撫でる。
「……昔ね、私が今の貴女みたいになった時、兄さんは私が落ち着くまでずっとずっとこうしてくれたの」
「……カレンが? 今の私みたいに?」
「ステラ、貴女は私も過大評価してるわ。考えてみて? 私の兄は――誰?」
「っ!」
「……昔は嫌いだった。どうして、人族が私の兄なんだろう、ってずっと思ってたわ。それに私より勉強も出来るし、魔法も凄いし、体術だって敵わない――だけど、あの人は、あの人と両親だけは私をずっと、どんな時でも信じてくれた」
「信じて……?」
カレンが今まで見せた事がない微笑みをこちらに向ける。
――ああ、この子には揺るがない絶対の拠り所があるんだ。
「兄さんは、勉強が苦手で、魔法もろくに使えなくて、狼族なのに体術も駄目だった私を――私自身ですらもう諦めかけていたのに……信じてくれた。『カレンなら大丈夫。だって僕のたった一人の妹だもの』って。何の根拠もないのにね――だけど、それを信じたから、信じられたから、私は今ここにいるのよ」
「……カレン」
「分かる? つまりはそういう事なのよ。だから――貴女はどうしたい?」
親友からの真摯な問いかけ。
――奥歯を噛みしめる。
私は――私は――
「……このままじゃ嫌っ!」
「そ、なら――する事は決まってるわ」
カレンが不敵に笑う。
……あれ?
何か嫌な予感――次の瞬間、私の心臓が高鳴ったのは仕方ないと思う。
「――ステラ、私達もリィネ達と一緒に兄さんから色々教えてもらいましょう。年下の子達に独占させるのも癪だしね」
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