幕間―5 続悪巧み

「は、母上――そ、そろそろ、ご勘弁いただけないでしょうか……? 先程の拷問――模擬戦で気絶し、気が付いたらこんな状況……も、もう、足が……明日も朝から訓練が……」

「う、うむ……リサよ……わ、私も王宮へ行かねばならぬ……その、だな……」

「――石が足りなかったかしら? アンナ?」

「はい、奥様。ご用意はございますが――お客様です」

「……お取込み中だったか」

「リサ、リカルド。リチャードも元気そうで何より。アンナ、僕は赤ワインを」

「かしこまりました、教授。ワルター様も同じ物で?」

「うむ」


 僕とワルターが待ち合わせ場所――リンスター家が贔屓にしている高級ホテルの特別室に赴くと、リカルドとリチャードが揃って正座していた。

 ……膝の上に重石を置くのは確か東国伝統の拷問法だね。

 しかし甘い。本来は普通の床に座らせない。

 相変わらずリサは優しい子だ。


「――教授、言いたい事があるのかしら?」

「君は相変わらずだなって。僕の使い魔が陛下から聞いたけれど……やらかしたね、リカルド」

「まったくだ」

「わ、私は良かれと思ってだな……」

「リチャードもだよ?」

「き、教授、流石にそれは……ぼ、僕はむしろ被害者――」

「リチャード、妹を恐れて役割を放棄し、あの子をアレンへ押し付けたのは誰です?」

「……僕です」

「あなたも……私は言いましたよ。『あの子が承諾する筈はない』と。それを陛下と謀り強行したのは誰です?」

「……私だ」

「言う台詞は?」

「「ごめんなさいっ!」」


 ……大分怒っているね。

 ワルター、僕等は乾杯しよう。

 美味いね、この赤ワイン。


「我がリンスター家が売り出す予定の品でございます」

「ワルター、君の所も負けていられないよ。ティナ嬢が品種改良した野菜や植物を王都へ売りに出すと言っていたよね?」

「……窓口役に適任者がおらん。グラハムでも北と王都全ては」

「無理だね」


 彼は非常に有能だけど――働き過ぎ。

 聞く限り今の状態でも信じられない仕事量だし。

 ――ん? 


「リサ、二人を解放してくれないかな? 真面目な話をしたい」

「……仕方ないですね。アンナ」

「はいっ!」


 アンナがひょいひょいと重石をどかし、片付けてゆく。

 ……簡単に持ち上げているけれど、あれ、一枚一枚が相当な筈なんだけど。

 いや、敢えてふれまい。

 ――肩を抱き合って泣いている父と子の図が、物悲しいなぁ。


「……次はありませんからね?」

「「は、はい」」

「それで――教授、また何か悪い事を思いつきましたか?」

「失敬な。ところでリサ、リィネ嬢をアレンへ預けたのかい?」

「ええ。ハワード家だけにアレンを渡しておくのは不均衡でしょう?」

「私は聞いてないぞ!?」

「……私もだ」

「言う必要が? ティナもエリーも優秀な子です。だけど、好敵手ライバルは必要。アレンも承知してくれたわ」

「……リィネはアレンを慕っているのだぞ?」


 リカルド、それは聞くまでもないんじゃないかな?

 むしろ、それも狙ってると思うよ。

 案の定リサは、当然、といった表情。


「構わないでしょう。あの子程の逸材が二人の相手になってくれるなら、リンスター家の将来は安泰です」

「……私はまだ認めた訳ではないからな。彼が素晴らしい青年であることは分かっている。分かっているが」

「お父さんとしては、娘を取られて寂しいという訳か。さて、ここで提案。アレンは非常に優秀――いや、優秀過ぎる」


 今回の一件で、彼を公的立場へ処遇する案は事実上凍結を余儀なくされた。

 何しろ、余波であの愚か者――ジェラルド王子が近衛から追放され、僻地で謹慎処分となるらしいのだ。

 陛下も思い切った。が、その後でアレンを抜擢するのも難しい。

 ……本当に面倒だ。

 でも、彼は必ず繋ぎとめておかねばならない人間。

 ならば、を作ればいい。

 

 ――私案を一通り披露し、尋ねる。


「現状で、アレンは公女殿下とそのメイド――エリー嬢はグラハムのお孫さんだから重要人物だけれど――の家庭教師に過ぎない。僕の提案は良い線になると思う」


 皆、一様に考えこむ。 

 口を開いたのはリチャードだった。


「アレンが納得するでしょうか?」

「しないね」

「――違うわ。のよ。あの子へ此方の手札を見せて、窮状を伝えれば、やってくれるわ――少し色をつけてだけどね」

「流石はリサ。賛同してくれると思っていたよ」

「あの子を逃す程、私は馬鹿じゃない――あなたとワルターもそれでいいわね?」

「「うむ」」


 どうやら、丸く収まりそうだ。

 くくく……アレン君、家庭教師だけなら週8日の内、精々3日間で済む、と考えていたのだろう? 甘い甘い。

 嫁を押し付けようとした事を私は覚えているのだよ!


「――次よ。教授」

「待ったっ!! リサ、この際だから言っておくけれど、僕は嫁を募集していない」

「何の事かしら?」

「……違うのかい?」

「私が言いたかったのは――」


 そう言って分厚い古書を差し出してきた――こ、これは、魔王戦争以前に書かれた禁書じゃないかっ!?

 こ、こんな貴重な物を何処から――咄嗟に受け取る。


「――受け取ったわね?」

「それが何――はっ!? この魔力は――」

「アレンからよ。解読するまでまとわりつくらしいから――学園長と協力するといいわ。


 またしても――またしても、謀ったなっ!

 だ、だが僕は負けぬ。負けぬとも。

 この程度の古代語、あんないけ好かない奴の力を借りずとも解いてみせる!



 ……全てをで解読し終えるのはもう少し先の話だ。

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