幕間―4 ある近衛騎士の戦慄

「いったい……いったい、何なんだ! この状況は!?」


 今年、我等が栄えある近衛騎士団へと入団した新米共と中堅の一部が、王宮でやらかしたらしい――そう、同僚から聞いた時は耳を疑った。

 何しろ今日は、新しい王宮魔法士様が初出仕となる晴れの舞台。

 陛下も御臨席されるし、四大公爵様もこの日の為に王都へ出て来られている。つまり、王国内の重鎮が揃ってご臨席されている訳だ。

 そんな日に、近衛所属の人間が揉め事を起こすなど……あり得ない。

 これは、厳重に注意をせねば、と同僚達と意気込み、問題の連中が向かったという修練場へやって来たのだが……。


「……君達も来たのかい? すまないね。ご苦労様」

「はっ! 副団長、この状況は……?」


 壁の傍に佇んでおられたのは、リチャード・リンスター様。その姓が示す通り、四大公爵の一角、リンスター家の御嫡男だ。

 若くして近衛騎士団副団長を務められているお方で、剣才と魔法、そして軍才によって今まで幾多の戦場で武勲を挙げてこられた。我々のような貴族出身者ではない叩き上げにも配慮して下さる得難い上官だ。

 ……誰とは言わないが、幹部の中には我々を露骨に見下す糞野郎……失敬。そういう主義のやんごとなきお方もおられる中で副団長の存在は輝いている。

 普段は微笑みを絶やされず、冷静な副団長だが――目の前の状況を見られて、流石に少し悩まれているようだ。

 

 ……無理もない。

 

 何故なら、栄えある近衛騎士達が僅か一人の少女――燃えるような赤髪だ――によって蹴散らされているのだから。


「……少々、厄介な事になってね。ああ、あれは僕の妹だよ。名はリディヤ。『剣姫』の名は聞いた事があるんじゃないかな?」

「あ、あの方が!?」


 ここ数年、王都において一気に名声を高めた人物が二人いる。

 一人は『剣姫』こと、リディヤ・リンスター様。

 王国内最高学府である王立学校を僅か1年でご卒業。王立大学校へ進学された後、様々な事件に関わり、その圧倒的――否、神がかった剣才と魔法により様々な事件を解決。

 噂では、うちの団長と並んで王国最強を謳われる『剣聖』様や、当代の『勇者』様とも互角に渡り合ったという――流石に信じてはいなかったが。

 ……ただ目の前の光景は、真実だったかもしれない、と思わすに十分過ぎる。

 健在な騎士達が次々と挑みかかっていくが……あれでは……。歴然とした技量の差。まるで……団長と我々の訓練風景のようだ。う、寒気が……。


「今日は晴れの日だったんだけどねぇ。彼等もいらん事を。ただでさえ機嫌が悪かったのに、を言ったみたいなんだよ。も狂わされたし、困ったものだね」

「……止めなくてよろしいのですか?」

「止めてくれるかい?」

「い、いえ……情けない話ですが、足止めにもならないかと」

「正しいね。君達を貶してる訳じゃないんだ。あの状態のリディヤを止められる人間なんて、そうざらにいない――気付いてるんじゃないかい?」

「はっ。『剣姫』様は攻撃魔法を使われていないようですが……」


 リンスター家の象徴、炎属性極致魔法『火焔鳥』は全てを焼き尽くす至高の炎。

 味方にとっては絶対的な勝利を。敵にとっては死そのものを贈る魔鳥。

 それを、あのお歳で自在に使いこなし、噂ではあの王立学園長をすら圧倒したと聞き及ぶ。

 だが……修練場にその跡は皆無。

 呻き倒れている騎士達は全て、斬撃を受けてのものだ。


「正解だよ。流石は叩き上げ――そこらのガキ共とはレベルが違うね」

「はっ! ありがとうございます。ですが、何故なのですか?」

「簡単だよ。そうリディヤが宣言したからさ。『魔法がご不満? 別に剣だけでいいわよ?』ってね。近年に稀に聞く阿呆さだよ。『剣姫』だよ? 魔法にばかり目がいったんだろうけど……剣術の方が強いに決まってるじゃないか。同時だともっと手がつけられないけどさ」

「は、はぁ……では、どうされますか?」

「――手は打ったよ。にするのは癪だけれど。これから身にもなってほしい」

「……手とは?」

「それはね――どうやら来たようだ」


 副団長が言われてからすぐに、青年――執事?――が修練場へ入って来た。

 ……数名の美少女とメイド達を引き連れて。

 あの野郎、何処のどいつだ!

 何だ? 美形だからって全てが許されると――副団長が挨拶をされる。


「すまないね――こんな所まで来てもらって」


 ……どうやらお知り合いのようだ。

 二人の会話を聞くに、この男が噂のもう一人――『剣姫の頭脳』と謳われた、アレンという男らしい。

 

 ――こんな優男が、あの? 

 

 『剣姫』様と二人で、龍や悪魔すら退けたという?

 俄かには信じられない。

 優男と副団長が修練場へ。そしていきなりの『火焔鳥』。

 あ、いかん、これは死――をもたらす魔鳥が腕の一振りで掻き消える。

 

 ……はぁ!?


 う、嘘だろ? 仮にも極致級魔法をそんな容易く……。

 ――この後、繰り広げられたお二人の『じゃれ合い』は、俺に戦慄を与えるには十分過ぎた。噂の方がむしろ過小だわ、これ。

 同時に大きな疑問が浮かぶ――これ程の人物が何故、在野に? どう考えても王国を支えていく人材だと思う。 

 出来ればあの糞野郎と取り替えてくれれば心底有難い……。


 その後、の妹様と教え子だという御令嬢方が、我が騎士団第8席とその腰巾着共を一方的に嬲るなぶ……負かされる事案も発生したものの、些細な事だ。

 ――いいぞ、もっとだ、もっとやれっ! 手加減なんか無用だっ!! やっちまえっ!!!

 ……取り乱しました。



 最後に――大丈夫ですよ、副団長。

 貴方のそんなお姿を見ても、我々は味方ですし、納得してます。

 何しろ……どう考えても相手が悪過ぎますしねっ!

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