第25話 宣言

 人生には何もかもを捨てて逃げ出したい時がある。

 ……往々にしてそういう時は逃げ出せないものなんだけれど。

 でも――嗚呼、神様。

 今回のは流石にどうかと。僕は信心深くないですが……ここまで辱めなくても良いでしょう?


「アレン――いい加減、拗ねるのは止めなさい」

「兄様、その隠していた訳じゃなくて……その、あの……」

「大丈夫だよ。ありがとう」


 リィネに向かって頷く。

 王宮からリンスター家へ戻り、大分時間は経ったけれど、リディヤの顔をまだ見れない。

 カレンが帰ったのは幸いだったかな?

 思いつめた様子のステラ様と帰っていったけど――後で様子を聞いておこう。

 まぁ……僕にだって羞恥心があるからして、隠せていたと思っていた王宮魔法士試験の一件を、当事者達(両親には報せてないらしい。良かった……)が当の昔に知っていた、と聞かされて平常心は保てない。

 ――肩を掴まれ、強制的に姿勢を変えさせられる。目の前には傍若無人な我が腐れ縁の顔。


「……何でこっちを見ないのよ?」

「……それは、そうだろう?」

「――しなければ良かったと思っているの?」

「馬鹿な事を言うなよ」

「なら――胸を張りなさい。それに……その、嬉しかったんだから、ね」

「……君のそういうとこには負ける」


 頬を赤らめ、上目遣いをしているリディヤは――物凄い破壊力。

 不覚にも抱きしめそうになる……したら、燃やされかねないけど。


「先生、もう大丈夫ですか?」

「アレン先生、これお水です」

「ありがとう……お恥ずかしい姿を……」

「い、いえ、そんなこと」

「あ、あの……とっても可愛らしかったです……」

「エリー、虐めないでください。だけど、ありがとう」

「は、はい!」

「む……先生はエリーに甘過ぎると思いますっ!」

「メイドに嫉妬なんて……心が狭いわね、首席様は」

「なっ…! あ、貴女だって、ちょっと嫉妬したくせにっ!」

「……してません」

「してましたっ!」

「してませんっ!」

「お、お二人共、喧嘩は、だ、駄目です!」


 ああもう、この二人は……。

 昼間の様子を見る限り、仲良しだと思うんだけどなぁ。

 やれやれ――リディヤ、どうして僕の袖を引いているんだい?


「――座りなさい」

「えっ? いや、止めないと――」

「い・い・か・ら!」

「はぁ……はい、これで――」


 リディヤが座っているソファーの腰かけ――強引に横にされる。

 えっと……。

 戸惑っていると優しく頭を撫でる暖かい手。


「……ねぇ」

「何?」

「流石にその……恥ずかしい……」

「耐えなさい、男の子でしょう?」

「……今の言い方、リサさんにそっくり、痛っ!」

「他の女の話をするなんていい度胸ね」

「……実の母親だよ!?」


 所謂、膝枕状態――アンナさんがいない事だけが救いか。

 それにしても今日は何時になく甘々……まぁだけど


「あああああ!!!」

「ア、アレン先生っ! そういうのは、だ、駄目だと思いますっ!」

「兄様、姉様――少しは恥じらいをっ!」


 早々ゆっくりも出来ないよね。

 視線をリディヤに向け――二人して苦笑。


「また、お二人だけの世界をっ!!」

「……いいなぁ」

「姉様、次は私も」

「駄目よ。この際だから言っておくけど――こいつは私の。貴女達には渡さない……相手にもならないけれど」

「なっ!?」

「そ、そんなの……!」 

「そ、それは酷いと思います」


 ――取り合えず、僕の意思は関係ないらしい。

 リディヤに立ち向かっている三人を微笑ましく思っていると――扉があき、リサさんとアンナさんが入って来た。

 

 リチャード……やっぱり駄目だったか。せめて安らかに……。

 

 、ではなく折檻――否、拷問なんて絶対にごめん被りたい。

 だけど、昼間売られたからなぁ。安らかじゃなくていいかな? 死んではいないだろうし……多分。


「騒がしいわね。アレン、今日は手間をかけさせたわ。うちの人も含めてをして……後で叱っておくから」

「いえ……ただ、正直、僕の手に余ります」

「『力』には責任が伴う。貴方なら分かっているわね?」

「……はい」

「なら、こんな程度で動じてる暇はない筈よ。これからもっとあるのだから。取り合えず――リィネ」


 リサさんが、リィネを呼ぶ。

 きょとんとしながらも、僕の隣に駆け寄って来た。


「母様、何か御用ですか?」

「貴女、アレンに魔法を習いたいかしら?」

「えっ……」

「即決なさい」

「習いたいですっ!!」

「――という訳で、この子の事もよろしくね。ティナ、エリー」

「「は、はいっ!」」

「独占は駄目よ? イイ女は堂々としてなさい」

「「わ、分かりましたっ!」」


 ……リサさんは最初からこれが狙いだったのか。

 やれやれ、本当に敵わないや――リディヤ、そんなに睨みつけない。君だってこればかりは、ねぇ?



※※※



「――先生、こんな所におられたんですか。探しちゃいました」


 振り向くと寝間着姿のティナが立っていた。

 見てるだけで寒い――僕の外套を羽織らせる。


「ありがとうございます――暖かいです。リンスター家のお庭は綺麗ですね。植物達も嬉しそう」

「こんな時間にどうされたんです?」

「――先生」

「?」


 ティナが意を決したように口を開いた。


「私――今日の事で分かりました。自分はまだ全然駄目なんだって」

「そんな事は」

「あります。だって――今、先生の隣にいれるのは」


 強い視線をこちらに向けてくる。

 これは逃げれない。


「リディヤさんだけです。私は、私達は――手を引かれているだけ」

「……ティナ、貴女は」

「私はまだ子供かもしれません。だけど――何時までも子供じゃありません。――私は必ず貴方のに立って見せます。絶対です。ですから、これからもよろしくお願いします」

「……楽しみにしておきます。さ、中へ行きますよ。風邪をひいたら大変です。明日も学校なんですからね?」

「そ、そうでした! 早く戻りましょう――手を握ってくださいますか?」


 まったく、王宮魔法士の試験に落ちてから僕の人生は本当に目まぐるしい。

 ……明日からもまたが待っているんだから。

 そう思いつつ、僕はティナの手を握り邸宅内へ向かう扉へ歩きだしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る