第52話 連合統領
翌朝、僕達は朝食を済ませ最上階の部屋で人を待っていた。
室内には、礼服を来た僕とリディヤとシェリル。そして、護衛役のリリーさんしかいない。
他の子達は、他の部屋で待ってもらっている。今日は……あまり見せたくない姿を見せてしまうかもしれないからだ。あの子達に余りそういう姿は見せたくない。
リディヤとシェリルには、もう散々情けない姿を見られているし、今更だ。第一、同席を許さなかったら、朝から大戦争だ。死んでしまう。僕が。
部屋の中には、机が二台と椅子が二脚。
……なお、紅髪の公女殿下と金髪の王女殿下の機嫌、甚だ悪し。
地味でありながら、それでいて明らかに最上質だと分かる椅子に座りながら、後ろで腕組みをしている、紅のドレスと白の魔法士姿の同期生二人へ嘆息する。
「……いい加減、機嫌を直してほしいんだけど?」
「はぁ!? あ・ん・た、がわ・る・い、んでしょうっ!!!」
「アレン……幾ら、妹さんだからって、ど、同衾するのは、い、いけないと思うわっ!!!」
昨晩、僕は途中までイェン、ギルとお酒を飲んでいたのだけれど、アトラが泣きながら飲んでいる二人を嫌がったので、別の部屋で寝たのだ。
その際、アトラがカレンに抱き着いたまま寝てしまったので、同じベッドで寝た次第。軽く手を振る。
「王都の下宿先でも、カレンはあんな感じだよ。昨日は色々あり過ぎたし、結構、衝撃を受けていたんじゃないかな。ああ見えて……そんなに強くないんだ。優しいからね。リディヤは知ってるじゃないか」
「そういう、問題、じゃないっ!」
「おおおお、王都でも、し、してるって…………! リディヤ……」
酷く狼狽したシェリルが、何かに思い至ったらしく隣の公女殿下へ細目。
王女様は、王立学校卒業後、すぐに水都へ留学してしまったので、カレンが泊まりに来ていることも知らないし、リディヤが定期的に泊まっていることも知らないのだ。
……文通はしていたけれど、わざわざ、手紙でそんなこと書かないし。
リディヤが露骨に話題を逸らす。
「……で? どうするの?」
「あ、こら!」
「ん? どうもしないよ。先方の出方次第かな」
「仮に――馬鹿なことを言ってきたら」
「シェリルに判断を」
「アレンに全部任せます。これはシェリル・ウェインライトとしての正式命令です」
「…………僕の同期生は、厳しいったらないね。リリーさん、荒事になった場合は」
「はいぃ~――既に、大奥様、大旦那様には伝達済みです。決裂次第」
二人の更に後方で控えている年上のメイドさんは笑顔を浮かべ、拳を握りしめた。
幾つか国を潰す、と……。
うん、リサさんやリンジー様そっくり。
――魔力が近づいて来る。
数は三つ。予想通りか。
ノックの音。アンナさんの声。
「――アレン様。お見えになられました」
「御通ししてください」
扉が開き、三人の男性が入ってきた。
一人は、礼服を着て、眼鏡をかけている老人。
その後ろに付き従っているのは、薄い水色を帯びた金髪をした緊張している男性。おそらくは、老人の息子なのだろう。
もう一人は。やや長い薄青髪で、眼鏡をかけ、疲労の色が濃い男性――ニケ・ニッティ。
老人が、初対面であるかのように深々と、頭を下げた。
「失礼する。……侯国連合が統領、ピルロ・ピサーニだ」
「アレンです。此度の戦役の――」
「『リンスター公爵家特命全権委任者』となります」
「……だ、そうです。因果なものです。どうぞお座りください」
シェリルが口を挟む。
その間も、厳しい視線を統領へ向けている。リディヤは言わずもがな。
老人が腰かけ、その後方に男性二人。
「さて――……まずはそちらの回答を聞かせてください。此方の提案はその後、でよろしいですね?」
「無論。端的に述べるとしよう。我等は…………北部四侯国の割譲。全都市の空路解放。戦役を企てた者の処罰と、その裏にいた者達への捜査と、それに対する貴家への全面協力を約す。また、そちらの被害賠償も支払う――……この条件にて講和を乞う。どうか、飲んでいただきたい」
「……なるほど」
ほぼ、無条件降伏に等しい内容。
僕は後方で、顔を真っ赤にしている青年と、逆に酷く冷静なニケ・ニッティを見比べる。
おそらく、昨晩は徹夜だったろう御老人へ勧告。
「申し訳ありませんが――お断りします」
「っ!」「なっ!!!!!」「…………」
統領が顔を歪め、薄水髪の男が憤慨し、ニケ・ニッティは僕を冷徹に見つめる。
両手を組み、淡々と告げる。
「僕は、当初、このような条件での講和を考えていました。
・リンスターは侯国連合へ領土割譲を要求せず
・此度の戦役に関わった、侯国連合側の人々に対しての罰則もそちらに任せる。
・戦時賠償金も要求しない
・南都⇔水都間に商業用空路を開く
・侯国連合と王国との間の、留学を活発化させる
以上です。これならば、貴方方でも飲めたのではありませんか?」
「…………なんという…………」
「な、ならば、今からでもっ!」
「ですが」
首を大きく振る。
御老人に微笑みかける。
「その内容を告げに出向いたところ、僕等は突如襲撃を受けました。ああ、ニエト・ニッティ殿の御考えも、僕個人としては理解出来ます。あの御方なりに、連合を想われての愛国的行動と言えなくもないでしょう。事実、連合内部に巣くっていた存在は、除去出来たのですから。しかし……素直に納得は出来かねます。貴方方は、僕だけならいざ知らず――僕の大切な人達にすら刃を向け、魔法を放ってきた。しかも、結果的に全ての面倒事を押し付け、危険に曝すことまでしてのけたんです。そちら側内部の意思疎通が上手くいっていなかったんでしょうが、叛乱軍の行動を郊外で傍観していたこともまた事実。迷いが出てしまいましたね? 貴方方も政治家である前に商人の筈。そのような相手が、素晴らしい条件を持って来て『また、前と変わらずに取引をしてほしい』と言ってきて、まともな取引が可能――と、考えられますか?」
「「………………」」
重い沈黙が室内を支配。
ちらり、と後ろ二人を見やる。……頬を上気させ、明らかに上機嫌。はて?
僕は向き直る。
「此度の戦役、リンスターは領土を求めません。賠償金も結構です。空路開設も御免被ります。留学の促進? とんでもない。子供に刃を向ける国に、宝石より貴重な子供達を送ることは出来ません。その代わり――……人を、恒久的に差し出してもらいます」
「……人、ですと?」
「はい」
視線を動かし、眼鏡をかけ、歯を食い縛っているニケ・ニッティを見やる。
――きっと、フェリシアとリーン様は狂喜乱舞するだろう。
あの人達は人材の貴重さを知り抜いている、
「ニケ・ニッティ殿とニコロ・ニッティ殿の御兄弟。そして、その御二人の関係者全員をいただきたい。それで、この戦役、手打ちとしましょう。無論、仮にリンスターと王国へ両名が損害を与えた場合、講和は自動破棄となります。それと……以後、貴連合はリンスターと王国にとって『仮想敵』となったこともお忘れなきよう。リンスターは空だけではなく、海も重視しています。南方島嶼諸国とは仲良く出来るでしょうね」
「っ!!!! そ、その条件は――……」
「父上、飲むべきです! 僅か、これだけで講和が成立するならば」
「黙れっ! ピエトロっ!!!!!!!!! 貴様は、ニケがどれ程の」
「――……了解した。以後、我等兄弟は、リンスター公爵家に忠誠を誓おう」
「ニケ!!!!!!」
統領の声を無視し、歯を食い縛りながら、ニケ・ニッティが承諾。
僕はもう一度、リディヤとシェリルを見やる。どちらも――心底呆れた表情。
『能力があるのに、燻っている人間を拾うのはもう病気ね、病気』『アレン……拾ったら、ちゃんと育てて、最後まで面倒を見ないとダメなのよ?』。同期生が僕に凄く厳しい。……ぽろり、と涙が。
僕はにこやかに告げる。
「ありがとうございます。肩の荷が降りました。ああ、『仮想敵』云々と言うのは、言葉の綾です。リンスターも王国もそれ程、暇ではありません。信頼関係が醸成されれば、少しずつ元に戻っていくと確信しています。出来れば、火遊びは今回限りにしていただきたいものです。次は……南の果てまで止まらないでしょうから」
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