第51話 水都の夜

「…………それで、これから、いったいどうなるんですか?」


 私は冷たい紅茶が入ったカップを手に持ち、御嬢様方を見渡し、問いを発します。

 ――ここは水都最高のホテル『有翼獅子の巣』。その最上階。

 一般平民では入る機会はまずないだろう、豪華絢爛な御部屋です。

 ニコロ・ニッティという少年と、トゥーナという少女を救護した私達は、先輩の小鳥に導かれここにやって来たんですが……与り知らぬところで夜間の女子会開催が決定したらしく、このような仕儀になったわけです。二人には、アンナさんとロミーさんがついてくれています。

 お風呂上りなので、皆さん寝間着姿。

 ……全員が全員、美少女ってどういうことなんでしょうか? 

 とりあえず、シェリル王女殿下、リディヤ先輩、そして、リリーさんは敵です! 

 ティナさんとリィネさんは同志ですが……リィネさんは裏切り者になるような気がします。リディヤ先輩、大きいですし。

 この場にいるのは

 

 シェリル・ウェインライト王女殿下。

 リディヤ・リンスター公女殿下。

 ティナ・ハワード公女殿下。

 リィネ・リンスター公女殿下。

 先輩の義妹さんである、カレンさん。

 リンスター家出でありながら、メイドさんとなったリリー・リンスターさん。

 そして――私、純粋な一般平民たるテト・ティヘリナ。


 ええ、場違いも良いとこです。

 『殿下』の敬称持ちが合計で四名。リリーさんも含めれば五名。頭がおかしくなりそう。間違いなく先輩は変です。どうして、こんな人達と親しいんでしょうか?

 なお、私の騎士様とギルは、アレン先輩に連れ去られて別部屋。

 ……イェン、凄く嬉しそうな顔をしていました。納得がいきませんっ! 

 いえ、理解も納得も出来ますが、少しは、その……私の寝間着姿が見たいとか、一緒に夜の海岸を歩こう、とか……取るべき、選択肢がある筈ですっ!!!

 シェリル王女殿下とリディヤ先輩が、ワインを飲まれながら回答。


「さぁ? うん、やっぱり水都のワインは美味しいわ」

「どうなるか、なんて無駄な問いかけね。まぁまぁね」

「……む、無駄って」


 あんまりな物言いに私は顔を顰め、残る二人の公女殿下へ視線を向けます。

 けれど。


「もう、それは終わった話です。リィネ、この果物、面白い味がしますよ!」

「兄様は既に条件を提示されました。本来であれば、即時進駐発動、なところをお待ちになられているんです。考えるべきは、此方ではありません。向こう側の話です。確かに面白いですね。エリーのお土産にしましょう」

「…………」


 私は御嬢様達のきっぱり、とした態度に気圧されます。

 最後の望みである、カレンさんへ視線を向けます。何と王立学校副生徒会長とのこと。……まぁ、先輩の義妹さんですしね。

 可愛らしい獣耳を少しだけ動かし、綺麗な動作で果実水を飲まれていたカレンさんが淡々と答えます。


「兄さんは優しい……優し過ぎる人です。本来であれば、事を荒げたりは決してしません」

「で、ですよね」

「でも――……それは、自分だけが関与する場合です。今回は私達がいる時に、先方は事を起こしました」

「…………」


 私は沈黙します。

 先輩は優しく、穏やかで、大概のことは飲み込まれます。


 けれど、身内へ危害を加えられた場合は別。


 大学校で、何度も救ってもらった私には分かります。あの人は、そういう場合、苛烈な対応を取ることを躊躇われません。

 ……これ、先方が選択肢を間違えたら、本気で王国領が大幅に拡大する事態なんじゃ?

 リリーさんが、くすり、と笑われます。


「大丈夫だと、思いますよぉ~? そんな大事にはならないです、きっと。……少なくとも、表面的には」

「? どうしてですか?」

「だってぇ」


 綺麗な赤髪を手でかきあげながら、自称メイドさんはニコニコ。

 嬉しそうにリディヤ先輩とカレンさん、二人で楽しそうにお喋りをしているティナさんとリィネさんを見ます。


「――アレンさん、今回は本気で怒っています。自分の大事な人達に手を出されたからです。普段、優しい人は怒らすと怖いんです。特にあの方は。……きっと、講和案は拍子抜けするものになります。けど」

「…………そっちの方が遥かに怖いですね」


 私は思わず、背筋を震わします。

 つまるところ、それは『何も期待していない。以後、関わるな』と言っているようなものだからです。……先輩にですよ? 考えただけで、恐ろしい。

 リディヤ先輩が頬杖をつかれます。


「……テト、あんたは真面目過ぎ。どん! と構えてなさい。向こうがおかしなことを言ってきたら、斬って、燃やすだけの話でしょう? そんなんじゃ、来年、大学校卒業後、研究室を持った時、苦労するわよ?」

「け、研究室って……そ、そんなの持てるような身分じゃないですっ!」

「? だって、あいつが――……うん。今の話は忘れなさい。何れ分かるわ」

「リ、リディヤ先輩!? そ、そこまで言っておいて!?!!」

「五月蠅いわね。イェンと何処までいったのか、無理矢理吐かせるわよ?」

「!?!!! お、横暴ですっ! わ、私とイェンはその、き、き、清らかな、か、関係で…………」

「そうね。――で? 御両親に挨拶をして、婚約して、結婚式の日取りまで決めたのよね??」

「し、してませんっ!!!!! …………あ、挨拶は、し、しました、けど……。そ、そんなこと言ったら、リ、リディヤ先輩達だって、ど、どうなんですかっ!」  


 私は立ち上がり、反撃に打って出ます。

 やられっ放しは、テト・ティヘリナに非ず!!!

 リディヤ先輩は、妖艶な笑みを浮かべます。


「そうねぇ…………対外的に『奥様』と呼ばれるくらいかしら?」

「!?」

「……リディヤ、それ、聞こうと思っていたのよ。さっき、ちらっと、アレンと貴女のサインを見たのだけれど『アレン・アルヴァーン』『リディヤ・アルヴァーン』って――……ねぇ? どういうことかしら? ねぇ?」

「ひぇ」


 思わず、怯み、椅子に腰かけます。

 シェリル王女殿下はただただ微笑されているだけ。

 け、けれど、周囲に激しい白光が飛びます。

 ――更に、氷華、炎羽、紫電。

 ティナさんとリィネさんがむすり。

 カレンさんは、これ見よがしに溜め息。


「……その程度のことで、奥様面をするなんて。兄さんのことです。『リンスター』『ハワード』と書く選択肢がない以上、このホテルの格にあった姓を書いただけでしょう。何のことはありません」

「そうね。でも――私、あんた達が来るまで、ずっと一緒に寝ていたのよ? この部屋で。毎日、朝夕、髪も梳いてもらって」

「「「「!?!!」」」」


 少女達に一大衝撃が走ります。

 顔を赤くしたり、蒼くしたり、頬を膨らましたり、微笑したり……遠目から見る分にはとても面白いのでしょうが、いけません。純粋に命の危機です。

 凄まじい魔力で、カタカタ、とテーブルが振動。

 けれど、勝ち誇るリディヤ先輩は動じません。


「勝負は端からついているのよっ! 諦めなさいっ!! あいつは、私のよっ!!!」

「――でもぉ、二人きりじゃなくてぇ、アトラちゃんもいたんですよねぇ?」

『!』「……リリー、貴女……」


 絶妙なところで、傍観していたリリーさんが横槍を入れました。上手い!

 リディヤ先輩が、親の仇みたいに睨みつけていますが、まるで効いていません。

 こ、これが、リンスター公爵家メイドさんの力っ!!!

 アトラちゃん、というのは、大魔法『雷狐』――と、先輩が言っていました。

 ……意味が分かりませんが、先輩のいうことなので、気にしたら負けです。


「? ♪」

「!?」


 突然、私の膝上に獣耳の幼女が出現しました。

 ……今の今まで、いませんでしたよね? 

 い、いったい何処から。

 小首を傾げ、私を見て、ニコっ、と笑いかけてきます。

 か、可愛いですっ! 可愛過ぎますっ!!

 ――ノックの音がしました。


「ごめん。そこにアトラがいるかな?」

『!?!!』


 先輩です! リリーさんを除く、全員があっという間に上着を羽織ります。

 早業――……え? 

 そ、それじゃ……こ、この子が、御伽噺に出てくる、だ、大魔法!?

 幼女が先輩の声を聞いて


「♪」


 嬉しそうに歌います。

 すると、何もしていないのに、魔力が明滅。舞い踊ります。


『――魔法は精霊の力を借りて発動している』


 先輩から教わったことを思い出します。

 リリーさんが、返答。


「開いていますぅ~」

「リリー!」「そ、そんな恰好でっ!!」

「は、はしたないですっ!」「メイド称号を剥奪しますっ!!」


 リディヤ先輩とシェリル様が叫び、ティナさんとリィネさんが非難します。

 そんな中、カレンさんがアトラちゃんを自然な動作で抱きかかえ、入り口へ向かわれます。

 ――扉が開きました。


「兄さん、アトラはここです」

「おっと。やっぱり、ここだったか。イェンとギルが二人で泣きながらお酒を飲んでいてさ……それが少し嫌だったみたいなんだ。仕方ないから、もう一部屋を貸して貰ったよ」

「そうなんですね。では――行きましょうか。アトラは眠たそうです」

「ん? ……今日は頑張ってくれたから。みんなも今日はお疲れ様。本当にありがとう。早めに寝ておくれよ? また、朝に。リリーさん、みんなをよろしくお願いします」


 先輩はアトラちゃんを優しく撫でると、私達にそう言い残されて、戻られました。

 ――カレンさんと一緒に。

 あまりの自然さに、取り残された私達はポカン。

 リリーさんが、自分のグラスになみなみとワインを注がれ、それはそれは楽しそうに、にっこり。


「残念ながら――今晩の勝者はカレンさん、みたいですぅぅ★」

「「……リリー……」」「「……有罪です……」」


 ――この後、各自、先輩への愚痴と言う名の、惚気大会に発展。

 大学校時代も思いましたけど、先輩は何時か女の子に刺されると思います。年下殺しは大罪です。リディヤ先輩は年上ですけど。でも、大罪です。

 まぁ……『剣姫』をもってして、斬って燃やせない人なので、刺すとかそもそも不可能、と同義なんですけどね。

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