第50話 水都騒乱 大議事堂
大議事堂周辺に、敵軍の姿はなかった。
……いや、まだ、多数いるはいるんだけど。
僕は先回りしていたリンスターのメイド長さんへジト目。
「……アンナさん、何をされたんですか?」
「アレン様、冤罪でございます。私は何もしておりません♪」
「それじゃ……ロミーさんですか?」
「私は一切の関与しておりません!」
「なるほど…………やはり、真犯人は自称メイドさん、と」
「あ、あんまりですぅ~! 何もしてません!! あと、私はメイドさん、メイドさんですっ! 女の子をいっぱい侍らしてるアレン様なんて、後でお紅茶を淹れてあげません!!」
「…………」
酷い言われようだけれど――僕の右腕はリディヤが『絶対に離さないからね!』状態で確保。
左手はシェリルが『……えへ。えへへ♪』と幸せそうに、にぎにぎ。
背中の裾はティナとリィネが掴み、唯一、僕に触れていない妹のカレンはさっきから抗議の視線。尻尾と獣耳が怒っている。
アトラはまだ、おねむで僕の中で寝ているし……味方は肩から頭に移ったシフォンだけか。
溜め息を吐きながら周囲を見渡す。
すると、武器を地面に捨て跪き、恭順を示している兵士達が震えながら僕へ手を合わせてくる。まるで――……崇めるかのように。
兵士達の後方には、拘束された貴族達。叛乱を起こした側が、再度叛乱を起こされたようだ。
てっきり、アンナさん達が、暴れたのかと思ったんだけど……暴れた痕跡は無し。
いったい何が……左の頬っぺたを突かれる。
「アレン、現実逃避しても、現実は変えられないわよ? 昔、私にそう言ったのは、誰だったかしら♪」
「……きっと僕の知らない人だね。うん、きっとそうだ」
捨て鉢に言うと、次は右頬を突かれた。
紅髪の公女殿下がシェリルに同意。
「分かっているんでしょう? 向き合いなさい」
「……僕は今、厳しさよりも優しさを希求しているんだけどな」
「駄目よ。あんたは私の相方でしょう? しっかりするのっ!」
「…………」
「先生、どうしてこんなことに?」「兄様を拝んでいるような?」
ティナとリィネが僕の裾を引っ張る。状況を理解出来ていないようだ。
妹を見やると、理解はしていないものの、特段、不思議そうではない。
むしろ『兄さんですし、当然ですね』。
…………僕は、本当に色々な子の育て方を間違えた。
残る天使なメイドさんと、聖女な生徒会長様は死守しないと。
フェリシアは別方向で手遅れだろうしなぁ。
僕は教え子二人へ曖昧に笑い、誤魔化そうとする。
けれど、同期生二人はそんなことを許してくれる筈もなく。
王女殿下と紅髪公女殿下が自慢気に解説。
「『水都は水竜の守護せし都なり』。これ、古い文献には必ず出て来る文言なの。水都に住んでいて、知らない人はまずいないでしょうね。そして――明確な形じゃなくても、信仰というものは存在し得る」
「けれど、実際に水竜を見た者は殆どいなかった筈よ。当然ね。『竜』が人前に姿を現す。基本的にそれは災厄や天変地異と同義。遭遇して生き残った者も極少数。少なくとも、今日までは……ね?」
これだけの解説で、二人の年少公女殿下の瞳に理解の色。……聡い。聡過ぎるっ。
左右の同期生達は、何がそんなに嬉しいのか、頬を上気させ、カレンは尻尾をぶんぶん、振っている。
窮した僕は、お姉さんなメイドさんへ救援を乞う。助けてください!
すると、腕組みをし、とてもとても意地悪な表情。
「アレン様はぁ――……水都を開闢以来、二人目となる『竜と誓約した者』になられました。さっき、竜が発した言葉は、水都全体に聞こえていますし、竜も殆どの人が見ている筈です。つまり……この地においてもう神様の御遣い同然ですね♪ いっそ、新しい宗教でも創りますか?」
「……リリーさん、あんまりです。僕は貴女を信じて、信じていたのに……」
「私は味方ですよぉ? でも、それとこれとは~話が別なんですぅ~★」
わざわざ、真面目な話し方で説明を補足した後、ニヤニヤ。ニマニマ。
アンナさんとロミーさんは、微笑。……手には当たり前のように映像宝珠。酷い。
シフォンに頬を舐められる。『だいじょうぶ?』。思わず涙ぐむ。嗚呼……僕の味方はこの子しかいない!
少女達が僕を促す。
「ほら、アレン」「とっとと行くわよ!」
「兄さん、自明の理です」「先生は凄いんですっ!」「兄様、遅かれ早かれ、こうなったと思います」
……同期生達と妹と教え子が厳しい。
僕は涙を拭うことも出来ぬまま大議事堂へと足を踏み入れた。
※※※
大議事堂内も抵抗は皆無だった。
多くの兵士達は逃げ散ったか、いても跪いている。それでも油断しないように、戦闘隊形へ移行。
先駆け兼全周警戒役はアンナさんとロミーさん。
前衛はリディヤとシェリル。
中衛をカレンとリィネ。
後衛は僕とティナ。直接護衛にリリーさんと魔獣型になったシフォン。
既にシェリルの探知魔法で、何処に誰がいるのか、どの程度の兵力か、武具の種類までも把握済み。……この子も大概だなぁ。
本当は後衛になってほしかったのだけれど、笑顔で拒否されてしまった。
曰く『大丈夫よ。相変わらず過保護なんだから。今、一番消耗しているの貴方でしょう? 荒事は全部、私達に任せて。――リディヤと私、結構強いわよ?』
……同期生はこれだから困る。
強いのは否定しないけど。自分の立場を是非とも弁えてほしい。
――至る所に戦闘の痕が残る廊下を進み大議事堂奥、大扉。
大穴が穿たれている。
中には、十名足らずの魔法士達。ニケ・ニッティはこの建物内にはいないようだ。
リディヤが、大扉に剣を一閃。
宙を舞う大扉を、先端に光刃を纏わせた長杖をシェリルが舞踏を踊るかのように振るい、バラバラに。
ティナとリィネが瞳を大きく見開く。
王女殿下は一見魔法士に見えるけれども、これで前衛・中衛・後衛をこなし、前線指揮官から司令官までをもこなす、万能な御人なのだ。
…………何でこんな風に育ったかについては、黙秘権を行使したいと思う。
二人は無造作に会議室へ。
当然のように『火焔鳥』と各種光属性上級魔法を即時発動可能。
「……来られたか。随分と早い。我等は、貴殿等の実力を過小評価していたようだ。しかも――……久しいですな、シェリル王女殿下」
室内にいたのは、疲れ切った表情で椅子に腰かけている統領代行ニエト・ニッティと老いた魔法士達。抗戦の意志は皆無。
床には絶命している貴族が多数。北部の侯爵までもいる。
……やはり、こうなったか。
僕は顔を顰め、ティナとリィネの目を押さえながら静かに問う。
「…………僕等の存在を奇貨とし、侯国連合内部の『大掃除』を決行されましたね? 最初から、自分達の命は捨てる覚悟で」
「その通りだ。……全ては、侯国連合の、水都の為! 息子は無関係だ。あ奴は『『剣姫の頭脳』に全てを託すべきです。長い目で見れば、連合は間違いなく興隆します』と言っていたが……託すにせよ、身綺麗にしておいた方がよかろう? また、我等老人は、貴殿をそこまで信じ切ることが出来なかった。そして、想像以上に…………病巣は深かった。よもや、ここまで聖霊教の手が伸びていようとは。貴殿等がいなければ、水都は滅んでいただろう。全ての罪はこの私、ニエト・ニッティにある。どうか……どうか、他のの者には寛大な処分をお願いしたい」
老人達は深々と頭を下げてきた。
シェリルとリディヤは冷たい視線で断ずる。
「虫の良い話ですね」「今更、寛大な条件での講和を要求するわけ?」
「ニコロを貴方達が隔離していたのは、その才故ですか?」
「…………その通りだ。あの子は聡過ぎ、同時に、魔法の才があり過ぎた。聖霊教の連中が極致魔法を使う家系の、しかも『血』がより濃い者を探していることには気づいていた。利用されることを警戒していたのだが、よもや……よもや……大聖堂の竜の遺骨の媒介に使うとは…………」
……極致魔法を使う家系の『血』の利用、か。
おそらく、ジェラルドもその実験の一環。急ぎ王国内部だけでなく、各国にも警報を発する必要がある。
みんなの視線が僕に集中。『どうする?』。
統領代行へ、冷徹に告げる。
「…………僕は、今回の件、それなりに怒っています。僕だけならともかく、貴方達はこの子達を巻き込み、あまつさえ、少年と少女の命を危険に曝し、最終的には竜の遺骨までも汚す結果となった。全てを僕等に片付けさせ、統領率いる軍の温存を図ったことも含め――交渉相手として信用出来かねます。状況に理解は出来ても、心証は最悪です。何せ、いきなり奇襲を受けた挙句、悪魔と骨竜とやり合う羽目になったんですからね」
「アレン殿!」
「――……僕等は、『有翼獅子の巣』に宿泊しています。後は、貴方達で話し合ってください。ああ『自分達が自決して済まそう』なんて、甘い考えは捨ててくださいね? そんなことをしたならば」
何故か、頬を赤らめているシェリルとリディヤへ目配せ。微かに頷いてくれる。
背筋を伸ばし、老統領代行へ通達。
「侯国の北部五侯国及び、水都へのリンスター公爵家軍進駐を提案します。どうか、そんなことをさせないでください。まずは――貴方の息子さん二人とよくよく、話をなさることを進言します。統領他とは、その後です。順番を間違えないでください。……では、失礼します」
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