第53話 鳳雛
会談は呆気なく終わった。
ピサーニ統領は『ニッティ兄弟他人材の引き抜き』の意味を正確に理解されていたようだけれど……それを万人に説明するのは難しい。
有能。ならば、何故、その人材を活用しなかったのか?
『その人材が力を持つことを恐れた』
それをあけすけに言えているんだったら、端からこんな馬鹿げた戦役になどなっていない。……人は誰しもが強いわけではないのだ。僕の後ろにいる三人のように。
振り返り、お願いする。
「……少し彼と話がしたいんだ。席を外してくれるかい?」
「……む」
「アレン……はぁ。貴方ってそういうところがあるわよね……」
「魔法障壁は張りますよぉ?」
リディヤ、シェリル、リリーさんが我が儘を聞いてくれる。視線で謝意。
僕は向き直り、ニケ・ニッティへ勧告。
「少し話をしませんか? 今後のこともありますし? 統領殿、構いませんよね?」
「…………了解した」
ピサーニ統領とその息子さんが、そして三人もまた、部屋を出ていく。
耳元でリディヤが囁く。
「(こいつが何かしようとしたら、廊下から斬っていいわよね?)」
「(駄目です)」
「(……ケチ)」
不貞腐れた『剣姫』様は、僕の肩から手を離し、最後に部屋を出た。
――残されたのは僕等二人だけ。
「座ったらどうです?」
「……どういうことだ」
僕の提案をニケは無視。
挑みかかるように、問うてくる。
「ニコロのことは分かる。戦後、間違いなく混乱する水都内に置いておけば、聖霊教が何かを企てた際、対応出来ないからだろう? 先手を打っての『保護』だ。そして――……連合が、水都が永々と積み上げてきた魔法技術の簒奪。水属性極致魔法『
机に肘を付き、頬杖をつく。
ニケ・ニッティへ回答。
「前半部分は当たりです。今回、出来損ないとはいえ、人為的に召喚された悪魔、そして骨竜とやり合いました。貴方は理解されているでしょうが、骨竜の媒介は、水竜の遺骨と『ニコロ・ニッティ』という、謂わば先祖返りな存在の『血』です。侯国連合が守護してくれるのならば、是非ともそうしてほしいですが……現実問題、ここから始まるのは南部六侯国の権益拡大。そして、それに伴う権力闘争でしょう? 期待は到底出来ません。後半部分は……淡い期待、といったところです。『水牙鯨』はもう一度見せてもらいました。あれで良いなら既に再現は可能です。ただ……魔王戦争以降の新しい魔法技術への興味は薄いんですよ。少なくとも喫緊性はない。必要なのは古い魔法技術。そして、伝承です。彼、大図書館の蔵書、殆ど読んでいるのでは?」
「…………化け物めっ! 質問にまだ答えていないぞ。どうして、俺なぞを欲する?」
両手を大仰に掲げ、首を大きく振る。
口調を変え、深く深く嘆息。
「……酷いな。僕程、平凡な男が何処にいると? 姓はなく、魔力は平均よりも下。精々勝っているだろう魔法制御は、突き詰めれば誰しもが到達可能なもの。事実、大学校時代の後輩達は僕に互し、幾つかの分野で追い抜いていった。今、教えている子達も何れ必ずそうなる。僕に出来るのは――彼女、彼の背中を押してあげること。羽を広げるまでの間、あの子達を守り、その後は時折、話を聞いてあげることくらいだね。知識にしても同じだ。『不可能』?『あり得ない』? そう叫ぶのは、せめて行動に移してからにしてほしい。それすら出来ない? なぁ……お願いだから甘えてくれるなよ。人類史上で、僕程度が最高位にいるとでも? 妄想の面倒までは見切れやしない。勿論、『英雄』っていう存在に憧れてはいる。けれど、余りにも荷が勝ち過ぎている。そういうのは『本物』達に任せたいね。過大評価してもらって悪いけれど、目の届く範囲にいる子を見守ることで、精一杯なんだよ、僕は」
「……………」
「剣術において『剣姫』リディヤ・リンスターに遠く及ばず、魔術において『炎魔』リナリア・エーテルハートとの天地の差は生涯を懸けても埋めようもなく、人としての度量において『光姫』シェリル・ウェインライトに決して届かず、優しさという点で『勇者』アリス・アルヴァーンは遥か彼方…………愛国という点で、僕は貴方に大きく劣後する。今回の件で、貴方が半歩遅れを取ったのは、単に多くのモノを抱え全てを守ろうとし、理解者を得なかったからと、相手が邪悪だったからに過ぎない」
「……………………」
「それでもなお――……絶望に屈せず、毅然と跳ね除け、最後の最後まで貴方は足掻いてみせた筈だ。そうだろう? そうでなければ、僕の言いだしそうなことに気づいていながら、此処にやって来る筈がない。そんな人物はね、連合、王国どころか、この世界全体において稀。幾つかの国を得るよりも、貴方には価値がある。なぁ……ニケ・ニッティ。多少の気概と野心があるならば、リンスターで自らの価値を証明して見せろよ。それとも、水都という小さな『グラス』の中で遊ぶことを選ぶのかい?」
「……………………私は、私はっ、貴様のことが、大嫌いだっ! …………平凡だと? 言葉の意味を愚弄するなっ!!!!! 平凡な者が水都を救ってみせ、竜と誓約した、というのかっ!!!!!!」
僕は思わず大苦笑。教授や学校長以外とこういうやり取りをするのは新鮮だ。
片目を瞑る。
「分かっているだろう? それ程までに――……好き勝手を許され、『剣姫』達と一緒にいた僕と、しがらみで雁字搦めになっていた貴方との差は大きかった。貴方が全権だったら、今頃、僕は水都観光に勤しみ、彼女達の荷物持ちをしていたよ。文句ならリンスター公爵家に言ってほしいね」
「…………私が、貴様に不利なよう動くとは考えないのか?」
「ん? それもそれでありなんじゃないかな。その場合、単純に僕の評価が低下するだけのことだよ。貴方が気にするようなことじゃないだろう? リンスターは貴方達が無気力でも、危害を加えるようなことはしないよ。あの家はそんなに暇じゃないし。ゆっくりと、穏やかに、ただただその生を全う出来ると思う。……あれ? もしかして、僕の理想なんじゃ?? 良し! 立場を変えよう!! 僕がそっちに行くから、君はごたごたと向き合っておくれ。相手は人造の吸血鬼だか、悪魔だか、竜。そして、始末に置けない狂信者達だ!」
「…………断固! 御免被るっ!! そういうことは貴様の領分だろう。『領分』という単語の意味すらも、捻じ曲げていようがなっ!!!」
肩を竦める。
そんなに偉くないのになぁ。
ふっ、と息を吐く。
「――……この後は分かっているよね? ニコロ君とトゥーナさん以外の、貴方と貴方達一族には、北部五侯国、その復興の全てをお願いする。目的はリンスターの負担の軽減。荒れ放題だと、市場にもならないし、併合するにしても、とんでもないお金と何より人材が必要。とにもかくにも、北部の安定と平和を! 目的達成の為ならば、多少の非人道的な行為すらも許される。例えば、そうだねぇ……孤児の女の子を拾って、獣耳メイド服を着せて、自分好みの子を育成したり? 大丈夫だよ。リンスターはそういうところは、寛容だから」
「…………死ね。死んでしまえっ! いや、死ぬな。貴様は、私が何れ必ず、殺すっ!!!!!」
そう言い捨て、ニケ・ニッティは踵を返した。
扉を開けようとし――振り返り僕を見る。
「………………貴様が『英雄』に及ばないだと? 勇気と覚悟を誰よりも持ち、歩むことを決して止めず、我が身を顧みず多くの人々を、『剣姫』と『勇者』をも救ってみせた貴様が? …………馬鹿めっ。世間一般ではな、そのような人物をこう呼ぶのだ」
――『英雄』と。
扉が閉まり、僕は一人になった。
最後に反撃されたか。
まぁ……仕方ない。何しろ。
「悪いけどね、僕は一度会った人間は忘れないんだよ、ニケ。それが、王立学校の同級生で、話したことがある人物なら猶更、ね。だから――遠慮なく苦労をしてもらう。そして、勝手に空を高く高く飛んでみればいい!」
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