公女SS『狼聖女は嘘をつく 下ー2』

「ようこそいらっしゃいました。御名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 屋敷に入ると、案内役の老執事にすぐ声をかけられた。

 まずはアレン様から「ステラ、お願いします」……機先を制されたしまった。

 渋々ながら手を離し、名乗る。


「ワルター・ハワードの名代、ステラです」

「! これは……ハワード公女殿下におかれましては御機嫌麗しく」

「ありがとう」


 すらすらと言葉が出て来る。

 良くも悪くも、幼い頃から培ってきた習慣だ。

 ……でも、アレン様はこんな私をどう思われるかしら?


『大丈夫よ、ステラ! だって、アレン様だもの♪』

『……本当にそうかしら? アレン様はとても良識を持っておられるわ。あまり、公女殿下然、とした姿を見せるのはお勧め出来ないかも?』

『ねぇ……どうして、そんな風に悪いことを考えるの!? アレン様を信じていないんでしょう? ふ~ん』

『なっ!? そ、そんなこと言ってないでしょうっ! わ、私はアレン様を信じているわ。ただ、貴女みたいに神格化してないだけよっ!!』

『私は、私の魔法使いさんを信じているだけだもんっ!』

『可愛い子ぶって!』『大人ぶって!』


 天使と悪魔が取っ組み合いを始め、収拾がつかなくなる。

 私はおずおずと上目遣いに隣のアレン様を確認。

 ――心臓が、ドキン、と跳ねた。


「ハワード、リンスター合同商会の会頭を務めています、アレンです」

「! 貴方様が……お会い出来て大変、光栄に存じます。どうぞ、こちらへ」

「有難うございます」


 にこやかなのに堂々とした受け答え。

 礼服と整えられた髪と相まって、普段よりもずっと大人びて見える。

 ――……撮りたい。撮って、保管しておきたい。

 映像宝珠はミナに押し付けられている。今は無理でも、帰り道にお願いして撮らせてもらおうかしら? 

 でもでも、変な子に思わるかも……。

 懊悩する私の耳元へアレン様が囁かれる。


「(ステラ、行きましょう。此処だと目立ってしまいます)」

「(! は、はひっ。す、すいません……)」


 帽子のつばを下げ、羞恥心で身体を小さくする。

 わ、私ったら、何を、何を考えてっ!

 それでも、アレン様の左腕に抱き着いてしまう私はズルい子だと思う。

 ……この温かさの為なら、ズルい子になっても構わないけれど。

 案内をされ、会合場所の大広間へ。

 父の説明通り、そこまで仰々しい会合ではないようで、並べられたテーブルの上には豪華な料理とワインの瓶。

 年齢、性別、種族も異なる多くの人々がそこかしこで歓談している。

 アレン様が少し困った表情を浮かべられ、私へ尋ねてこられた。


「(えーっと……ステラ、こういう時はまずどうすれば良いんでしょうか? 何分、僕は一般人なので、規則もあまり)」

「(アレン様、先程は聞き逃しましたが、『一般人』を名乗るのはダメです)」

「(いえ、ですが事実)」「(ダメです)」

「(ステラ・ハワード公女殿下は僕に厳しいですね)」

「(この件に関しては、私が正義だと思っています)」


 やり取りが嬉しい。心の底から歓喜が湧き上がってきてしまう。

 雪華が舞い踊りそうになったのを、アレン様が消してくださる。


「おっと。ステラ?」

「す、すいません」


 いけない、いけないわ。ステラ。

 貴女はワルター・ハワードの名代。そして、アレン様の同伴者なのよ?

 御迷惑をおかけするのは、厳に慎まないと――


「アレン先輩?」


 後方から少女の声が聞こえた。

 二人で振り返ると、そこに立っていたのは花飾りの着いた魔女帽子を被り、紫基調の礼服姿の小柄な少女――テト・ティヘリナさんだった。

 私にとっても、テトさんにとっても思わぬ遭遇だったようで、お互いに目を瞬かせ、気付く。

 頬を真っ青にし、大学校の俊英はアレン様に詰め寄ってきた。

 突然、認識阻害と静音魔法が多重静謐発動される。


「アアア、アレン先輩っ!? 何を……どうして、こんな所にっ!? し、しかも、ステラさんと二人きりだなんて……り、リディヤ先輩にバレたら…………王都を、王国を炎の海に沈めるつもりですかっ!?!!」

「テトは大袈裟だなぁ」

「大袈裟じゃありませんっ! どうして、肝心要な所でリディヤ先輩に対する評価がおかしいんですかっ!! ああ……ど、どうしよう…………。何時もの癖で、魔力感知なんてしているんじゃなかった……」


 その場にしゃがみ込み、テトさんが頭を抱える。

 対してアレン様は柔和な表情のまま、軽く左手を振られた。


「大丈夫だよ。ハワード公爵殿下の正式依頼だし」

「……リディヤ先輩がその程度のことで忖度されると?」

「そこは、僕の優秀な後輩がきっと弁護を」

「しませんっ! ぜっったいに、しませんっ!!!!! 今すぐ、リディヤ先輩に報告をしないと、私の命と細やかな夢まで危うくなりますっ。……アレン先輩には大きな恩義を持っていますが、是非もなし、ですっ」


 顔に悲愴感溢れさせ、テトさんが魔女帽子のつばを下げられる。

 腰に右手を回し呪符を取り出そうとし――


「あ、そうだ、テト。今晩はイェンと一緒だよね? 元気にしてるかい?」

「あ、はい。変わりありません。……ただ、私に『小さな魔道具屋を開くのには、賛同出来ない』って言うんですよっ! アレン先輩、お説教を――……はっ!」


 テトさんが目を見開き、一歩、二歩と後退。

 反対にアレン様は意地悪な微笑み。


「なるほど、なるほど。テトとイェンは変わらず仲良しみたいだね。良かった、良かった。あ、結婚式には絶対呼んでおくれよ? きっと、みんなも――大学校のみんなも喜ぶと思うんだ」

「くぅっ! ……ア、アレン先輩は何か勘違いしています。わ、私は、別にイェンと一緒に来てなんか」

「ああ、来たね」

「~~~っ!?」


 誰かを探すように周囲を見渡している騎士剣を提げた礼服姿の美青年へ、アレン様が風魔法で合図を送った。

 テトさんの頬が見る見る内に紅くなっていく。

 え、えーっと……つまり。

 アレン様が肩を落とすテトさんの魔女帽子をぽんぽんと叩かれ、片目を瞑られた。


「ステラ、テトが今晩のことは黙っていてくれるそうです。さぁ、トレット商会の会頭へ挨拶をしに行きましょう」

「は、はい」

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