公女SS『狼聖女は嘘をつく 下ー1』
会合場所は王国東方に商圏を持つトレット商会の屋敷だった。
既に多くの大商人達が到着しているらしく、停車場代わりの広場には豪奢な馬車だけでなく少数だが車の姿もある。
「ステラ御嬢様――……アレン殿、到着いたしました」
此処まで運転してきてくれた、ハワード公爵家執事のロラン・ウォーカーが振り向かないまま、私達に声をかけてきた。
ぎこちなく答える。
「ありがとう、ロラン」
「ありがとうございます」
「……執事の務めですので」
ロランは心なしか、前を向いたまま何時も以上に冷静な口調で応じ扉を開けて外へ出た。私の身体が緊張で固くなる。
……いよいよ、だわ。
『ステラ! 落ち着いてっ!! 折角アレン様と一緒なんだから、楽しまなきゃ♪』
『でも……やっぱり、ちょっと派手だったんじゃないかしら? アレン様に御迷惑をおかけしたら』
『む~! そうやって、起きてもいないことばっかり気にしてぇ~!! この橙色のドレスは、アレン様が選んでくださったのよ? 貴女はそれを否定するの?』
『そ、そんなこと言ってないもんっ!』
頭の中で天使と悪魔が取っ組み合いを始めた。落ち着かないと。
大丈夫、大丈夫よ、ステラ。
普段通りを心がければ何も問題は――突然、アレン様が私の頭に淡い橙色の帽子を
被せてこられた。
「! ア、アレン様……?」
「ステラ、そんなに緊張しないでください。君がそういう顔をしていると、『一般人兼ハワード公女殿下の護衛』である僕はどうしたら良いんですか?」
「一般人だなんて……アレンさまぁ?」
私は頬を少し膨らませ、魔法使いさんの左腕をポカポカ叩く。
だって……明らかにからかっているのだものっ!
車の扉が開き、ロランが眼鏡を直す。
「……アレン殿」
「おっと、申し訳ない」
「――あ」
アレン様が私から離れ、外へ出られた。
思わず手を伸ばしてしまい赤面する。
い、今……今、何を求めたの、ステラ!
いい? 貴女はワルター・ハワードの名代として此処に来ているのよ?
如何なる場面でも、そのことを忘れず、自らを律して――優しい声で名前を呼ばれる。
「ステラ、手を」
「――……ふぇ?」
目を瞬かせ、伸ばされた大好きな手を見つめる。
え、えっと……あの…………。
天使と悪魔が同時に叫ぶ。
『『掴んで!!!!!』』
身体が勝手に動き、アレン様の手を取る。
……とても温かい。
下車すると、ちょっとだけ意地悪な微笑み。
「人も多いですし、迷子になると困るので屋敷まで手を繋いでもよろしいですか? ステラ・ハワード公女殿下」
「ま、迷子になんかなりませんっ!」
「勿論――僕が、です」
「! う~……アレン様は相変わらず意地悪ですね」
「ステラとティナにだけですよ。こういう時の百面相、姉妹なんだなぁ、と思います。口調はエリーも混じりますね」
「…………本当に、いじわる、です」
私は頬を膨らませ、気付いた。
――手を繋いだままだわ。
こ、この後、いったいどうしたら?
手を離す? ……絶対に嫌。
じゃあ、腕に抱き着く?? ……し、羞恥心で死んじゃうわ。
でもでも、こんな機会は滅多にないし。
アレン様の体温を感じつつ、私がグルグルと思考を巡らせていると、ロランが車の扉を閉め、慇懃に頭を下げた。
「……では、私は車を動かしますので。アレン殿、ステラ御嬢様のこと、くれぐれもよろしくお願い致します」
「多分、僕がステラに頼るんですけど……最善を尽くします」
「…………お願い致します」
冷静沈着なうちの執事が再び車に乗り込み、去っていく。
魔法使いさんが片目を瞑られる。
「では――行ってみましょうか。ステラ。手を」
「は、はひっ! えい」
「お?」
私はアレン様の左腕に抱き着いた。
ますます体温が伝わり、心臓が早鐘のように高鳴る。
……き、聴こえていないかしら?
上目遣いに魔法使いさんを見つめると、頬を掻かれている。
「えーっと……ですね。人目もありますし、手を離して」
「――嫌です」
「ステラ?」
「絶対に嫌です。……アレン様、質問してもよいですか?」
「え、ええ、勿論です」
……『手を離して』?
怒りを覚えた私は憤然と腕を更に抱きしめ、頬を膨らませる。
「アレン様は、こういう場に参加される際――リディヤさんに腕を貸されないんですか?」
「強引に取られますね」
「では、ティナやエリー、リィネさんが一緒だと仮定して、手を繋がれないんですか?」
「強引に繋がれるか、裾か袖を掴まれますね」
「――……あ、それも良いかも」
「ステラ?」
私はアレン様の袖を摘まむ着飾った自分を想像し、ぽ~としてしまった。
――いけない、いけない。
咳払いをし、詰問を再開する。
「こほん。では、カレンの場合は如何でしょう?」
「カレンとは手を繋ぎますね。迷子になったら心配なので」
「――じゃあ、私がこうしても問題はないと思います」
「いえ、ですが」
「………う~」
顔を伏せ、息を吸う。
内なる天使と悪魔が囁く。
『偶には我が儘を言ってみるのも悪くないんじゃないかしら?』
『アレン様の優しさを独占する――とっても甘美だと思わない?』
頬が上気している。
鼓動は早まり、抑えられない。
私はアレン様に上目遣い。
「……あの……ダメ、ですか……?」
「――……はぁ、仕方ない公女殿下ですね。みんなには内緒ですよ? さ、行きましょうか」
「はい♪ ……えへへ」
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