公女SS『狼聖女は嘘をつく 中』

「えっと……今晩の会合はそこまで厳粛なものじゃなく立食式、と御父様は仰っていたから、こっちかしら? でも、私の格好でアレン様に御迷惑をかけるわけにもいかないし…………う~」


 私は大きな姿見でドレスを合わせながら、呻いた。

 白……それとも、やっぱり蒼?

 いっそ、分かり易い正装として礼服か軍服??

 ちらり、との壁にかけられた時計を確認する。

 そろそろ、ティナ達が屋敷に、カレンは学生寮へ帰る頃だ。


『用事を済ませて、ステラは王立学校の寮へ帰った』

『家の用事があって、今晩の帰寮はとても遅くなる』


 そう嘘の言伝を託した手前、もう後には退けない。

 万が一、あの子達にバレたら……


「間違いなく、ちょっとした戦争、ね」


 私はドレスを椅子にかけ零す。

 妹のティナ、幼馴染のエリー、リンスター公爵家次女のリィネさんは、アレン様を強く慕っている。

 親友のカレンも兄離れには程遠い。何しろ……ほぼ毎週、下宿先へ出かけている位なのだ。とってもズルい。

 でも、最も警戒しないといけないリディヤさんは、王宮で職務をこなされているのは安心材料だ。

 薄紫の少し大人っぽいドレスを合わせてみる。

 とにかく急がないと。アレン様をお待たせするわけには!

 どうしても決めきれなかったら、幾ら御父様の名代でも私はまだ学生。

 制服でも特段の問題はないし――。


『ん~? 純白のドレスはちょっと狙いすぎかも? ここぞっ! に取っておいた方が良いんじゃない?? 無難に蒼のドレスか薄紫のドレスで♪』

『だからこそ、でしょう? 純白のドレスを着た私と礼服姿のアレン様――見てみたい、と思わないの?』

『そ、それは……でも、心臓が保つかしら?』 

『――……あぅ。む、無理かも』

『――……あぅ。ダ、ダメかも』

 

 頭の中で天使と悪魔が頬を染め、私も妄想してしまう。

 ――教会のステンドグラスの下、純白ドレスに身を包み、薄くお化粧をした私と、礼服を着られ、微笑まれているアレン様。

 そ、それって。それってっ!


「――……あぅ」


 身体が熱くなってしまい、フラフラと近くのベッドに倒れ込む。

 枕に顔を押し付け、悶える。


「う~う~う~」

  

 わ、私ったら、な、何て大それたことをっ!

 ア、アレン様と私が……えっと、その、あの…………。


「う~!!!!!」


 手足をバタつかせ、必死に自分を落ち着かせる。天使と悪魔は空中で悶えたままなので役に立ちそうにない。

 ――ステラ、気持ちは理解出来るわ。

 でも、今はそれどころじゃないでしょう? とにかく、着る服を決めないとっ!

 上半身を起こし、


「あ……」

「うふふ~♪」


 何時の間に部屋の中にやって来ていたのか、私は肩までの亜麻色髪が外跳ねしている外見の幼い女性――ハワード公爵家メイド隊次席のミナ・ウォーカーと目を合わせ、硬直した。

 自分だけで服装を決める自信がなかったのでついて来てもらったのだけれど……い、今までの行動、全部見られてっ!?

 制帽が落ちるのも構わず、言い訳しようと口を開く。

 

「ミ、ミナ、あ、あのね」

「ステラ御嬢様♪」

「きゃっ!」


 一瞬で間合いを消し去り、ミナは私の眼前で片膝をつき、両手をそっと包み込んだ。表情は満開の花が咲いたかのような笑み。


「大丈夫です! どのドレスも似合っております!! 満点の満点です♪」

「そ、そうかしら?」

「はい♪ どれも、本当に素晴らしい――ステラ御嬢様のことを『聖女様』と呼ぶ方々の御気持、今ようやく理解致しました。嗚呼! 私としたことが……落第の落第です。ミナ・ウォーカー、一生の不覚っ!!」

「え、えーっと……」


 ミナは小さい頃から、私とティナ、そしてエリーを可愛がってくれた。

 ……でも、ちょっとだけ大袈裟かも? 

 妹達と親友に嘘をついてまで、アレン様と過ごす時間を優先してしまった悪い子の私は『聖女』になんて絶対なれないだろうし。

 罪悪感と背徳感。

 相反する感情を抱きつつ、私は今にも踊り出しそうなメイドへ問いかけた。


「ミナ、アレン様はもう御準備出来ているかしら?」

「あ、はい。今は、アトラ御嬢様の――」

「アトラ~♪」

「「!」」


 一切の気配なく、長い白髪幼女がベッドに飛び込んできた。前髪に花飾りをつけ、可愛らしい薄紫のドレスを着ている。

 ――いけないっ! 

 折角、着替えたのに皺がついちゃうっ!!

 私とミナは咄嗟に抱きかかえようとし、


「こら! ダメだよ」

「♪」


 開け放たれた入り口の扉側から優しい声が聞こえてきた。

 見ると、幼女はプカプカと浮かんでいる。浮遊魔法だ。

 扉の陰からアレン様が話しかけてこられる。


「申し訳ない、ステラ。部屋に入ってもいいですか?」

「あ……す、少しだけ、待ってください」


 私は立ち上がって身だしなみを整え、空中のアトラを抱きかかえた。

 幼女と視線を合わせ、微笑む。


「っ! こ、これは……な、何故、私は映像宝珠を持たずにっ!」


 ……ミナが、ぶつぶつ呟きながら、ベッドに頭を打ちつけているけれど、大丈夫かしら?

 私は廊下のアレン様に声をかける。


「どうぞ。お待たせしました」

「では、失礼します」


 瞬間――胸が高鳴った。

 どんどん速度を早めていくのが分かる。

 神様。こ、こんなのは……こんなのは、反則ですっ。


「すいません、ステラ。アトラ、急にいなくなったりするのは、めっ! だよ?」

「! ♪」


 普段通りのやり取りをされながら、礼服を身に纏われ、髪を整えられたアレン様が近づいて来られる。

 私の心臓は今にも壊れてしまいそうだ。

 すると、目の前に立たれた私の魔法使いさんは困ったように、頬を指で掻かれた。


「……似合っていないでしょう? 大丈夫、分かっているんです。だけど、今晩はステラと一緒なので、相応の物を、と……。あ、嫌なら」

「駄目ですっ!!!!!」「!」


 気づいた時には叫んでしまっていた。腕の中でアトラが獣耳と尻尾を膨らませ、驚いている。

 アレン様も目を瞬かせているのを確認し、


「――……あぅ」


 頬が真っ赤に染まっていくのが、はっきりと分かる。う~う~う~。

 アトラを抱きかかえたまま俯いていると、クスクス、という笑い声。

 目を細め、抗議する。


「……アレンさまぁ?」

「ああ、いえ、ステラも緊張しているんだな、と」

「あ、当たり前です。もうっ」


 白髪幼女を地面へ降ろし、私はそっぽを向いた。アレン様はこういう時、ちょっとだけ意地悪だ。

 頼りにしたいメイドは未だに、


「……私は石ころ。砂粒。無存在。気配を消し去るのです、ミナっ!」


 と、小さな声で何事かを呟き続けている。

 ……ドレス、どうしようかしら。

 すると、ますます思い悩む私へ、しゃがみこんでアトラの頭を撫でられていたアレン様が何でもないかのように、告げられた。


「ステラ、以前に北都で買ったというドレスで良いんじゃないですか? 手紙で教えてくれましたよね?」

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