公女SS『狼聖女は嘘をつく 上』
「つまり、『私に今晩の王都商人組合の会合へ出席せよ』と。そう仰るんですね? 御父様」
「うむ。そういうことだ、ステラよ」
椅子に腰かけ、書類に目を通されていた薄蒼髪の偉丈夫――私の父であるワルター・ハワード公爵が頷く。
昨日、北都から王都へ来られたばかりだというのに、寸暇も惜しんで仕事をこなされているようだ。後で執事長のグラハムとメイド長のシェリーに注意をしておくべきかも?
父の健康を心配しつつも、私は伝えられた懸案について困惑し、制帽を脱いで考え込む。王立学校帰りに呼び出されたので、冬用制服姿のままなのだ。
「御父様が御多忙なのは理解しているつもりです。全ての会合に御出席するのが難しい、ということも。……ですが」
「よい。分かっておる。『自分は未だ学生の身であり、相手の機嫌を損ねることにならないか』――そのように懸念しておるのだろう?」
「はい」
今晩、父が出席する予定だった商人組合の会合には、王国の名だたる商人達が出席する。侃々諤々の議論をする場ではなく、あくまでも顔見せや互いの近況を報告し合う、謂わばパーティみたいなもの、と聞いてはいるものの……気後れしてしまう。
確かに私は何れハワード公爵を継ぐ身。
だが、相手は海千山千の商人達なのだ。
『ハワード公爵殿下は我等を軽んじておられる』
……無駄に悪評が立つ危険性もあるし、どうしようかしら。
私が黙考していると、父は左手を軽く挙げた。
「お前の言い分は尤もだ。無理強いするものでもない」
「申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
――以前の私だったら、唯々諾々と父の命令に服していたかもしれない。
でも、今は違う。
『全てを自分でやろうなんて、考えなくていいんですよ』
水色屋根のカフェで私の魔法使いさんに言われたことと、優しい笑顔を思い出し、自然と表情が綻ぶ。私は単純な女なのだ。
父が顎鬚をしごき、窓の外へ視線を向けられた。
「だが……少々残念だな。今晩の会合、お前一人に出席させるのは酷だと思い、人を手配しておいたのだが」
「『人』ですか?」
私は小首を傾げる。
良くも悪くも、父は私や妹のティナに甘い。
その父がわざわざ同行人の手配をした?
不思議に思っていると、おもむろに立ち上がられるや窓を開けられた。
北都に比べれば暖かい冬の風が吹きこんで来る。
「うむ――丁度、到着したようだ。よく来た、アレン!!!!!」
「えっ!?」
父が大声で名前を呼ばれ、屋敷正門の方へ大きな手を掲げられた。
身体が勝手に動き、窓の傍へ。
「あ……」
はっきり分かる程、心臓の鼓動が高まった。
黒茶髪で何時も通りの魔法士姿な青年。近くではコートを羽織った白髪幼女のアトラが走り回っている。
アレン様はまず父にお辞儀を、次いで私へ小さく手を振ってくださった。慌てて、手に制帽を持ったまま返礼。
「なに――彼には合同商会を任せているからな。どうか? と打診したところ、快く引き受けてくれたのだ。……しかし、お前が欠席すると言うのなら」
「父上」
私は窓を閉め、お節介な父の言葉を遮った。
制帽を被り、不満を表明する。
「……こういう風にアレン様を巻き込むのは止めてください!」
「誤解だ。巻き込んだわけではないのだぞ? 偶々私の予定が合わず、かといってお前を任せられる人員もなかった故、仕方なく頼んだのだ。お前が嫌なら」
「そ、そうは言っていません!!!!! ……あ。も、申し訳ありません」
思わず大声を発してしまい、私は前髪を指で弄り俯いた。
――アレン様と一緒に会合へ参加する。もしかしたら、アトラも一緒に。
そ、それって、つまり…………。
『きっと、夫婦に見られるわ! 断る選択肢はないわよ? 此処で他の子達に差をつけないで、何時つけるの! 頑張って、ステラっ!!』
『私も賛成! 悪魔も偶には良い意見を言えるのね☆』
『私は何時何時だって、ステラの幸せを想っているわよっ!』
内なる『悪魔』と『天使』も意見は一致しているみたいだ。
私は熱くなっていく頬を両手で押さえ、身体を小さくする。
……アレン様が私の旦那様に。
「うっほんっ! ……ステラよ、けしかけたのは私だが、くれぐれもっ! 慎みは持つようにな。加えて、ティナとエリーには秘匿せよ。あの子等にバレれば」
「――……分かっています、御父様」
妹達の名前を聞き、私は冷静さを取り戻す。
……そうね。
あの子達だけでなく、親友のカレンやリィネさん。そして、リディヤさんにバレたら、会合どころの騒ぎじゃくなるだろうし、対策を講じておかないと。
私が決意を固めていると、柔らかいノックの音が耳朶を打った。
心臓が再び鼓動を速めていく。急いで髪を手で整え、制帽を被り直し、制服に乱れがないかを確認する。
良し、大丈夫!
私の様子を確認した父が鷹揚に応じる。
「開いている。入ってくれ」
「失礼します」
優しい声を共に、私の世界で一番大好きな魔法使いさんが部屋へ入って来た。
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