公女SS『リリー・リンスターの休日 下』

「一先ずアレンさんの一週間を確認したいと思います。フェリシア御嬢様?」

「はい、リリーさん」

「……いや、そこは僕自身に聞くべき」

「残念でしたぁ~。被告には発言の権利が与えられていませ~ん★」

「リリーさんの言う通りですね。アレンさんには発言権がありません。……商圏拡大に賛成してくださるなら、弁護してもいいですけど」

「! フェリシア御嬢様ぁ~? 幾ら裏切りは暗黒裁判の華とはいえ、早過ぎると思いますぅ~」

「交渉事の基本をしているだけです」


 いや、そんな格言はないと思う。

 リリーさんとフェリシアがじゃれ合っているのを見つつ、僕は膝上にやって来たアトラへ焼き菓子を食べさせた。

 そして、エマさんとサリーさんへ軽く左手を振り、次いで片目を瞑る。


『フェリシアとリリーさんは引き留めておくので、皆さんは仕事を。急ぎの書類は全部目を通しておきました』

『了解致しました』『お任せ下さい』


 すぐさまメイドさん達が休憩を終え、商会の仕事に取り掛かる。

 懐中時計を取り出し時刻を確認。市場が混む前に夕食の買い物へ行かないとな。

 そんなことを僕が考えている間もリリーさんとフェリシアはやり合っている。


「そもそもです。フェリシア御嬢様はアレンさんに甘過ぎると思いますぅ~。最初は『私もそう考えます』と言いつつ、す~ぐ交渉事に持ち込まれて絆されているようなぁ……? し・か・も! ただでさえ手広く商売をしているのに、どんどん拡大させようとしてぇ」

「い、言いがかりですっ! 私が『甘過ぎる』なら、ステラやカレンはどうなるんですかっ!? あの子達はアレンさんに『お願いします』と言われたら、理由も聞かずに全部『分かりました。お任せください』『仕方ないですね』なんですよ? その点、私は厳しく接していますし、厳しくされていますっ! 寝る時に商会の資料持ち込みを禁止されているのはその証左です」

「あ、確かにステラ御嬢様とカレン御嬢様は甘過ぎますね~。ティナ御嬢様やリィネ御嬢様もですけど」

「……いや、そこまで甘やかされている実感は」

「「証言は禁止です!!」」

「…………はい」


 仲が良いのか、悪いのか。

 肩を竦め両手を軽く挙げ、試作中の魔法式を空間に展開する。

 優秀極まりない生徒達は日々成長を続けているので、どんどん新しい魔法を創ったり、改良魔法式を組む必要があるのだ。

 ――家庭教師冥利、ってやつかな?

 クスリ、と笑っていると、リリーさんとフェリシアが何とも言えない表情を浮かべ、僕へ視線を向けてきた。

 そして「「……はぁぁぁ」」とこれ見よがしに深い溜め息。


「……フェリシア御嬢様、見ましたか?」

「……はい、リリーさん。私も元王立学校生ですから」

「私達には『休まないとダメです!』と言いながらぁ~」

「誰よりも働いている会頭さんには重い罰が必要ですね」

「あ、これは仕事じゃないですよ」

「「はぁ!?」」「! ?」


 二人の叫びにアトラが驚き、目を開けて僕を見上げ、ふにゃっと顔を綻ばせ丸くなる。とてもとても可愛い。あ、魔法式の改良法、思いついたや。

 左手でカップをし、右手の指を空間に滑らせる。


「改めて――これは仕事じゃありません。魔法式を創ったり、改良するのは僕の趣味です。収益が発生しているわけじゃないですしね。まさか、とは思いますがリリー・リンスター公女殿下とフェリシア・フォス会頭は、僕から趣味まで奪いはしませんよね?」

「ぐぅっ~! あ、あと、『公女殿下』禁止ですぅぅぅ!!」

「か、会頭じゃないですっ! 反論しますが、アレンさんの魔法創造や改良はある意味で御仕事――」


 指を鳴らし、試作していたエリー用の撹乱魔法を発動。

 いきり立つ眼鏡少女の髪を花飾りで彩った。

 僕は小さな氷鏡を空中に浮かべ、微笑む。


「幾ら暗黒裁判と謂えど、単なる花飾りに職業的な意味を見出すのは難しいのでは? 僕はとっても似合っていると思います。エマさん、サリーさん、どうですか?」

「「大変お似合いでございますっ!!!!!」」

「! え? あ、あの、その…………きゅう」


 フェリシアは頬を真っ赤に染め、パタリ、とその場に倒れ込んだ。まず一人。

 戦友を喪った紅髪の公女殿下が憤然と僕に喰ってかかる。


「ひ、卑怯ですぅ~。こ、これが『剣姫の頭脳』様のなさることですかぁぁ!!!!! 私にも花飾りくださいぃぃぃ!!!!!」

「リリーさんは前髪に着けているじゃないですか」

「私が年下じゃないからって依怙贔屓するとぉぉ!? 世の中には『姉さん女房』っていう言葉もあるんです! 断固として見解の撤回を要求しますっ!!」

「誤解があるみたいですね。僕が厳しいのはリリーさんだけですよ?」

「もっと酷いっ!?」


 年上メイドさんは大きな瞳を更に見開き、テーブルに突っ伏した。

 そして、指を動かしわざとらしくいじけ始め嘘泣きまで披露する。


「――……アレンさんは酷い男の子です。虐めっ子です。南都で会った時は素直ないい子だったのに。とっとと偉くなっちゃえばいいんですぅぅ。ぐすん」

「? リリーさん、後半部分の意味があまり理解出来ないんですが……」

「え? だって、アレンさんが偉くなって一家を持てば、優秀な私を引き抜いてメイドさんにしてくださる」

「偉くなる予定はありませんし、メイドさんを雇う予定はもっとありません。……エリーに頼まれたら断る自信はありませんけど」

「あー! 贔屓っ!! 正に贔屓ですぅぅぅ!!! フェリシア御嬢様、幸せそうを噛み締めていないでくださいぃぃ~。起き上がって戦うんですっ。そもそも、す~ぐ話が脇道に逸れて本題に全く入っていませんっ!」

「……リリーさん。私は……もうダメ、です……。だ、だって、アレンさんが『似合ってる』って。……えへ」

「意識をしっかり保ってくださぃぃ~!」


 リリーさんが未だ恥ずかしがっている眼鏡少女を抱き起こす。

 僕は頬杖をつき、こっそりと年上メイドさんの後ろ髪に花飾りを着けた。


「あ……」

「? フェリシア御嬢様??」


 忠誠無比な眼鏡の番頭さんへ目配せ。内緒で。

 すぐさま理解を示し少女は再び寝転がった。

 幼女の頭を撫で、僕はカップへ紅茶をゆっくりと注ぎ入れた。


「リリーさんもおかわりどうですか? 偶にはゆっくりしましょう。何しろ――今日は休日ですからね」

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