公女SS『リリー・リンスターの休日 中』

「では――美味しい美味しい紅茶を飲みながら、被告『剣姫の頭脳』『アレン商会会頭』のアレン様に対する疑義を話し合いたいを思いますぅ~☆」

「おかしも~☆」


 心底楽しそうにカップへ紅茶を注ぎながら、リリーさんは歌うようとんでもないことを口にした。反動で豊かな胸が弾み、目の毒だ。

 その足下で跳びはねているアトラはとてもとても可愛く、商会付のメイドさん達が「きゃ~♪ アトラ御嬢様~☆」「撮れている?」「問題ありませんっ!」「後で今日お休みな子達にも見せないとですね♪」満面の笑みで映像宝珠を構えている。リンスターとハワードのメイドさん達は人生を楽しむコツを知っているように思う。


「……リリー、今すぐ跳びはねるのを止めないと、私達の友情もここまでですよ? 無自覚な行動が時に人の心を殺すのだ、と以前教えましたよね?」

「ア、アトラ御嬢様、何と御可愛らしい――……はっ! い、い、いけません。私はフェリシア御嬢様を守護する一介のメイドであり、ステラ御嬢様、ティナ御嬢様、エリー御嬢様の笑顔を守る者っ。サリー、気を鎮めるのです。信仰を捨てる訳に……嗚呼……ですが…………この愛らしさの前では全てが…………」


 対して、リンスター公爵家とハワード公爵家メイド隊の第四席様であるエマさんとサリーさんはまた違った反応を見せている。

 ……公爵家の席次持ちメイドさんって。

 僕の隣に座っているフェリシアが左手を高々と掲げた。


「はいっ! 先程、リリーさんが御指摘されたように、アレンさんは私には『しっかり休まないといけません』なんて何度も何度も言うくせに、御自身は殆ど休まれていませんっ! これは大きな罪だと思います!!」

「異議があります」「異議を却下しますぅ~★」

「なっ……」


 全員分の紅茶を淹れ終えた紅髪の年上メイドさんはカップへ流れるように浮遊魔法を発動。室内にいる全員へ配っていく。

 僕の分は白髪幼女が尻尾を揺らしながら持ってきてくれる。


「アレン♪」

「ありがとう、アトラ」

「♪」「え? きゃっ」


 獣耳を震わせ白髪幼女はフェリシアの膝上に座り込み、身体を右へ左へ。

 メイドさん達の顔もますます綻び、アトラとサリーさんが買ってきたお茶菓子を並べ始める。

 僕は紅髪の年上メイドさんへジト目。


「幾らリンスター公爵家だからとっていても、暗黒裁判は良くないと思いますが……」

「ククク~★ 何を言っているんですかぁ? 周りを見てください。今! この場にっ!! アレンさんの弁護を受け持つ人は誰もいません♪ つ・ま・りぃ~?」

「『助けてほしかったら、私にメイドさんの御仕事をください!』は却下します。きちんと休まないようなら……そうですね、仕方ないのでちょっとだけ裏技を使います」

「! こ、心を読むのはダメですぅ~!!」


 リリーさんは恥ずかしそうに身をよじった。胸が強調される。

 エマさんが何かに耐えるかのように瞑目し「……メイド長や戦友に報告をしないといけませんね……」と怖い事を呟かれているのが聞こえた。アンナさんはちょっと洒落にならない。隣で悩むサリーさんの胸元にも怖い視線を向けているような。

 膝上に座ったアトラの口元をハンカチで拭いていたフェリシアが、自然な動作で僕のカップへミルクと砂糖を少しだけ入れた。


「リリーさん、話を戻しましょう」

「……フェリシア御嬢様、大丈夫です。忘れてはいませんから。その前にもう一つの疑義が、深刻な疑義がたった今、目の前で見つかりました……」

「ふぇ?」「?」


 きょとんと眼鏡少女は小首をかしげ、白髪幼女も真似っ子。メイドさん達が歓声をあげる。……映像宝珠って、お高いんだけどな。

 僕はお茶菓子を見繕って小皿へ移し、フェリシアの前へ置いた。


「リリーさん、あんまりうちの番頭さんを虐めないでくださいね? 倒れたら、商会は機能を停止します」

「異議あり! 私がいなくても大丈夫です。むしろ、アレンさんがいないと滞りますっ!!」

「ふっふっふっ……抜かりはありません。『緊急時はフェリシア・フォスに決済権を委任する』――関係各所には話を通しておきました。あ、リンスター、ハワード公爵殿下、リサ様にも直接談判済みです。先の貴族守旧派の乱時にした措置を恒久化しただけなので、悪しからず」

「! う~!! ア、アレンさぁぁぁん!?」


 ぽかぽかと眼鏡少女が僕の左腕を叩いてくるが、まったく痛くない。アトラは膝上で跳ね「! ♪」瞳を輝かせている。

 そんな僕達を見ていたリリーさんは紅茶を一気に飲み干すや、クッキーを齧った。


「……これは、被告が増えたみたいですねぇ」

「そうですね、リリー・リンスター公女殿下。今ならアンナさんには密告しません。諦めてお休みを満喫してください」

「何時の間にか私が被告になってるっ!?」「! !?」


 大声にアトラが驚き、こてんとソファーに転がり、ふにゃっと笑った。メイドさん達が『御可愛い~☆』。

 幼女の頭を撫で回し狼狽する年上メイドさんを注意する。


「いきなり大声は止めましょう。フェリシア、このお茶菓子を美味しいですよ?」

「あ、本当ですね。定番に加えておきますね」

「そ、そこーっ! と、当初の話が逸れまくってますぅ~!! フェリシア御嬢様にも後でお聞きしたいことだらけですが……今は、アレンさんの件ですっ!!!」

「――……はっ! そ、そうでした」「……くっ」


 上手い事、話を捻じ曲げていたのに気付かれたか。

 リリーさんが腕組みをし、僕へ微笑む。


「アレンさんは本当に悪い人ですね。情状酌量の余地がある、と考えていましたが……私は間違っていたようです。遠慮なく、暗黒裁判を開廷しますっ!!!」


 ん~……この言い方。

 前に何処かの腐れ縁にも言われたなぁ。リンスターって。

 僕は苦笑し、少しだけ甘い紅茶を飲んだ。 

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